僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、1日【1】

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「シセル」

 シセルは一瞬固まった後、僕の視線を振り払うように背中を向けてしまった。僕が名前を呼んでもシセルはこちらを向いてはくれず、再び部屋の中は静まり返った。

「ねぇ」

 僕は堪らずまた声をかける。
 振り向いてくれるまで何度も何度も声をかけるつもりだった。
 だけど。
 シセルは急に振り返り、僕を見た。貼り付けられたような笑顔に悪寒が走る。

「良かったな」
「……何が?」

 シセルは答えない。
 パメラの言う通り、シセルは勘違いをしている。それだけははっきりと分かるのに、どの言葉を伝えたら良いのか迷う。

「パメラ様に会うのも久しぶりだろ」
「うん。それは、まぁ……」

 シセルはパメラが僕の婚約者であることを知っている。だけどその事について二人で話したことは今まで無かった。
 僕はシセルに婚約者になったパメラの事を話すのを遠慮していたし、シセルからパメラの話題を出されたことは無かった。

 なのに、よりにもよって、なんで今。

 もしかして、シセルは僕がパメラのことが好きで、思いを告げることが出来たと勘違いをし、祝福しようとしているのだろうか。
 友達として、僕の花として、一歩引いた立場で。
 そう思うとなぜだか無性に泣きたくなってきた。
 シセルは悪くない。
 そう思うのに、シセルに伝わらない思いが暴発しそうになる。凶暴な思いの矛先はシセルに向かい、今すぐに無茶苦茶にしたくなる。
 一方的に好きだと言って、シセルの思いなんかお構いなしに貪って、一生自分のそばから離れないように繋いでいたい。

 僕は思い切り拳を握ると、踏み留まった。
 こんな思いのまま、シセルに伝えていい言葉じゃない。パメラに言われた通り、ちゃんと相手の目を見て、真剣な顔で、ちゃんと雰囲気を作って、それで──。

「俺のことは気にすんなよ」
「え?」
「だから俺はお前の花だけど、俺のことは気にせず、パメラ様と幸せに──」

 最後まで聞かなかった。いや、言わせなかったと言った方が正しい。
 僕は渾身の力でシセルの肩を押した。シセルは不意打ちでよろめきはしたが、倒れ込むことはなく、ただただ呆気に取られたように僕を見た。
 今感じている手の痛みより、シセルの視線の方が何倍も痛い。怒っているのに涙が出てくる。堪え切れない水滴が頬を伝って落下していく。

「なんで……なんでそんなこと……」

 顔はぐしゃぐしゃに歪み、みっともない声を出す。そんな僕をシセルは黙って見つめている。こんな時でもシセルは何も言ってはくれない。半ば八つ当たりのような感情は僕の口をどんどん軽くする。

「ずっと、僕がどんな気持ちだったか知らないくせに」

 隠してきたのだから知りようがない。そんなことは分かってる。

「ずっと、シセルが好きなのに」

 パンドラの箱を開けてしまった罪悪感と解放感に僕は止まらなくなる。
 どうせもうシセルの気持ちは置き去りなのだ。僕とは遠い場所にいるのが分かってしまった。だったら、今の僕の立場を利用するのもいいだろう。

「…………もう、いいや」
「なに……?」
「動かないで」

 これは命令。
 僕の空気が冷え切り、目の色が変わったのが分かったのか、シセルは半歩後ずさろうとしてやめた。僕の次の行動を恐れたような瞳で警戒している。

 僕はゆっくりとシセルに近付くと目の前に立った。
 命令通りに動かなくなったシセルの顎に軽く触れた。ほぼ背丈の変わらない僕らは目線が一度絡み合うと、どちらかが視線を逸らすまで動けなくなる。目線を逸らしたいはずのシセルは何故か僕から目を逸らすことはしなかった。
 シセルの綺麗な水色の瞳を前に少しだけ怯む。もしかしたら、この綺麗な色が濁ってしまうかもしれない。シセルの気持ちを踏み躙る罪悪感がまだ僕の中にあると分かってなんだか可笑しくなってきた。

「お前はそれでいいのかよ」

 いいも悪いもない。
 どうしても手に入れたいものがあるのに手段なんか選んでいられない。

「ベッドに寝て」
「は?」
「いいから早く」

 僕はシセルの腕を掴んで引っ張ると強引にベッドの上に放り投げた。シセルを動かせるほどの力が自分にもあったのかと驚く。

「お前! 花の契りはまだ──」
「分かってるよ、最後まではしない」

 言いながらタイを外す。
 ベッドの上で竦み、怯えにも似た表情を浮かべるシセルは今まで見てきたどのシセルより愛らしい。

「こんなの……っ」
「黙って」

 うるさい口は命令と共に塞いだ。やり方が分からないなりに、必死で貪っていると、段々シセルの力が抜けてきた。僕は調子に乗ってシセルの身体中に薄い服の上から指を這わせ始めた。
 どこがいいかなんて相手に聞く余裕はない。僕はひたすらに崩れていくシセルの顔に言い表せない喜びを感じながら身体を動かした。

「…………っ」

 下半身に触れると、そこはもう限界に達しそうになっていた。こんな状況でも身体はしっかり反応するのかと思うと軽蔑にも似た感情が湧いて出てきた。
 結局、気持ちが伴っていなくてもどうとでもなるのだ。
 冷めた気持ちで皮のベルトを外し、ズボンを下ろす。下着越しに時間をかけて人差し指でなぞるとビクビクと震えた。
 シセルの呼吸が荒い。もうそろそろなのだろうというところで僕はシセルから離れた。

「え……?」
「自分でやって」
「はぁ!?」
「やって」

 シセルは顔を歪め唇を噛み締めると、恐る恐るそれに触れた。屈辱で今にも憤死してしまいそうな顔なんて初めて見た。
 嬉しい、と思った。また知らないシセルを知れた喜びに身体が震えた。

「いつもそうやってるんだ?」
「お前……!」

 いつもシセルは誰を思い描いて自身を慰めているのだろう。
 空想上の相手にすら嫉妬してしまうほど、僕の心には余裕がない。
 どんどんと早くなるシセルの手に僕の方が堪え切れなくなって、再び唇を押し付けた。

「んんぅ」

 くぐもった声と同時にシセルが果てた。
 肩で息をするシセルは涙を流しながらこちらを見上げていた。

「これで満足かよ……!」

 シセルから絞り出された侮蔑の声に僕は息が出来なくなった。目の前が真っ暗になる。

 大好きな人が泣いている。僕のせいで。

 とんでもないことをしてしまった。ヤケになって全てを壊してしまったんだと今更気付く。

「あ……ごめ…………こんな、こと………………」
「聞きたくない」

 完全に拒絶された言葉は静かに消えていった。
 シセルは立ち上がり、煩わしそうに服を整え始めた。下着に広がったシミを確認し、強く舌打ちするとそのままズボンを履き、足早に部屋から出ていってしまった。

 僕は一人、シセルのベッドの上に取り残された。
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