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何回しても足りない
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「あのさ、一個だけ、聞いて良い?」
「………………いいよ」
アキは覚悟していたのか、それとも俺の気持ちが分かったからなのか、落ち着いた声で応えた。
「いつから俺のこと……その……」
「好きだったかって?」
「うん。まぁ、そんな感じ」
アキは少しだけムスッとしたような顔をした。
「あの女と付き合う前から」
浮気女からあの女に変わったのは少し反省したのだろう。それでも悪意があるのは変わりないが瑠璃華がやったことを考えれば分からなくもないので訂正せずに話を進める。
「え……そんなに前から……?」
瑠璃華とは高校に入学してすぐに付き合い始めた。それからずっと一緒にいて、2年生になってもその関係は続いていた。
「僕、昔から人付き合いが苦手でさ」
「うん」
「高校入っても友達なんか出来なくて、クラスにも居づらくなって」
「うん」
「それで保健室に通うようになってたんだけど」
アキの事を誰も知らない理由が分かった。
そんな理由があるとは知らず、学校についてあれこれ聞いてしまったのを後悔する。
「そこで、リュージと会った」
「俺が? 保健室で?」
「うん。なんか怪我したとかで急に来て。でも先生が居なかったから僕が手当てして」
確かに入学早々やらかして保健室に行った記憶はある。ただ、誰が対応してくれたかは全く覚えていない。
「リュージは覚えて無いかもしれないけど」
「いや、そんなことは……」
図星をつかれて言葉に詰まる。焦っているとアキは小さく笑った。
「大したことしてないのに、リュージは僕にありがとう、助かったって言ってくれてさ。それがすごく嬉しくて」
お礼を言うのは当たり前の事なのに。そんな当たり前のやり取りをする相手すらアキには居なかったのかと思うと胸が痛くなってくる。
「そんなことでって思うかもしれないけど」
アキは少しだけ自嘲するように鼻で笑った。
「…………思わないよ」
「え?」
「そんなことなんて思わない」
アキの気持ちを大事にしたいと思った。そんなことと思う人もいるかもしれないが、俺にとっても大切な気持ちだった。
「アキがそう思ってくれたから、俺たち出会えた訳だし」
ちょっと強引だった部分はあるけど。
「俺、あの時、アキに会えて良かった」
今そう思えている事が全てだと思った。色々考えたり、悩んだりしたのがどうでも良くなるくらい自分の気持ちが正直になる。
アキは少しだけ瞳を潤ませながら僕も、と呟いた。
俺は無意識にアキを抱き寄せると少し背筋を伸ばしてアキの額に唇を寄せた。急に恥ずかしくなって触れるか触れないかのタイミングで体を離すとアキは不意をつかれた顔でこちらを見ていた。
「し、仕返し」
以前、不意をつかれた時の事を思い出し、照れ隠しでそう言う。アキは自分の額に手を当てて、微かに残っているかもしれない感触を確かめようとする。
そんな様子がおかしくて、俺は小さく笑うとアキの頭を撫でようと腕を上げた。が。
「リュージのくせに」
俺の腕は素早くアキに掴まれ、身動きできなくなった。続けざまに肩を押され、バランスを崩した俺は背中からベッドへと沈む。
声を発する間も無く、アキは俺の上へと覆い被さり、甘く笑っている。
「アキ──」
名前を呼んで静止する前にアキは自身の名前を飲み込んだ。性急に唇を割って侵入してくる異物に俺は感じたことのない感覚が身体中を駆け巡るのを感じた。何とか無理矢理口を離すと全力で抗議する。
「お前、そうやってすぐ舌いれてくんのやめろ!」
「なんで?」
「なんでって……」
俺がおかしくなりそうだから、なんて絶対に言いたくない。確実に馬鹿にしてくるに決まってる。
「僕、ディープキスの方が好きなんだけど」
「は?」
「でもリュージがそう言うなら」
アキは再び顔を近づてくると、ちゅっ、とわざとらしい音を立てて俺の唇を軽く吸った。その音の生々しさに急に顔が熱くなる。
「あ、ほんとだ。リュージこっちの方が好きなんだね」
すかさず顔を赤くした俺を見たアキは少し嬉しそうに、軽く触れては離れるキスを繰り返した。同時に右耳を優しく撫でられくすぐったくて力が入る。初めは軽いキスに舌を入れられるよりはマシか……と容認していたが、何故だか段々と物足りないような気がしてくる。自分でもなんでそんな気持ちになっているのか分からない。
アキは俺の下唇を軽く噛む。今までとは違う刺激に思わず微かに腰が動いてしまった。それをアキは見逃さなかった。アキは笑うと、顔を横にずらし俺の耳を舐めた。
「っ、」
抑えきれなかった声が漏れると、アキは一層嬉しそうに耳から首筋へと顔を移動させ、わざと音を立てながら唇で触れていった。
これ以上はやばい。そう感じるのに声が出ない。
アキは満足したようにされるがままの俺を見下ろすと、俺のネクタイをゆっくりと解こうとした。が。
アキの手が急に止まった。俺は不思議に思ってアキの顔を見た。アキはさっきとは打って変わって困惑しているような表情をしており、その理由が見当もつかない。
「アキ?」
「いいの?」
「へ?」
「だから、このままやっちゃっていいの?」
俺はハッとして首を振った。アキはあからさまにしゅんとして、ネクタイにかけていた手を退けた。
「やっぱり嫌だよね……男同士でこんな……」
「?」
「前にこうなった時もリュージは嫌がってたし」
アキが何に引っかかっているのか分かった。前にこうなった時の事を思い出したのだ。
「前は無理矢理だったし……」
俺は聞こえるか聞こえないかの小さい声で反論した。間違ってもアキとそうなるのが嫌なわけじゃないと分かって欲しかったが、どうしても照れくさくて声が出なかった。
「今は?」
「は?」
「今は──」
流されそうになった感覚を思い出して、心のどこかではもうアキを受け入れる覚悟が出来ているのを感じた。でも。
「覚悟は出来てる! でもここはアキの家! 下の階にはお前のお母さんもいる! だから無理!」
早口で捲し立てる。一言一句すべてが恥ずかしくて何故だか説明口調になる。アキは呆気に取られたような顔で俺を見つめた後、見たこともないくらい声を出して大笑いし始めた。
今度は俺が呆気に取られて口が開く。
「リュージって本当に面白い」
アキの大爆笑にどうしていいか分からず固まっていると、目尻に溜まった涙を拭いながらアキは息を吐いた。
「分かった。じゃあもうしばらくおあずけだね」
おあずけ、と自分で言いながらアキはまた俺の唇に自身のそれを寄せてきた。
「おあずけじゃないのかよ! 大体何回キスするんだよ」
「何回しても足りないけど?」
真顔で返してくるから言葉に詰まる。
「っていうか、具合悪いっていうからお見舞いに来たのに……」
そういえば流されていたが、今自分がここに居る理由を思い出して反論する。具合が悪いなら安静にしていないといけないし、こんな事している場合ではない。
「僕がいつ具合悪いって言った?」
確かに明確に具合が悪いとは言っていない。しかし、アキの顔色そのものが具合の悪さを物語っている。
「もし、具合が悪そうに見えるならそれはリュージに会えなかったせいだよ」
満面の笑みでそう答えたアキは再び俺の額にキスを落とした。
fin
「………………いいよ」
アキは覚悟していたのか、それとも俺の気持ちが分かったからなのか、落ち着いた声で応えた。
「いつから俺のこと……その……」
「好きだったかって?」
「うん。まぁ、そんな感じ」
アキは少しだけムスッとしたような顔をした。
「あの女と付き合う前から」
浮気女からあの女に変わったのは少し反省したのだろう。それでも悪意があるのは変わりないが瑠璃華がやったことを考えれば分からなくもないので訂正せずに話を進める。
「え……そんなに前から……?」
瑠璃華とは高校に入学してすぐに付き合い始めた。それからずっと一緒にいて、2年生になってもその関係は続いていた。
「僕、昔から人付き合いが苦手でさ」
「うん」
「高校入っても友達なんか出来なくて、クラスにも居づらくなって」
「うん」
「それで保健室に通うようになってたんだけど」
アキの事を誰も知らない理由が分かった。
そんな理由があるとは知らず、学校についてあれこれ聞いてしまったのを後悔する。
「そこで、リュージと会った」
「俺が? 保健室で?」
「うん。なんか怪我したとかで急に来て。でも先生が居なかったから僕が手当てして」
確かに入学早々やらかして保健室に行った記憶はある。ただ、誰が対応してくれたかは全く覚えていない。
「リュージは覚えて無いかもしれないけど」
「いや、そんなことは……」
図星をつかれて言葉に詰まる。焦っているとアキは小さく笑った。
「大したことしてないのに、リュージは僕にありがとう、助かったって言ってくれてさ。それがすごく嬉しくて」
お礼を言うのは当たり前の事なのに。そんな当たり前のやり取りをする相手すらアキには居なかったのかと思うと胸が痛くなってくる。
「そんなことでって思うかもしれないけど」
アキは少しだけ自嘲するように鼻で笑った。
「…………思わないよ」
「え?」
「そんなことなんて思わない」
アキの気持ちを大事にしたいと思った。そんなことと思う人もいるかもしれないが、俺にとっても大切な気持ちだった。
「アキがそう思ってくれたから、俺たち出会えた訳だし」
ちょっと強引だった部分はあるけど。
「俺、あの時、アキに会えて良かった」
今そう思えている事が全てだと思った。色々考えたり、悩んだりしたのがどうでも良くなるくらい自分の気持ちが正直になる。
アキは少しだけ瞳を潤ませながら僕も、と呟いた。
俺は無意識にアキを抱き寄せると少し背筋を伸ばしてアキの額に唇を寄せた。急に恥ずかしくなって触れるか触れないかのタイミングで体を離すとアキは不意をつかれた顔でこちらを見ていた。
「し、仕返し」
以前、不意をつかれた時の事を思い出し、照れ隠しでそう言う。アキは自分の額に手を当てて、微かに残っているかもしれない感触を確かめようとする。
そんな様子がおかしくて、俺は小さく笑うとアキの頭を撫でようと腕を上げた。が。
「リュージのくせに」
俺の腕は素早くアキに掴まれ、身動きできなくなった。続けざまに肩を押され、バランスを崩した俺は背中からベッドへと沈む。
声を発する間も無く、アキは俺の上へと覆い被さり、甘く笑っている。
「アキ──」
名前を呼んで静止する前にアキは自身の名前を飲み込んだ。性急に唇を割って侵入してくる異物に俺は感じたことのない感覚が身体中を駆け巡るのを感じた。何とか無理矢理口を離すと全力で抗議する。
「お前、そうやってすぐ舌いれてくんのやめろ!」
「なんで?」
「なんでって……」
俺がおかしくなりそうだから、なんて絶対に言いたくない。確実に馬鹿にしてくるに決まってる。
「僕、ディープキスの方が好きなんだけど」
「は?」
「でもリュージがそう言うなら」
アキは再び顔を近づてくると、ちゅっ、とわざとらしい音を立てて俺の唇を軽く吸った。その音の生々しさに急に顔が熱くなる。
「あ、ほんとだ。リュージこっちの方が好きなんだね」
すかさず顔を赤くした俺を見たアキは少し嬉しそうに、軽く触れては離れるキスを繰り返した。同時に右耳を優しく撫でられくすぐったくて力が入る。初めは軽いキスに舌を入れられるよりはマシか……と容認していたが、何故だか段々と物足りないような気がしてくる。自分でもなんでそんな気持ちになっているのか分からない。
アキは俺の下唇を軽く噛む。今までとは違う刺激に思わず微かに腰が動いてしまった。それをアキは見逃さなかった。アキは笑うと、顔を横にずらし俺の耳を舐めた。
「っ、」
抑えきれなかった声が漏れると、アキは一層嬉しそうに耳から首筋へと顔を移動させ、わざと音を立てながら唇で触れていった。
これ以上はやばい。そう感じるのに声が出ない。
アキは満足したようにされるがままの俺を見下ろすと、俺のネクタイをゆっくりと解こうとした。が。
アキの手が急に止まった。俺は不思議に思ってアキの顔を見た。アキはさっきとは打って変わって困惑しているような表情をしており、その理由が見当もつかない。
「アキ?」
「いいの?」
「へ?」
「だから、このままやっちゃっていいの?」
俺はハッとして首を振った。アキはあからさまにしゅんとして、ネクタイにかけていた手を退けた。
「やっぱり嫌だよね……男同士でこんな……」
「?」
「前にこうなった時もリュージは嫌がってたし」
アキが何に引っかかっているのか分かった。前にこうなった時の事を思い出したのだ。
「前は無理矢理だったし……」
俺は聞こえるか聞こえないかの小さい声で反論した。間違ってもアキとそうなるのが嫌なわけじゃないと分かって欲しかったが、どうしても照れくさくて声が出なかった。
「今は?」
「は?」
「今は──」
流されそうになった感覚を思い出して、心のどこかではもうアキを受け入れる覚悟が出来ているのを感じた。でも。
「覚悟は出来てる! でもここはアキの家! 下の階にはお前のお母さんもいる! だから無理!」
早口で捲し立てる。一言一句すべてが恥ずかしくて何故だか説明口調になる。アキは呆気に取られたような顔で俺を見つめた後、見たこともないくらい声を出して大笑いし始めた。
今度は俺が呆気に取られて口が開く。
「リュージって本当に面白い」
アキの大爆笑にどうしていいか分からず固まっていると、目尻に溜まった涙を拭いながらアキは息を吐いた。
「分かった。じゃあもうしばらくおあずけだね」
おあずけ、と自分で言いながらアキはまた俺の唇に自身のそれを寄せてきた。
「おあずけじゃないのかよ! 大体何回キスするんだよ」
「何回しても足りないけど?」
真顔で返してくるから言葉に詰まる。
「っていうか、具合悪いっていうからお見舞いに来たのに……」
そういえば流されていたが、今自分がここに居る理由を思い出して反論する。具合が悪いなら安静にしていないといけないし、こんな事している場合ではない。
「僕がいつ具合悪いって言った?」
確かに明確に具合が悪いとは言っていない。しかし、アキの顔色そのものが具合の悪さを物語っている。
「もし、具合が悪そうに見えるならそれはリュージに会えなかったせいだよ」
満面の笑みでそう答えたアキは再び俺の額にキスを落とした。
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