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氷薔薇姫の追放
第10話 綺麗好きには耐えられない
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夏の雨は、冷たいと言っても、たかが知れている。
抱き寄せられて動揺したネーヴェだが、実は考えていた事と言えば「汚いから近寄らないで」と相手にどうやって穏当に伝えよう、ということだった。
綺麗好きのネーヴェとしては、体を洗ってから接触しろと、そう言いたい。清潔なら接触して良いかというと、それはまた別の話だが、彼女はそこまで考えていなかった。
ネーヴェは伯爵令嬢として生まれ、王子の婚約者として、厳しく作法をしつけられていた。その超一流マナーには、相手を傷付けずにお断りすることが含まれている。
よってネーヴェは、男に抱き寄せられてから延々と、どうやって彼のプライドを傷付けずに「汚い」と伝えるか、考えていたのである。
「……」
「おい」
雨が止んで晴天になったにも関わらず、無言のネーヴェにしびれを切らし、シエロは抱擁を解きながら覗き込んできた。
「どうした?」
彼を見上げ、無精髭がむさ苦しい顔だと、ネーヴェは思った。
何とかして、この男を洗濯できないものだろうか。
「……オリーブ」
そして、天啓のように、彼女は閃いた。
「私、オリーブの実で作りたいものがあるのです」
「唐突になんだ?」
戸惑うシエロを真っ直ぐ見つめ、お願いする。
「作品が出来たら、ぜひ一番にシエロ様に試して欲しいですわ」
「ううむ……分かった分かった。分かったから、髪を拭け。茶でも飲んで、落ち着くんだ」
シエロは、訳の分からないことを言い出したネーヴェを、雷雨で動転しているからだと思ったらしい。
勢いに押しきられるまま、ネーヴェの作品の実験台になることを承諾した。
ネーヴェはこっそり拳を握る。
見てなさい。手作り石鹸で、すみずみまで綺麗に洗濯してやるわ!
雑草を焼いて残った灰を、一晩水に浸ける。
その水に、油脂を混ぜる。獣肉の油でも構わないが、動物性油は臭いため、植物性油、菜種油やオリーブオイルだとなお良い。
混ぜると水が固まって石鹸になるはず……。
「柔らかいままで、全然固くならないわ」
ネーヴェは、溜め息を吐く。
彼女はあれから、密かに実験を繰り返していた。
「そろそろ石鹸で体を綺麗に洗いたいものです」
王子の婚約者だったネーヴェだが、普段の生活は極力贅沢をせず、ドレスも必要な分しか買わないようにしていた。
そんな彼女の唯一の贅沢は、石鹸。
綺麗好きなネーヴェは、高価な石鹸を入浴時に使っていた。石鹸はオセアーノ帝国の商人が持ってくるもので、一般には出回っていない。
追放されてから、ネーヴェは頻繁に清拭をして清浄を保っていた。しかし、湯水が満たされた風呂と、体がさっぱりする石鹸を知っている身からすれば、物足りないのだ。
「どうすれば、固まるのかしら」
商人から石鹸の製法を聞き出していたが、その通りにやっても上手くいかない。
きっと何か秘密がある。
「……オセアーノ帝国に行ってみようかしら」
「姫様?! 私たち、謹慎を命じられているんですよ!」
シェーマンは大反対だ。
「王子にばれたら、ややこしくなりますって!」
「私たち、王子に許されるのを、ここで大人しく待っていなければいけないのでしょうか」
ネーヴェは静かに侍従を見返した。
シェーマンは、その指摘に、ハッとする。
「それは……」
エミリオ王子は、ネーヴェが田舎生活に根を上げて、許しを乞うのを待っている。
シェーマンは、そのために付けられた侍従だった。彼の主は、エミリオ王子である。しかし、王子のやり方がおかしいと、シェーマンにも分かっていた。分かっていたが、高貴な人々のすることは自分には関係ないと、見てみぬ振りをしていたのだ。
以前のシェーマンなら、ネーヴェを断固として止めていただろう。しかし、彼女の行動を間近に見ることで、シェーマンは疑問を抱きはじめていたのだ。
「旅に出るのも一手ですわね。例の魔物の虫が、どこまで広がっているかも、気になります」
はたして、真に民を想っているのは、王子か、氷薔薇姫か。
追放された先でも魔物の虫の被害を心配し、解決方法が無いか探し続けるネーヴェを見て、シェーマンは心揺れた。
抱き寄せられて動揺したネーヴェだが、実は考えていた事と言えば「汚いから近寄らないで」と相手にどうやって穏当に伝えよう、ということだった。
綺麗好きのネーヴェとしては、体を洗ってから接触しろと、そう言いたい。清潔なら接触して良いかというと、それはまた別の話だが、彼女はそこまで考えていなかった。
ネーヴェは伯爵令嬢として生まれ、王子の婚約者として、厳しく作法をしつけられていた。その超一流マナーには、相手を傷付けずにお断りすることが含まれている。
よってネーヴェは、男に抱き寄せられてから延々と、どうやって彼のプライドを傷付けずに「汚い」と伝えるか、考えていたのである。
「……」
「おい」
雨が止んで晴天になったにも関わらず、無言のネーヴェにしびれを切らし、シエロは抱擁を解きながら覗き込んできた。
「どうした?」
彼を見上げ、無精髭がむさ苦しい顔だと、ネーヴェは思った。
何とかして、この男を洗濯できないものだろうか。
「……オリーブ」
そして、天啓のように、彼女は閃いた。
「私、オリーブの実で作りたいものがあるのです」
「唐突になんだ?」
戸惑うシエロを真っ直ぐ見つめ、お願いする。
「作品が出来たら、ぜひ一番にシエロ様に試して欲しいですわ」
「ううむ……分かった分かった。分かったから、髪を拭け。茶でも飲んで、落ち着くんだ」
シエロは、訳の分からないことを言い出したネーヴェを、雷雨で動転しているからだと思ったらしい。
勢いに押しきられるまま、ネーヴェの作品の実験台になることを承諾した。
ネーヴェはこっそり拳を握る。
見てなさい。手作り石鹸で、すみずみまで綺麗に洗濯してやるわ!
雑草を焼いて残った灰を、一晩水に浸ける。
その水に、油脂を混ぜる。獣肉の油でも構わないが、動物性油は臭いため、植物性油、菜種油やオリーブオイルだとなお良い。
混ぜると水が固まって石鹸になるはず……。
「柔らかいままで、全然固くならないわ」
ネーヴェは、溜め息を吐く。
彼女はあれから、密かに実験を繰り返していた。
「そろそろ石鹸で体を綺麗に洗いたいものです」
王子の婚約者だったネーヴェだが、普段の生活は極力贅沢をせず、ドレスも必要な分しか買わないようにしていた。
そんな彼女の唯一の贅沢は、石鹸。
綺麗好きなネーヴェは、高価な石鹸を入浴時に使っていた。石鹸はオセアーノ帝国の商人が持ってくるもので、一般には出回っていない。
追放されてから、ネーヴェは頻繁に清拭をして清浄を保っていた。しかし、湯水が満たされた風呂と、体がさっぱりする石鹸を知っている身からすれば、物足りないのだ。
「どうすれば、固まるのかしら」
商人から石鹸の製法を聞き出していたが、その通りにやっても上手くいかない。
きっと何か秘密がある。
「……オセアーノ帝国に行ってみようかしら」
「姫様?! 私たち、謹慎を命じられているんですよ!」
シェーマンは大反対だ。
「王子にばれたら、ややこしくなりますって!」
「私たち、王子に許されるのを、ここで大人しく待っていなければいけないのでしょうか」
ネーヴェは静かに侍従を見返した。
シェーマンは、その指摘に、ハッとする。
「それは……」
エミリオ王子は、ネーヴェが田舎生活に根を上げて、許しを乞うのを待っている。
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以前のシェーマンなら、ネーヴェを断固として止めていただろう。しかし、彼女の行動を間近に見ることで、シェーマンは疑問を抱きはじめていたのだ。
「旅に出るのも一手ですわね。例の魔物の虫が、どこまで広がっているかも、気になります」
はたして、真に民を想っているのは、王子か、氷薔薇姫か。
追放された先でも魔物の虫の被害を心配し、解決方法が無いか探し続けるネーヴェを見て、シェーマンは心揺れた。
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