一途な猫は夢に溺れる

ことわ子

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一途な猫は夢に溺れる

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「あら? 人間がこんなところで何をしているのかしら?」

 わざとらしく大きな声で高笑いしながら叫ぶ。すると周辺の森から沢山の光が集まってきた。小さな光だったそれは徐々に人の形へと変化してゆき、やがて沢山の魔法使いが俺たちを取り囲んだ。大勢の人の中、一歩手前に出たフェリシーはパチンと指を鳴らした。俺は目に見えない力で顔を上に向かせられ、否応なしに集まってきた魔法使いたちに顔を晒した。

「迷い込んじゃったのね、可愛そうに。今から人間の世界に帰してあげる」

 フェリシーはまたも指を鳴らした。すると俺の身体は宙に浮き、フェリシーの目の前まで引き寄せられた。

「記憶を消してからね」

 フェリシーは細長い指で俺のおでこに触れようとした。

「アーネストの記憶から消してあげるわね」

 醜悪な笑い声に気分が悪くなってくる。消せるものなら消してみろと、啖呵をきりたいのは山々だが、魔法に太刀打ちできる術もなく、フェリシーを睨むにとどまった。

「やめろ」

 割って入ったお師匠さんの声に、俺のみならず、フェリシーや集まってきていた魔法使いたちもお師匠さんの方を向いた。

「やめろって言ってるんだけど」

 お師匠さんがそう言うと、俺に近づいてきていたフェリシーの指が何かに弾かれたように火花と共に吹き飛んだ。

「い、」

 フェリシーは寸でのところで腕を引き、大事にはならなかったようだ。しかし痛みは感じたらしく顔を歪めている。

「アーネスト!」

 魔法使いたちの中から大きな声が上がった。

「何をしている」

 唸るような声にびりびりと空気が震える。ざわついていた他の魔法使いたちも一斉に黙り、ふくろうの鳴き声が印象的に聞こえるようになった。

「父さん」

 声の主はフェリシーの隣へとやってきた。お師匠さんに弾かれたフェリシーの手に自身の手をかざすと淡い光に包まれた。

「何をしていると聞いている」
「見ての通りですけど」

 お師匠さんはわざと挑発するように吐き捨てる。

「お前は今日、フェリシーとの婚約を正式に発表しに来たはずだが?」
「そんな約束はしていません」

 お師匠さんの態度に、父さんと呼ばれた男性は呆れたようにため息をついた。

「お前は昔からそうだ。いきなり家を出て行ったかと思えば何年も消息不明になったり、ようやく探し出して呼び出せたと思えば」

 お師匠さんのお父さんは俺の方を睨んだ。

「低俗な人間を連れて来るなんて」

 二回目だ。二回人間と呼ばれた。もう誤魔化せそうにない。

「マオは人間じゃない。使い魔です」

 お師匠さんの意外な言葉に俺は固まった。
 すると一拍置いて、周囲の魔法使いたちが一斉に笑い始めた。

「使い魔だと? 笑わせる。お前の話が本当なら、こうしても問題ないだろう?」

 言いながら、お師匠さんのお父さんはどこから出したのか、ナイフを片手にゆっくりと腕をあげた。そして俺の左胸に向かって刃先をチラつかせる。

 使い魔に心臓はない。

 お師匠さんは観念したようにうな垂れると、弱弱しい声でやめてくださいと懇願した。

「分かればいいんだ。……お前が何をするべきか思い出したか?」

 お師匠さんは微かに頷いた後、力を振り絞ったように立ち上がった。ふらつく身体でフェリシーの元へと近づいていく。

「おし……しょ……」

 震える声で名前を呼ぶが、お師匠さんはこちらを振り向いてくれない。お師匠さんは自らの意思でフェリシーの元へ向かおうとしている。
 お師匠さんの意思には全て従おうと思っていた。お師匠さんが選んだことなら間違いは無いと。しかし横を通り過ぎた時に垣間見えたお師匠さんの悲しい瞳が俺の考えを一瞬で変えた。
 大切な人があんな目をしているのに、黙っていることなんて俺にはできない。
 俺はフェリシーの注意がお師匠さんに向いた瞬間、お師匠さんに駆け寄り抱きしめた。そして大声で叫ぶ。

「お師匠さんは渡さない」

 作戦なんて何もない。この後どうするかなんて考えてない。最悪殺されるかもしれないと思った。それでもいい。ただお師匠さんを引き止めたかった。その一身で身体が動いた。

「ねぇ、もうやめにしない? 見ていて痛々しいのよ」

 突然聞こえた穏やかな声が緊迫した空気を和らげた。
 顔を上げるとマリエナ様が直ぐ傍までやってきていて、お師匠さんの頭を撫でた。

「話し合いがしたいって言うからアーネストの居場所を教えてあげたのにこの有様は何? どこが話し合いなの?」

 呆気にとられている一同を置き去りにしてマリエナ様は話を続ける。

「不器用なあなたの代わりにアーネストとのパイプ役になってあげたのに……。あなたはいつまでそうやって子どもみたいに拗ね続けるつもりなの? 言えばいいじゃない、たまには家に帰ってきて欲しいって」
「は……」
「フェリシーと無理やり婚約させたのだって、帰ってきて家を継いで欲しいからだって」

 マリエナ様の積もり積もった説教は止まる気配がない。

「それでもう一人の息子との仲も悪くなっちゃって、なにやってるんだかって感じよ」

 お師匠さんのお父さんはうろたえながら、違う!、と周囲に言い聞かせている。

「もう好きにさせてやりなさいな。あの子達ももう子どもじゃないんだから」

 はぁ、と最後にため息でしめたマリエナ様は俺たちの方に向き直った。

「許せる訳ないだろう!」

 お師匠さんのお父さんは大きな声を張り上げた。

「頑固者の説得なんて一筋縄じゃいかないわよね。……じゃあ仕方がないわ」

 マリエナ様はパンと手を叩いた。

「ニニ」
「やっと暴れられる!」

 マリエナ様の呼びかけに姿を現したニニは物凄い速さで森の中に駆けて行った。そしてすぐに沸き起こる鳥の鳴き声。

「おら! おら! カラス共! 日頃の恨み!」

 ニニが叫びながらカラスの集団をこちらへ誘導していた。遠目に見ていたカラスたちは一瞬のうちに辺りを飲み込み、皆がパニックに陥る。
 俺はお師匠さんに駆け寄ると、抱きかかえた。

「今回はこんなことになってしまったけれど、これに懲りずにこれからもこの子と一緒にいてくれると嬉しいわ」

 カラスの大群を物ともしないマリエナ様が近づいてきてそう言った。

「はい。約束します」
「ふふ、良かった」
「あ、それと」

 俺は内緒話をするようにマエリナ様の耳に口を寄せた。

「俺の『本当の正体』を黙っていてくれてありがとうござました」

 マリエナ様は少し瞳を見開いた後、また穏やかに笑った。

「また、会えるって信じてるわ」

 マリエナ様はお師匠さんにしたように俺の頭を優しく撫でると、二回手を叩いた。瞬時に辺りからカラスの羽音や逃げ回る魔法使いたちの声は消え去って、俺たちの身体は見慣れたお師匠さんの寝室のベッドの上にあった。
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