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相槌を打たなかったキミへ【10‐1】
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心地良い匂いがする、そう思い目を開くと苗加の顔があった。
心底驚いたが、リアクションを出せるだけの体力がなく、表面上は静かにできた。
「ん……?」
俺は僅かに身体を起こし、暗い室内で手探りに近くにあったスマホを見た。
丁度午前一時を過ぎたあたりだった。
少しだけ身体の怠さは抜けており、俺のおでこには熱冷ましのシートが貼られていた。
ベッドにもたれ掛かるようにして寝ている苗加の手には市販の風邪薬の箱が握られている。家に買い置きの薬は無かったはずなので、俺が寝落ちだ後に買いに行ってくれたのだろう。
ありがたく飲ませてもらおうかと思ったが、薬を動かすと苗加が起きてしまうかもしれないと思い躊躇する。
だいぶ良くなってきているし、このまま寝ていれば治るかもしれないと、二度寝しようとした時、苗加が目を開けた。
「心広くん……、心広くん!? 大丈夫!?」
苗加の勢いに持っていた箱がぐしゃっと潰れる。
「あ、……これ、……薬、なんだけど……」
申し訳なさそうに握りつぶされた箱を差し出す苗加に笑ってしまう。
「ありがと。ありがたく飲ませてもらうわ」
「うん。あ、待ってて今水持ってくる!」
「ゆっくりで大丈夫だから」
転げそうなくらいの勢いで立ち上がる苗加にハラハラしながら声をかける。苗加はすぐに水の入ったコップを持ってくると手渡してくれた。
「悪い。買い物もそうだし、こんな時間まで付き合わせちゃって――」
はた、と止まる。
今は夜中の一時過ぎ。丁度ホストクラブが終わるくらいの頃合いだ。
「え、ちょっと待って、もしかして仕事……」
「心配だったから休んじゃった」
苗加は俺の言葉の続きを、申し訳なさそうな顔で言う。
「いや、いやいやいや、俺のことなんて放って置いて大丈夫だったのに……!」
「もし、心広くんが逆の立場だったら放っておける?」
「う……」
それでも俺は一応成人男性で自分のことは自分でできるつもりでいる。いざとなったら誰かに助けを求めることも出来る。そんな俺に付き添うためだけに仕事を休ませてしまったなんて、罪悪感がどんどん積もっていく。
「それに、おれが付いていたかったんだよね」
「え、俺ってそんなに頼りない……?」
「そうじゃなくてさ、」
俺の返しに苗加は、あはは、と笑い、熱冷ましシートの上から再び手を当てた。
「もうだいぶあったまっちゃってるね。かえよっか」
「え? あーうん……お願いします……」
苗加にお世話されている事実に急に背中がむず痒くなり、尻すぼみな返事になってしまう。
苗加はまた小さく笑うと、替えのシートを持ってきてくれた。
「もう電車もないだろうし、もう一泊していけば? ……って言うかしていってください」
「うん、助かる。じゃあお言葉に甘えて」
言いながら苗加はベッド脇の床に寝転んだ。
一応カーペットは敷いてあるが、それでも床だ。朝起きたら身体が大変なことになっているだろう。
「え、ちょっと、流石にそこじゃ……」
「でも他に寝る場所ないし……」
確かに、俺の部屋にはソファというものは無かった。寝られるような場所はベッドのみで、他の選択肢は全て床になる。
苗加にベッドを譲ることを考えたが、きっと苗加は了承しないだろう。
俺は覚悟を決めて苗加を見た。
「苗加が……、嫌じゃなかったら、ベッド半分にして寝るか……?」
「へ?」
「いやだから、看病してくれた苗加を床で寝かせるのは忍びないし、かと言って俺が床で寝るって言っても苗加に反対されそうだし……」
疑問の声に言い訳じみた言葉を並べてしまう。
「………………心広くんは嫌じゃないの?」
「俺が提案してるんだから、嫌じゃないってことだろ……!」
段々恥ずかしくなってきた。サラッと苗加が了承して、ノリで二人で布団に入り、そのまま何事もなく朝まで逃げ切りたいと思っていたのに。
俺の気持ちの確認とか、してくんなよ……
本音を言ってしまえば、俺は苗加が好きで、好きな人と一緒のベッドで寝るなんて、思春期に戻ったみたいに緊張している。嫌とか嫌じゃないとか以前に俺の色々が持つか分からない。
それでも今はそんなことを言っている場合じゃないことも理解している。だから必死に自分を抑えて切り出したのに。
「……心広くんが嫌じゃないなら、」
静かに苗加がそう言いながらベッドに入ってきた。
「あ、待って、俺こっち向くから、背中合わせになって。もし風邪移しちゃ悪いから」
仰向けで寝ていた俺は外を向くように苗加に背中を向けた。今更かもしれないが、二人で仰向けで寝るよりはマシな気がする。
「分かった」
苗加の背中が俺の背中にあたる。
少し触れるだけで、そこに意識が集中してしまう。
俺は固く目を瞑り、頭の中に今までに受けた理不尽なクレームを思い浮かべた。いつもならすぐに思考が切り替わって不快な気持ちになるのに、今日は中々上手くいかない。
眉間に皺を寄せながら、どんどん思い返していると、脳が疲れてしまったのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
心底驚いたが、リアクションを出せるだけの体力がなく、表面上は静かにできた。
「ん……?」
俺は僅かに身体を起こし、暗い室内で手探りに近くにあったスマホを見た。
丁度午前一時を過ぎたあたりだった。
少しだけ身体の怠さは抜けており、俺のおでこには熱冷ましのシートが貼られていた。
ベッドにもたれ掛かるようにして寝ている苗加の手には市販の風邪薬の箱が握られている。家に買い置きの薬は無かったはずなので、俺が寝落ちだ後に買いに行ってくれたのだろう。
ありがたく飲ませてもらおうかと思ったが、薬を動かすと苗加が起きてしまうかもしれないと思い躊躇する。
だいぶ良くなってきているし、このまま寝ていれば治るかもしれないと、二度寝しようとした時、苗加が目を開けた。
「心広くん……、心広くん!? 大丈夫!?」
苗加の勢いに持っていた箱がぐしゃっと潰れる。
「あ、……これ、……薬、なんだけど……」
申し訳なさそうに握りつぶされた箱を差し出す苗加に笑ってしまう。
「ありがと。ありがたく飲ませてもらうわ」
「うん。あ、待ってて今水持ってくる!」
「ゆっくりで大丈夫だから」
転げそうなくらいの勢いで立ち上がる苗加にハラハラしながら声をかける。苗加はすぐに水の入ったコップを持ってくると手渡してくれた。
「悪い。買い物もそうだし、こんな時間まで付き合わせちゃって――」
はた、と止まる。
今は夜中の一時過ぎ。丁度ホストクラブが終わるくらいの頃合いだ。
「え、ちょっと待って、もしかして仕事……」
「心配だったから休んじゃった」
苗加は俺の言葉の続きを、申し訳なさそうな顔で言う。
「いや、いやいやいや、俺のことなんて放って置いて大丈夫だったのに……!」
「もし、心広くんが逆の立場だったら放っておける?」
「う……」
それでも俺は一応成人男性で自分のことは自分でできるつもりでいる。いざとなったら誰かに助けを求めることも出来る。そんな俺に付き添うためだけに仕事を休ませてしまったなんて、罪悪感がどんどん積もっていく。
「それに、おれが付いていたかったんだよね」
「え、俺ってそんなに頼りない……?」
「そうじゃなくてさ、」
俺の返しに苗加は、あはは、と笑い、熱冷ましシートの上から再び手を当てた。
「もうだいぶあったまっちゃってるね。かえよっか」
「え? あーうん……お願いします……」
苗加にお世話されている事実に急に背中がむず痒くなり、尻すぼみな返事になってしまう。
苗加はまた小さく笑うと、替えのシートを持ってきてくれた。
「もう電車もないだろうし、もう一泊していけば? ……って言うかしていってください」
「うん、助かる。じゃあお言葉に甘えて」
言いながら苗加はベッド脇の床に寝転んだ。
一応カーペットは敷いてあるが、それでも床だ。朝起きたら身体が大変なことになっているだろう。
「え、ちょっと、流石にそこじゃ……」
「でも他に寝る場所ないし……」
確かに、俺の部屋にはソファというものは無かった。寝られるような場所はベッドのみで、他の選択肢は全て床になる。
苗加にベッドを譲ることを考えたが、きっと苗加は了承しないだろう。
俺は覚悟を決めて苗加を見た。
「苗加が……、嫌じゃなかったら、ベッド半分にして寝るか……?」
「へ?」
「いやだから、看病してくれた苗加を床で寝かせるのは忍びないし、かと言って俺が床で寝るって言っても苗加に反対されそうだし……」
疑問の声に言い訳じみた言葉を並べてしまう。
「………………心広くんは嫌じゃないの?」
「俺が提案してるんだから、嫌じゃないってことだろ……!」
段々恥ずかしくなってきた。サラッと苗加が了承して、ノリで二人で布団に入り、そのまま何事もなく朝まで逃げ切りたいと思っていたのに。
俺の気持ちの確認とか、してくんなよ……
本音を言ってしまえば、俺は苗加が好きで、好きな人と一緒のベッドで寝るなんて、思春期に戻ったみたいに緊張している。嫌とか嫌じゃないとか以前に俺の色々が持つか分からない。
それでも今はそんなことを言っている場合じゃないことも理解している。だから必死に自分を抑えて切り出したのに。
「……心広くんが嫌じゃないなら、」
静かに苗加がそう言いながらベッドに入ってきた。
「あ、待って、俺こっち向くから、背中合わせになって。もし風邪移しちゃ悪いから」
仰向けで寝ていた俺は外を向くように苗加に背中を向けた。今更かもしれないが、二人で仰向けで寝るよりはマシな気がする。
「分かった」
苗加の背中が俺の背中にあたる。
少し触れるだけで、そこに意識が集中してしまう。
俺は固く目を瞑り、頭の中に今までに受けた理不尽なクレームを思い浮かべた。いつもならすぐに思考が切り替わって不快な気持ちになるのに、今日は中々上手くいかない。
眉間に皺を寄せながら、どんどん思い返していると、脳が疲れてしまったのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
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