24 / 169
空を知る旅
第21話 清掃開始
しおりを挟む
ネーヴェの突然の申し出に驚いたフローラだが、断る理由も特にないと、掃除を歓迎してくれた。後ろのシエロとカルメラは、諦めたようだ。何も言わないが、ネーヴェの好きなようにして良いという雰囲気だった。
その日は宿屋に泊まり、翌日、三人は再び教会に赴《おもむ》いた。
「掃除をしてくださると聞きました。大変ありがたく思います。私とフローラだけでは手が回らなかったのですよ。私はサンレモ教会の司祭エストと申します」
教会には、白い司祭服を着た初老の男性が待っていた。
穏やかな佇まいで頭髪に白髪が混じった、背の高い男だ。ものを教えるのが得意そうな人だと、ネーヴェは思う。先生と呼ばれていそうだ。
エストは、ネーヴェ達を見回し、シエロに視線を止めた。
「天恵印を拝見しても?」
「構わない」
シエロが懐から天恵印を出して、エストに手渡す。
天恵印は、どこの教会の誰が授けたか、教会内の身分が分かるようになっていると、聞いたことがある。
エストは、天恵印を丁寧になぞり、ふっと驚いた顔になった。
続いて、無表情になる。
まるで何かに驚き、その驚きを外に出してはならないと自制したような、表情の変化だった。
「お返しいたします」
エストは恭しい仕草で、天恵印をシエロに返す。わずかに頭を下げ、敬意を表した。対するシエロは、ぶっきらぼうに「ああ」と頷く。
「それでは、清掃をいたしましょうか。私は水を汲んできます」
「掃除用具を取って参りますわ」
エストがバケツを、フローラが教会の奥から、モップや雑巾を持ってくる。
どうやらエストもフローラも掃除に加わるらしい。
こうして、皆で教会の大掃除をすることになった。
「フローラ様、洗剤はないのですか?」
用意された掃除用具が、水と雑巾だけだったので、ネーヴェは念のため聞いた。
「灰汁があれば、汚れがすっきり落とせるのですが」
「そうなのですね! 私は掃除について教わることなく修道女になったので、お恥ずかしながらそういったテクニックは、あまり」
フローラは、掃除の仕方を知らなかったようだ。
道理で、教会が汚れているはずである。
どんなに敬虔でよく働いたとしても、ただ水に濡らした雑巾で拭っただけでは、落ちない汚れもあるのだ。
「ああ、それで皆さま、海藻を燃やした灰を水に浸されていたのですね!」
ネーヴェの説明に、フローラは謎が解けたと喜んでいる。
彼女の言葉を聞き、ネーヴェは気付いた。
「海藻、ですか? オセアーノ帝国では、海藻の灰を使うのですか?!」
「え、ええ」
急に喜色を表し、飛び付いてきたネーヴェに、フローラは困惑しながら頷いた。
「さっそく近隣の家に行って、分けてもらいましょう」
教会は、付近の住民が交流する場所でもある。修道女が頼みに行けば、よほどおかしなことでもない限り、雑貨や食品を分けてもらえるものだ。
近所の漁師の家に行き、教会の掃除に使うと言うと、快く灰汁を分けてもらえた。
ネーヴェは、ちゃっかりフローラに付き添い、横から口を出す。
「古く酸化した酒か、レモン汁はありませんか?」
「酢だね、あるよ」
漁師の妻らしき女性は、建物の中に引っ込んで、調味料が入った壺を持ってくる。
フローラはきょとんとした。
「酢やレモン汁を、掃除に使うのですか?」
「使うどころか、必須の品物ですわ」
ネーヴェは日除けの布の下で、不敵な笑みを浮かべた。
その日は宿屋に泊まり、翌日、三人は再び教会に赴《おもむ》いた。
「掃除をしてくださると聞きました。大変ありがたく思います。私とフローラだけでは手が回らなかったのですよ。私はサンレモ教会の司祭エストと申します」
教会には、白い司祭服を着た初老の男性が待っていた。
穏やかな佇まいで頭髪に白髪が混じった、背の高い男だ。ものを教えるのが得意そうな人だと、ネーヴェは思う。先生と呼ばれていそうだ。
エストは、ネーヴェ達を見回し、シエロに視線を止めた。
「天恵印を拝見しても?」
「構わない」
シエロが懐から天恵印を出して、エストに手渡す。
天恵印は、どこの教会の誰が授けたか、教会内の身分が分かるようになっていると、聞いたことがある。
エストは、天恵印を丁寧になぞり、ふっと驚いた顔になった。
続いて、無表情になる。
まるで何かに驚き、その驚きを外に出してはならないと自制したような、表情の変化だった。
「お返しいたします」
エストは恭しい仕草で、天恵印をシエロに返す。わずかに頭を下げ、敬意を表した。対するシエロは、ぶっきらぼうに「ああ」と頷く。
「それでは、清掃をいたしましょうか。私は水を汲んできます」
「掃除用具を取って参りますわ」
エストがバケツを、フローラが教会の奥から、モップや雑巾を持ってくる。
どうやらエストもフローラも掃除に加わるらしい。
こうして、皆で教会の大掃除をすることになった。
「フローラ様、洗剤はないのですか?」
用意された掃除用具が、水と雑巾だけだったので、ネーヴェは念のため聞いた。
「灰汁があれば、汚れがすっきり落とせるのですが」
「そうなのですね! 私は掃除について教わることなく修道女になったので、お恥ずかしながらそういったテクニックは、あまり」
フローラは、掃除の仕方を知らなかったようだ。
道理で、教会が汚れているはずである。
どんなに敬虔でよく働いたとしても、ただ水に濡らした雑巾で拭っただけでは、落ちない汚れもあるのだ。
「ああ、それで皆さま、海藻を燃やした灰を水に浸されていたのですね!」
ネーヴェの説明に、フローラは謎が解けたと喜んでいる。
彼女の言葉を聞き、ネーヴェは気付いた。
「海藻、ですか? オセアーノ帝国では、海藻の灰を使うのですか?!」
「え、ええ」
急に喜色を表し、飛び付いてきたネーヴェに、フローラは困惑しながら頷いた。
「さっそく近隣の家に行って、分けてもらいましょう」
教会は、付近の住民が交流する場所でもある。修道女が頼みに行けば、よほどおかしなことでもない限り、雑貨や食品を分けてもらえるものだ。
近所の漁師の家に行き、教会の掃除に使うと言うと、快く灰汁を分けてもらえた。
ネーヴェは、ちゃっかりフローラに付き添い、横から口を出す。
「古く酸化した酒か、レモン汁はありませんか?」
「酢だね、あるよ」
漁師の妻らしき女性は、建物の中に引っ込んで、調味料が入った壺を持ってくる。
フローラはきょとんとした。
「酢やレモン汁を、掃除に使うのですか?」
「使うどころか、必須の品物ですわ」
ネーヴェは日除けの布の下で、不敵な笑みを浮かべた。
81
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~
真曽木トウル
恋愛
「アルヴィナ、君との婚約は解消するよ。君の妹と結婚する」
両親から冷遇され、多すぎる仕事・睡眠不足・いわれのない悪評etc.に悩まされていた王女アルヴィナは、さらに婚約破棄まで受けてしまう。
そんな心身ともボロボロの彼女が出会ったのは、和平交渉のため訪れていた10歳上の敵国将軍・イーリアス。
一見冷徹な強面に見えたイーリアスだったが、彼女の置かれている境遇が酷すぎると強く憤る。
そして彼が、アルヴィナにした提案は────
「恐れながら王女殿下。私と結婚しませんか?」
勢いで始まった結婚生活は、ゆっくり確実にアルヴィナの心と身体を癒していく。
●『王子、婚約破棄したのは~』と同じシリーズ第4弾。『小説家になろう』で先行して掲載。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
魔力ゼロと判明した途端、婚約破棄されて両親から勘当を言い渡されました。でも実は世界最高レベルの魔力総量だったみたいです
ひじり
恋愛
生まれつき、ノアは魔力がゼロだった。
侯爵位を授かるアルゴール家の長女として厳しく育てられてきた。
アルゴールの血筋の者は、誰もが高い魔力量を持っていたが、何故かノアだけは歳を重ねても魔力量がゼロから増えることは無く、故にノアの両親はそれをひた隠しにしてきた。
同じく侯爵位のホルストン家の嫡男モルドアとの婚約が決まるが、両親から魔力ゼロのことは絶対に伏せておくように命じられた。
しかし婚約相手に嘘を吐くことが出来なかったノアは、自分の魔力量がゼロであることをモルドアに打ち明け、受け入れてもらおうと考えた。
だが、秘密を打ち明けた途端、モルドアは冷酷に言い捨てる。
「悪いけど、きみとの婚約は破棄させてもらう」
元々、これは政略的な婚約であった。
アルゴール家は、王家との繋がりを持つホルストン家との関係を強固とする為に。
逆にホルストン家は、高い魔力を持つアルゴール家の血を欲し、地位を盤石のものとする為に。
だからこれは当然の結果だ。魔力がゼロのノアには、何の価値もない。
婚約を破棄されたことを両親に伝えると、モルドアの時と同じように冷たい視線をぶつけられ、一言。
「失せろ、この出来損ないが」
両親から勘当を言い渡されたノアだが、己の境遇に悲観はしなかった。
魔力ゼロのノアが両親にも秘密にしていた将来の夢、それは賢者になることだった。
政略結婚の呪縛から解き放たれたことに感謝し、ノアは単身、王都へと乗り込むことに。
だが、冒険者になってからも差別が続く。
魔力ゼロと知れると、誰もパーティーに入れてはくれない。ようやく入れてもらえたパーティーでは、荷物持ちとしてこき使われる始末だ。
そして冒険者になってから僅か半年、ノアはクビを宣告される。
心を折られて涙を流すノアのもとに、冒険者登録を終えたばかりのロイルが手を差し伸べ、仲間になってほしいと告げられる。
ロイルの話によると、ノアは魔力がゼロなのではなく、眠っているだけらしい。
魔力に触れることが出来るロイルの力で、ノアは自分の体の奥底に眠っていた魔力を呼び覚ます。
その日、ノアは初めて魔法を使うことが出来た。しかもその威力は通常の比ではない。
何故ならば、ノアの体に眠っている魔力の総量は、世界最高レベルのものだったから。
これは、魔力ゼロの出来損ないと呼ばれた女賢者ノアと、元王族の魔眼使いロイルが紡ぐ、少し過激な恋物語である。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる