プラチナピリオド.

ことわ子

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プラチナ【トナミ】

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「うん。でもオレお風呂入ってないし……」

 キスされた手の平はトイレで散々洗ったが、身体中佐々木に触れられた感触が残っていて気持ち悪かった。佐々木に舐められたところがなめくじが這った後の様にぬるぬるとしているような気分で、恐らくどんなに綺麗に洗っても不快感は消えないだろう。あいつに触られた髪の毛は輝きを失ったように思えたし、何より心が一番汚れてしまったと思った。
 そんな汚い身体でゼンに近づくわけにはいかない。

「今、オレ、汚いから……」

 そう言うと、ゼンが何故か眉間に皺を寄せて立ち上がった。大股でオレに近づき、声を上げる間も無く抱き抱えられる。
 そして、まるで犬を運ぶかのように、自分のベッドの上に放り投げた。完全に人扱いされていない。それなのに全く嫌じゃなかった。

「ちょ、」

 状況が理解出来ないオレを置いて、ゼンはオレに腕を回し、抱き抱えたままベッドに横になった。向かい合わせで、まるで抱き合うような形で身体を拘束される。全く身体は動かないのに、不思議とどこも痛くはなかった。

「トナミはきたなくない」
「え、」
「プラチナみたい」
「プラチナ……?」

 この髪の事だろうか。
 ゼンの大きな手がオレの頭に触れる。そこから伝わる温かさに、引っ込んでいた涙がまた溢れてきそうになる。
 宥めるように髪を撫でられる。もしかしたら、犬を撫でているような感覚なのかもしれない。それでもこの気持ち良さから逃れられなかった。
 あれほど汚れてしまったと思っていた髪が、また綺麗になったような気がした。

「もうねよ……」

 その言葉を最後にゼンはまた眠りに落ちた。
 間近に迫るゼンの胸は穏やかに上下している。顔を寄せてみると、心地良い心臓の音がした。
 誰かの心臓の音に安心する時がくるなんて思っていなかった。誰と寝ても、自分と合わないリズムの鼓動は煩わしいもの以外の何者でもなかった。もしかしたらちゃんと聞いたのも初めてかもしれない。
 もう少し聞いていたいと、もう一度顔を寄せようとして、やめた。成り行きでこんなことになってしまったが、自分が今汚れている事実は変わらない。
 ここにいたらゼンまで汚くなってしまうんじゃないかという恐怖と今まで感じたことのない安心感に感情がぐちゃぐちゃになる。
 ぐちゃぐちゃの感情はやがてオレの脳を麻痺させて、なにも考えられなくなった。
 それでもいいか、と半ば投げやりに、ゼンの背中に腕をまわす。
 目の前に置かれた甘い誘惑にオレは余すことなく縋り付き、目を閉じた。

***

 起きるとそこにゼンの姿はなかった。
 時計を見ると午前10時を回っている。

 …………寝過ぎた。

 ゼンが起き上がったのも分からないくらい爆睡してしまった自分が恥ずかしくなる。しかし、起きた時のゼンのリアクションが分からなかったのは不幸中の幸いだった。
 ゼンは昨日、完全に寝ぼけていた。オレを抱き抱えたのも、密着しながら寝たのも全部ゼンから始めたことだが、どうせ覚えていないだろう。その状況で目を覚まし、間近に眠るオレの顔を見たらきっと嫌な顔をしたはずだ。そんなゼンの顔を見てしまったら、多分傷つく。
 ゼンの背中に回していたはずの腕を見つめる。
 昨日、長時間震えていたせいか、身体中が引き攣ったように痛い。緊張して強張っていたのか、怠さもある。
 オレは重たい身体を起こすと、直ぐに風呂場へと駆け込んだ。乱暴に服を脱ぎ散らかし、シャワーを頭から被る。冷たい水が肌を伝って汚れを洗い流してくれると、ようやく少し落ち着いてきた。
 ゼンが隣に居ないと分かった瞬間、また身体が震え出した。昨日の出来事がフラッシュバックして、佐々木の舌が身体を這いずる感覚を鮮明に思い出し始める。
 ざらざらとまるで味見をするかのような動きで何度も舐められた。全然気持ち良くなんかないはずなのに、ゼンの顔を思い出したらイッてしまった。
 それを自分の手柄だと喜ぶ佐々木の声が重なって聞こえる。
 思い出せば出すほど罪悪感に苛まれた。
 いけない、と分かっているはずなのに、冷たいシャワーに比例して身体はどんどん熱くなっていく。
 きっと、最近シてなかったせいだ。無理矢理そう思い込むことでゼンを意識の中から排除する。
 そして、誰でもない男に抱かれている自分を想像して熱を収めようとする。
 相手の顔はオレのタイプでタワマンに住んでる金持ち。何でも買ってくれていつも優しい。オレの良い場所もよく分かっていて、甘えたいだけ甘えさせてくれる。何度も何度も好きだと言葉をくれて、オレもそれに応える。
 何度も夢見た最高のシチュエーションのはずなのに、全く気分が乗らない。
 自分で触っていても虚しさだけが膨らんでいく。
 オレは諦めて蹲りながら熱が収まるのを待つことにした。
 徐々に末端から冷えていく身体はやがて心まで到達し、オレはなんとか、いつも通りに見えるオレを取り戻した。
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