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友情再確認

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 いつまでこの体勢を続けていればいいのか。
 そう問いただしたくても流石に聞けない空気なのは分かっている。
 見世に戻って来てすぐ、俺はみんなにはバレないように自分の部屋へと戻った。そして、何故か夜柯さんも俺の部屋についてきた。本音を言えば少し時間が欲しかったのだが、夜柯さんは後ろ手に戸を閉めながらニコニコ顔のまま俺を背後から抱きしめてきた。そのまま俺は夜柯さんに抱え込まれ、ほぼ尻もちをつくような体勢で腰を下ろした。首筋に顔を埋められ一気に緊張する。
 いくらなんでも想いが通じ合ってからの展開が早過ぎると焦ったのも束の間、夜柯さんはそのまま動かなくなってしまった。まるで、夜柯さんの秘密を知ったあの日と同じ状況に、俺はどうしたらいいのか分からず、さっきからしきりに視線を動かしていた。視線を動かしたところで真後ろにいる夜柯さんの様子は分からなかったが、何かして気を紛らわせていないと落ち着かなかった。

「……よ、夜柯さん……?」

 身体の緊張が限界を迎え、手が痺れ始めたため小声で名前を呼んでみた。夜柯さんは小さく、んー? と返事をしてくれたが、それ以降なんの動きもなくなってしまった。

 (困ったな……)

 このまま身動きが取れないのも困ったが、何より俺には一つの懸念事項があった。もし、俺の想像が現実になるとしたら、多分、もうすぐ――。

「アリスー! 具合悪いって聞いたぞー! 大丈夫、か…………」

 予感的中大当たり。
 俺の仮病を聞きつけたニコラが仕事終わりに俺のお見舞いに来てしまうかもしれないと薄々感じていた。と、いうより、カイの時にも様子を見に来たくらいだから、俺の体調不良を聞いたら絶対に来てくれると確信していた。
 実際、お見舞いに来てくれたのであろうニコラに嬉しくなった。しかし、今は感動している場合じゃない。強張り始めたニコラの表情を見て、必死に言い訳を考える。
 もう既に、この前の一件でシャロニカさんとペトラさんの中で俺と夜柯さんは『そういう仲』認定されているようで、この状態を見られてしまってもダメージは少なかった。しかし、ニコラは違う。リアクションを見る限り、俺と夜柯さんの事は知らなかったのだろう。人間拡声器だと思っているペトラさんがあのことを黙っていたのは意外だったが、こうなってしまうなら、ニコラに事前にバレていた方がまだマシだと思った。
 俺だって恥ずかしいが、ニコラの衝撃もすごいだろう。
 出来ればニコラには引かれたくない。今までと変わらず友達でいたい。しかし、夜柯さんとの仲を誤魔化すことも否定することもしたくはない。
 俺が言葉に困っていると、我に返ったニコラが大声を出した。

「アリスと夜柯様!? なんで!?」

 なんで、なんて俺が聞きたい。
 いつから夜柯さんのことを好きになったのか、夜柯さんはいつ俺のことを好きになったのか、どうして今こんな状況になっているのか、俺自身分からないことだらけだ。

「あ、えーと……なんていうか……夜柯さんは、その俺の大切な人で……」

 恋人です、なんて大胆発言出来るはずもなく、ボヤかした言い方をしてしまう。
 すると、ニコラは何を思ったのか斜めの方向に暴走し始めた。

「俺は!? 俺のことは大切か!?」
「は? えっ、ま、まぁ……大切だけど……」

 まさかこの状況でそこを突っ込まれるとは思わなかった。
 俺の答えにニコラは満足そうに頷いた。

「だよなー、俺もアリスが大切」

 ニコラが言っているのはあくまで友としての発言なのだが、それが分かっているのが当人と俺しかいない状況が苦しい。心なしか俺の身体に回された夜柯さんの腕の力が強くなったような気がして様子を伺おうとすると、更に力を強められた。

 (何このカオス……)

 ニコラは俺との友情を再確認出来て嬉しそうにニコニコしていて、相変わらず俺の首筋に顔を埋めていて表情が見えない夜柯さんの腕の力は増していく。
 そして、そんな状況に一番遭遇してはいけない人物が合流してしまい、更に事態はややこしくなる。

「アリスが……一番大切……?」

 妄想の中で『一番』が付け足されたのか、カイはボソボソと呟きながらニコラの背後から俺を睨みつけてきた。

「うわ! カイ、いきなり背後に立つなよ!」

 ニコラが文句を言いながら振り返ると、あまりの顔の近さにカイは一気に赤面し、吃り始めた。
 
「ご、ごめん……でも、オレ……」
「なんだよ……?」

 ニコラに怪訝そうな顔で見られカイは今にも泣きそうだったが、逃げ出さなかったのは意外だった。それほどさっきの発言が引っかかっていたのだろう。

「ニコラ、は…………アリスのことが大事……?」
「は? 当たり前だろ? 何言ってんだ」

 そこで自分は? と聞けないところがいかにもヘタレらしい。きっと今の関係なら悪くない答えが返ってくると思うのに。

「アリスと一番最初に仲良くなったの俺だしなー。アリスの事なら何でも知ってる――」

 ニコラは得意げに語り出すが、話の盛り方が凄かった。最初の俺に対する態度の悪さを綺麗さっぱり忘れている。それに。

 (何でも……ではない……)

 現に今の状況を見て驚いていたのを忘れたのだろうか。カイの周りの雲行きがどんどん怪しくなるのを察して流石に訂正しようかと口を開こうとした、瞬間。
 目の前にすらっとした腕が伸びてきて俺の左頬に添えられた。乱暴ではないのに何故か言うことをきいてしまう動きで顔を横へ誘導される。疑問に思った時には噛み付くようにキスをされていた。

 (は? え?)

 人の、しかも親友の目の前で、今自分が何をされているのか分からず思考が停止する。
 まさか、流石に夜柯さんがこんなことをするはずがない。そう思っていると、口の中にザラザラとしたものが入ってきて我に返った。
 苦しいのに離してもらえない。そして、この強引さには身に覚えがあった。

「や、……ん、ぅ」

 抵抗する声を上げようとしたが、余計に扇情的な雰囲気になってしまいどんどん恥ずかしくなってくる。目元に涙が溜まり、それが流れ落ちるまでキスは続いた。
 離された瞬間、チラリと見えた夜柯さんの顔はどこか満足げで俺は頭を抱えたくなった。
 まだ、二人きりの時なら百歩譲って許せる。
 でも、今は。
 俺は怖くて二人の方を見られなかった。

「び、びっくりした……」

 初めに声を出したのはニコラだった。
 誰に言うでもなく、口から自然と漏れてしまった感じだったが、そのお陰で少しだけ空気が緩んだ。

「……………………夜柯様、時と場所を選んでください」

 まともな注意をしてくれたのはカイだった。
 俺が言いたかったのはそういうことなんだと、同意するように振り返り夜柯さんを見ると、シラっと不貞腐れたような顔をしていた。

 (何これどんな表情……?)

 まるで俺が悪いかのようなこの空気はやっぱり身に覚えがある。
 前に一度、客に襲われそうになった時、無理矢理キスされた時と同じだ。あの時は俺が夜柯さんをビンタして止めたが、今回はそれが出来なかった。絶対的に嫌なはずなのに、触れられること自体は嬉しくてそんなことする気になれなかったからだ。

 (え、ちょっと待って。と、いうことは……)

 あの時の夜柯さんはアレを受け止めていたせいで色々不安定な中だった。あの行動も決して夜柯さんの意思ではなく、ほぼ操られていたのだと思っていたのだが――。

 (もしかして、この先もこういうことが起こりうる……?)

 夜柯さんは、まだ不安定な状態が続くと言っていた。と、いうことは、この誰のものかも分からない衝動が顔を出しても不思議ではない。
 俺はもう一度、確かめるように夜柯さんの顔を見た。夜柯さんはさっきとは打って変わって穏やかなニコニコ顔で、俺は更に混乱し始めた。
 夜柯さんのスイッチが全く分からない。
 もう二度とこんな恥ずかしい思いをしたくはないと、俺は夜柯さんをもっと知ろうと決意した。

「あ……えと、俺たち……邪魔だよな!? ごめんな騒がしくして! 俺、夜柯様とアリスがそんな関係だって知らなくて……なんか……俺…………」

 何故か悲しそうな顔でニコラが俺のことを見る。瞳が揺れていることにギョッとすると、カイがすかさず睨みつけてきた。

「違うんだ……俺、アリスの一番だと思ってたから……アリスが幸せならそれでいいはずなのに……なんか…………」

 心臓がギュッとなった。
 もちろんお互いに恋愛感情はないが、無性にニコラに抱きつきたくなり僅かに身体を浮かそうとすると背後から引き戻された。俺は知らん顔をしている夜柯さんを一瞥すると、代わりに声を出した。

「俺も、ニコラが一番の親友だと思ってる!」
「ア、アリス~~~~」

 多分、第三者から見たらとんだ茶番だろう。俺も少し感傷的になり過ぎている感は否めないが、この気持ちに嘘はなかった。心細いこの世界での生活で境遇が近いニコラの存在は俺にとって心の拠り所だった。何度も何度もニコラに助けてもらった。
 だから、もし、万が一、奇跡が起こって、地球がひっくり返って、矢の雨が降ったとして、カイとニコラが恋人同士になった時には、俺は今のニコラと同じ気持ちになるだろう。だからニコラの気持ちが痛いほど分かった。

「ニコラ!」

 俺が手を伸ばすとニコラはすかさず俺の手をとった。

「俺たちずっと親友だよな!?」
「当たり前でしょ!」

 俺たちが固い握手を交わしているのを白けた空気で眺めている二人。でもそんな空気も全く気にならなかった。

「…………………………なにこれ」

 カイの吐き捨てるような呟きが聞こえたような気がしたが、俺もニコラも揃って無視をした。
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