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【第二幕開始】天使様の嫉妬
第19話 二人でご飯
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花祭りの終わりに近付き、例の宣誓をする日が迫った頃。宮廷付司祭のアドルフが、シエロの伝言を持ってきた。
「聖堂の裏庭で大量のバジルを収穫したので、王城の厨房に献上したいと聖下が仰っています」
「それでは、頂いたバジルで料理人にジェノベーゼでも作ってもらおうかしら。せっかくだから、シエロ様を晩餐にお招きしてもよろしくて?」
「聖下もお喜びになるでしょう」
バジルは口実で、要は一緒に食事をしようと誘われているのだ。遠回し過ぎる、その誘いを察して先回りし、夕食の約束を取り付けた。
それにしても、配下をメッセンジャーに使わないといけないなんて、尊い身の上はお互いに面倒だ。直接、執務室に訪れて、今日一緒に食べる? の一言で済むものを、いちいち格式ばって理由を付ける必要がある。
ちなみに国王にとって食事は外交の場でもあるので、要人を招いて昼食や夕食を共にするのは、珍しいことではない。
よって飲食の場は毒味役をはじめ、護衛が付いてものものしい雰囲気の中、客に気を使って歓談することになる。
しかし、シエロと一緒にいる時くらいは、他人の目を気にしたくない。ネーヴェは、事情を知らない侍女や近衛騎士を遠ざけて、二人だけの晩餐の席を用意した。
時間どおりにやって来たシエロは、人がいないと知ると、砕けた様子で話しかけてくる。
「なんだ、わざわざ人払いしたのか」
はい、と答える前に、別の鳴き声がシエロに答えた。
『久しぶりだな、天使のオス!』
「おい、なぜ部屋でニワトリを放し飼いにしている?」
テーブルの下で、コケコッコと雄鶏が歩き回っている。
「フルヴィアが、放し飼いにした方がニワトリの健康に良いと……」
ネーヴェは言いながら、そっと目を逸らした。
雄鶏が予想外に大人しいので、日中はたびたび部屋に放し飼いにしている。鶏の羽毛は、ふかふかしていて触り心地が良く、仕事の合間に撫でるとストレス解消になるとフルヴィアが熱弁していた。
「モップ、私とシエロ様の会話の邪魔をしないで下さい」
『仕方ねーな!』
「ニワトリの名前まで、掃除用具か……」
ともあれ、二人は向かい合う形でテーブルの前に座る。
毒味を経た料理類は冷めているが、料理長の努力によって色鮮やかで食欲をそそる飾り付けがされている。
本日のメニューは、苺サラダと仔牛肉のサルティンボッカ、ジェノベーゼソースであえたニョッキだ。
苺サラダは、小粒の真っ赤な苺を半分に切って、レタスやクレソンの葉と共にバルサミコ酢と蜂蜜の甘酸っぱいドレッシングであえてある。みずみずしい春の甘い味がするサラダだ。
サルティンボッカの仔牛肉は柔らかく、セージの清々しい香りがする。ジャガイモと小麦粉を練って作られたニョッキは、もちもちと弾力のある食感だ。
ネーヴェは食事を楽しみながら、正面のシエロの優雅な手つきを密かに観賞する。シエロは貴族の食事マナーに慣れているようで、カトラリーを操る手に迷いがない。
「明日はいよいよ宣誓か……」
「以前に打ち合わせた通り、進めるつもりですわ。……それとは別に、気になることが」
ネーヴェは、宰相ラニエリの言葉について、シエロに話した。
「シエロ様には申し訳ないのですが、今ラニエリ様と仲違いすると国政に影響が出ます。簡単に振り払えないのですわ……」
ラニエリをどう対処すれば良いか、ネーヴェは悩んでいた。
「なんだ。そんなことか」
他の男の話をされているにも関わらず、シエロは動じた様子もなく言う。
「お前はまだ若い。人ではないものと絆を結ぶリスクについて、よく分かっていないだろう。その場の勢いで俺に決めてしまえば、後で後悔するかもしれないぞ。急いで一人に決める必要はない。奴の求婚は、適当にいなして引き伸ばせば良い。ゆっくり考えてみてはどうだ?」
こういうところが、シエロは嫌になるほど天使様だ。百年以上、生きているだけあって、ネーヴェの将来を心配する余裕がある。
少しは嫉妬してくれても良いのに、とネーヴェは不満に思う。
「本当に引き伸ばしますよ」
「嫉妬して欲しいのか?」
冷笑するシエロに腹が立ったので、ネーヴェは「モップ、つつきなさい」と命じる。
『姫さんを苛めるな!』
「俺が悪かった。勘弁してくれ……」
鶏につつかれて地味にダメージを受けているシエロを見て、溜飲が下がった。案外、良いペットを拾ったかもしれない。
「聖堂の裏庭で大量のバジルを収穫したので、王城の厨房に献上したいと聖下が仰っています」
「それでは、頂いたバジルで料理人にジェノベーゼでも作ってもらおうかしら。せっかくだから、シエロ様を晩餐にお招きしてもよろしくて?」
「聖下もお喜びになるでしょう」
バジルは口実で、要は一緒に食事をしようと誘われているのだ。遠回し過ぎる、その誘いを察して先回りし、夕食の約束を取り付けた。
それにしても、配下をメッセンジャーに使わないといけないなんて、尊い身の上はお互いに面倒だ。直接、執務室に訪れて、今日一緒に食べる? の一言で済むものを、いちいち格式ばって理由を付ける必要がある。
ちなみに国王にとって食事は外交の場でもあるので、要人を招いて昼食や夕食を共にするのは、珍しいことではない。
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しかし、シエロと一緒にいる時くらいは、他人の目を気にしたくない。ネーヴェは、事情を知らない侍女や近衛騎士を遠ざけて、二人だけの晩餐の席を用意した。
時間どおりにやって来たシエロは、人がいないと知ると、砕けた様子で話しかけてくる。
「なんだ、わざわざ人払いしたのか」
はい、と答える前に、別の鳴き声がシエロに答えた。
『久しぶりだな、天使のオス!』
「おい、なぜ部屋でニワトリを放し飼いにしている?」
テーブルの下で、コケコッコと雄鶏が歩き回っている。
「フルヴィアが、放し飼いにした方がニワトリの健康に良いと……」
ネーヴェは言いながら、そっと目を逸らした。
雄鶏が予想外に大人しいので、日中はたびたび部屋に放し飼いにしている。鶏の羽毛は、ふかふかしていて触り心地が良く、仕事の合間に撫でるとストレス解消になるとフルヴィアが熱弁していた。
「モップ、私とシエロ様の会話の邪魔をしないで下さい」
『仕方ねーな!』
「ニワトリの名前まで、掃除用具か……」
ともあれ、二人は向かい合う形でテーブルの前に座る。
毒味を経た料理類は冷めているが、料理長の努力によって色鮮やかで食欲をそそる飾り付けがされている。
本日のメニューは、苺サラダと仔牛肉のサルティンボッカ、ジェノベーゼソースであえたニョッキだ。
苺サラダは、小粒の真っ赤な苺を半分に切って、レタスやクレソンの葉と共にバルサミコ酢と蜂蜜の甘酸っぱいドレッシングであえてある。みずみずしい春の甘い味がするサラダだ。
サルティンボッカの仔牛肉は柔らかく、セージの清々しい香りがする。ジャガイモと小麦粉を練って作られたニョッキは、もちもちと弾力のある食感だ。
ネーヴェは食事を楽しみながら、正面のシエロの優雅な手つきを密かに観賞する。シエロは貴族の食事マナーに慣れているようで、カトラリーを操る手に迷いがない。
「明日はいよいよ宣誓か……」
「以前に打ち合わせた通り、進めるつもりですわ。……それとは別に、気になることが」
ネーヴェは、宰相ラニエリの言葉について、シエロに話した。
「シエロ様には申し訳ないのですが、今ラニエリ様と仲違いすると国政に影響が出ます。簡単に振り払えないのですわ……」
ラニエリをどう対処すれば良いか、ネーヴェは悩んでいた。
「なんだ。そんなことか」
他の男の話をされているにも関わらず、シエロは動じた様子もなく言う。
「お前はまだ若い。人ではないものと絆を結ぶリスクについて、よく分かっていないだろう。その場の勢いで俺に決めてしまえば、後で後悔するかもしれないぞ。急いで一人に決める必要はない。奴の求婚は、適当にいなして引き伸ばせば良い。ゆっくり考えてみてはどうだ?」
こういうところが、シエロは嫌になるほど天使様だ。百年以上、生きているだけあって、ネーヴェの将来を心配する余裕がある。
少しは嫉妬してくれても良いのに、とネーヴェは不満に思う。
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「嫉妬して欲しいのか?」
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