僕は花を手折る

ことわ子

文字の大きさ
上 下
11 / 21

花を手折るまで後、3日【2】

しおりを挟む
***


 僕が何をしたんだと、恨みがましく、いるのかいないのか分からない神様に文句を言う。
 案内された席に向かい、隣を見れば何故かアリンダ様が席に着いていた。こういう晩餐会の場合、普通はシセルが隣に座るものと思っていた。しかし、僕の予想は外れ、想像していた中で最悪の展開になっていた。
 慌てて周囲を見渡すが、肝心のシセルの姿が見当たらない。
 もしかしたらまだ怪我の具合が悪く、部屋で休んでいるのかもしれない。

「こんばんは……」

 避けては通れない挨拶をして、僕も席に着く。四角く長いテーブルの真ん中にいるにも関わらず、なぜか隔離されたような気分になってくる。
 アリンダ様は少しだけ僕の方を見ると、聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をした。
 いつも元気で遠くからでも聞こえるような声を出している人とは思えない。昨日の事件がそれほどショックだったのだろうかと思うと、少し同情してしまう。

 会話をするような雰囲気ではなく、とにかく間を持たせる目的で出された料理をもくもくと食べる。
 お腹に余裕を持たせてくれたメイド長に再度感謝しながら豆の煮込み料理を味わう。
 豆は比較的庶民が食べるもの、という雰囲気があるせいか、王宮、しかも公式の晩餐会で振舞われることは稀だったが、僕がこの料理を好きなことを料理長が知っていたので、おそらく配慮してくれたのだろう。
 いつもと変わらない美味しい料理に感謝し、緊張も解れてきた頃、不意に隣から話しかけられた。
 突然の出来事に小さく咽る。

「シセルは怪我で休んでいるわ。本当はここに座るはずだったのだけど、わたくしが無理を言って変えてもらったのよ」

 僕の予想は当たっていた。しかしまたしてもアリンダ様の予想だにしない行動にかき乱されていた。
 そこまでして、僕に言いたいことがあるのかと構える。

「今朝のことですが……深く感謝いたします」
「え」

 思いがけない言葉に思わず間抜けな声を出す。

 感謝? アリンダ様が? 僕に?

 感謝される心当たりがなく混乱する。

「リシュ様は身を挺してわたくしを助けてくださいました。それにシセルのことも」
「あ、あぁ……」
「わたくしは強さの意味を履き違えておりました。本当に恥ずかしいです」
「はぁ……」

 思い返せば確かに助けに入ったような気もする。無我夢中でそれどころではなかった僕はすっかり忘れていた。
 ともあれ、頼りない人間だという宣言についての言及は免れたようでほっとする。

「アリンダ様にお怪我がなくてよかったです」

 シセルの姉だということを抜きにしても、本当に無事で良かったと思う。

「ところで、リシュ様はなぜあの泥沼に植物の根が生えているとご存知でしたの?」
「あ、えーと、それは」

 エステラ姉さんに散々バカにされた話題だ。話すのに少しためらいがある。
 ただ嘘をつく気にもなれず、正直に口を開いた。

「その、薬学の勉強が好きなんです……」
「すばらしいですわ!」

 またもや思いもよらない返答に僕は俯きがちに喋っていた顔を上げた。

「分かってもらえますか!?」
「もちろんですわ。非常事態下における迅速な判断、そして適切な処置。リシュ様はこれほどすばらしい学問を究めていらっしゃったのですね!」

 全肯定されて思わず声が大きくなる。と、少し離れた席で伯爵、もといシセルとアリンダ様のお父上と談笑していた父上が咳払いをした。
 僕は声を落とすと、アリンダ様に薬学の素晴らしさを語った。
 僕のこの趣味を理解してくれる人は少ない。シセルでさえ、僕が語り始めるとまたか、と嫌な顔をする。
 アリンダ様が興味を示してくれたことによって僕の中でのアリンダ様の株が急上昇した。我ながら現金だとは思うけれど。
 アリンダ様はいくら語っても嫌な顔一つせず、興味深そうに相槌をうってくれた。
 こんなに楽しい時間は久しぶりだ。
 会話が弾むとお酒が進むのは仕方がないことで。
 僕はあまり強い方ではない自覚があったが、アリンダ様が全く酔っていない姿を見ていると、自分も強くなったような気がしてきた。

 …………だから、やめ際を間違えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

処理中です...