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相槌を打たなかったキミへ【1‐1】

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「あいつ、男が好きらしいよ」

  好奇心を抑えられないという顔で、俺の机に腰掛けていた友達が唐突にそう言ってきた。
 差し向けた歪んだ視線の先には、同じクラスの苗加笑也(なえか えみや)が俯くように背中を丸めて自席で本を読んでいる。
 いくら交流がないとはいえ、あまりにも不躾な物言いに、当たり障りなく流そうかと思ったが、もたもたしている内に追撃をされ、退路を断たれてしまう。

「キモくね?」

 疑問系。
 こいつは俺の返事を待っている。好奇心を飛び越え、不快感すら感じる笑顔で、自分の期待している答えを待っている。
 つまり、肯定。今こいつは仲間を募っている。
 その仲間に加わるのが俺にとっての今の最善だ。空気を読んでそれに合わせる。それだけで俺の立ち位置はもっと優位になってくる。
 だけど、頭では分かっているのに、どうしても肯定する事ができなかった。
 話したこともない、ただ同じクラスというだけの、同級生に配慮したわけではない、と思う。
 ただ、なんとなく、喉から先に言葉が通らなかった。
 友達が焦れたように、なぁ、と急かしてくる。
 それでも俺は沈黙を貫いた。否定も肯定もしない。実に卑怯で優柔不断だ。

「やべ、」

 友達が気まずそうに声を上げた。
 何が起こったのか、と自然と机に落としていた目線を上げると、さっきまで俯いて隠れていた瞳と目が合った。
 まるで宇宙人でも見るかのように、苗加が俺をじっと見ていた。




 随分と昔のことを思い出したな、と我に返りながら思う。一瞬にして記憶が巻き戻る感覚を覚えたのは初めてだ。
 その原因となった、あの頃と変わらない瞳が、今、俺を見つめている。
 いや。
 記憶より"色"はだいぶ違うけど。


「もしかして都井(とい)くん?」

 カメラのレンズ越しにそう投げかけられ、思わず構えていたカメラを下ろした。

「……………………苗加?」

 この名前を呼んだのは今日が初めてで、不思議な感覚になる。高校三年間を同じクラスで過ごしたというのに、そういえば名前を呼んだことはなかった。
 そもそも名前を呼び合うほど親しくはなかったし、苗加は俺とは違うタイプで物静かだったから自然と距離も生まれた。
 有り体に言ってしまえば、俺は陽キャグループの端っこにいて、苗加は陰キャの中の陰キャのような生活をしていた。だから全く接点が無かった。
 あの時を除いて。

「随分…………なんて言うか、その……イメチェンしたんだな…………」
「無理に取り繕おうとしなくていいって! 驚くのも無理ないでしょ、こんな格好」

 俺の苗加に対する記憶は、もしかしたら何者かに改竄されたものなんじゃないかと疑うほど、明るい声で苗加は笑う。
 どんなに頑張って苗加について思い出しても、こんなに屈託なく笑った顔は思い出せない。というか、多分見たことがない。
 見た目と共に性格も変わったのかと、目の前で不思議そうに首を傾げる苗加の顔をまじまじと観察する。

「おれ、今ホストやってて」

 言葉通りの派手な格好。
 とはいえ、ギラギラのスーツを着ていたり、不自然に髪を盛っていたりというような安直なホストのイメージのような印象ではない。
 大きく目につく小物やジャケットが俺でも分かるくらいのハイブランドで固められていて、そういう点で派手な格好だと思った。

 まぁ、今時のホストはそんな格好しないって、散々見てきたから分かるけど。

「知ってる…………え、いや、そっか! ホストか! そうだよな……だから俺が写真撮ってんだもんな、そうだよな……!」
「大丈夫? かなりテンパってない?」

 ふふ、と笑って苗加は俺の顔を覗き込んだ。
 明るい茶色い髪の毛が揺れる。グレーに見えた瞳はよく見ると暗い水色をしている。まるで外国人に見つめられたような感覚なり、緊張して思わず目を逸らす。記憶にあるよりずっと"綺麗な顔"に動揺してしまった自分がなんだか恥ずかしい。
 それに、動揺してしまった理由は顔だけじゃない。仕草がやけに扇情的なのだ。
 いつの間に、こんな人をたらし込むような仕草をするようになったんだと、内心ザワザワしてくる。
 職業を考えれば当然と言えば当然なのだが、そんなことも考えられないほど無意識に慌ててしまう。
 なんとなく、空気が近い気がして落ち着かない。

「もしかして最初から俺だって分かってた?」

 誤魔化すために、なんでもないふりをして話し掛ける。苗加相手にこんな醜態、高校の時の友達に見られたら馬鹿にされるな、と思う。
 
「自己紹介された時にもしかしてって思ったけど、確信したのはカメラ構えた姿見た時かな」
「カメラ構えた姿……? なんでそんなとこで俺だって分かるんだよ?」
「それは内緒」
「なんだ、それ……」

 こんな、人を手玉に取るような会話も出来るようになったのかと、驚きを通り越して感心してきた。
 よくよく考えれば、高校を卒業してから丸五年も経った。それだけあれば見た目や性格なんてどうとでもなるのかもしれない。
 それにしては、一気に垢抜け過ぎだ……と、少し妬みのような感情を覚えて悔しくなる。

 ………………いや、元々素材は良かったのかもしれないけど。

 必死に高校時代の苗加の顔を思い出そうとしても、分厚い眼鏡をしていたこと以外、モヤがかかったように思い出せない。多分、これといった特徴が無いと、当時の俺は思っていたのだ。

「それにしても苗加がホストかー」
「意外?」
「そりゃ意外だろ。だって苗加って」

 学生時代に戻ったようなテンションで、調子良く口から溢れ出そうになった言葉を慌てて飲み込む。が、表情には出てしまっていたらしい。

「だっておれ、ゲイだしね?」

 どうしよう。
 こんな時にどう答えるのが正解なのか分からない。必死に空気を読もうとするが、苗加の顔を見ることが出来ずに時間だけが過ぎていく。
 あの時もそうだった。沈黙でやり過ごすことを覚えた俺は、また同じ手を使おうとしている。

「そんな深刻そうな顔させるつもりなかったんだけど」

 あくまでも軽い口調であっけらかんと苗加は言う。
 必死に答えを探している俺を見て、また笑う。無理をしているんじゃないかと、盗み見るが、表情は変わらない。

「今時、珍しくもないからってさらっと言っちゃったけど、もし気を使わせちゃったならごめん」

 何故か謝られた。
 咄嗟に自分も謝ろうと口を開けて、また言葉を飲み込む。
 ここで自分も謝るのは何か違う気がした。
 だから嘘をつく。

「気なんか使ってねーよ! つか、大人しかった苗加がホストやってるってことにビビったんだよ」
「え、そっち……?」
「当たり前だろ。女の子と喋ってるとこなんか想像つかねー」

 これはこれで酷い言いようかもしれないが、男同士のどうしようもない会話のノリが成立したような気がして少しホッとする。
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