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花を手折るまで後、5日【2】
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「あ、次はシセルの番じゃない?」
隣に座るエステラ姉さんが話しかけてきた。僕は座りっぱなしで痛くなってきた足をばれないように伸ばしていたが、その一言で乗り出すように前を向いた。
王族は競技会場から少しだけ離れた丘の上に観戦場所が設けられていた。民衆に立場の違いを意識させるためにこうなったらしいが、正直、競技者の姿は豆粒のような大きさにしか見えない。民衆用の観客席の方が間近で大迫力の競技が見られるため、僕はそっちに行きたくて仕方がなかった。
エステラ姉さんはオペラグラスを構えていて、シセルの動きを逐一報告してくる。その実況に僕は焦れ始めた。
「ちょっと見に行ってくる」
「ばれたら大変よ?」
「そうだけど……」
でも、どうしてもシセルの格好いいところが見たい。
「仕方ないわね……、レイリー」
エステラ姉さんは自分付きのメイドを呼んだ。
レイリーは寡黙なメイドでエステラ姉さんの“行き過ぎた”行動を諌めることができる数少ない人間だ。
黒い髪をなびかせながらレイリーが姉さんの傍に来た。
「リシュがね、具合が悪いらしいの。どこか休める場所まで連れて行ってくれないかしら」
「休める場所ですか……分かりました」
エステラ姉さんは僕に向かってウインクした。
僕はすぐに立ち上がると、レイリーを従えて早足で歩き出した。
競技会場に付く頃には、シセルの出番は始まっていた。最初から見られなかったことに落ち込んだが、気を取り直して食い入るように見つめる。目立たないように民衆の後ろから観戦することにしたが、王族の席よりは断然距離が近くて見やすい。
と、大きな拍手が巻き起こった。
民衆の観客席から湧きあ上がる歓声からも分かるとおり、シセルは乗馬の腕も優れている。シセルの実家の伯爵家ではたくさんの馬が飼育されていて、小さい頃はよく背中に乗せて貰っていた。使用人が綱を引いてくれていた僕とは違い、シセルは一人で乗りこなしていた。
馬上で綱を引くシセルは普段より生き生きとしているように見える。水を得た魚のように、馬と一体になって駆け抜ける。
風のようで、危なっかしさも感じる美しさ。僕が初めてシセルに出会って、そして恋をしたときもシセルは美しかった。
時折、黄色い声が上がる。僕はその声のする方を盗み見た。
シセルが所属している騎士団は定期的に城下町に視察に行く。その為平民とも接点があり、町娘に人気があるらしい。僕が知らないシセルの姿を知っている人たちのことを考えると胸の中がもやもやとし始めた。
そんな僕の胸中をかき消すようにシセルが大きくジャンプした。また大きな歓声が上がる。
「かっこいいなぁ……」
思わず口に出る。それを聞いたレイリーが小さく笑った。エステラ姉さんといるときはいつも難しい顔をしているため、少し新鮮に感じながら首を傾げる。
「リシュ様は本当にシセル様が大好きなんですね」
「えっ、なんで好きって……」
僕がシセルのことを好きだということは誰にもばれていないと思っていた。エステラ姉さんですら、シセルは仲の良い幼馴染という印象しかないようだ。
「見ていれば分かります」
「そうなんだ……」
自分の想いが筒抜けだったことが少しだけ恥ずかしい。
顔が熱くなってきて、手で仰いでいると、一際大きな歓声が上がり民衆が立ち上がった。レイリーとの会話に気をとられ、歓声の理由が分からず、僕は慌てて背伸びをしてシセルの姿を追った。爪先立ちで右へ左へ動く。頭の上で手を叩く人もいて中々姿が見えない。
あと少し。
もう少しで見える、そう思った瞬間に、突然耳鳴りがし始めた。頭の血が下に引いていく感覚の後に訪れる浮遊感。
「あ、」
手足の力が抜けて立っていられなくなる。思考が追いつかないまま突然感じる痛み。
倒れたんだ、そう思う頃には周囲がざわつきはじめていて、レイリーが大きな声で助けを呼んでいた。
いくら背伸びをしても見えなかった顔が急いで近づいてくるのを感じながら、僕は意識を手放した。
「あ、次はシセルの番じゃない?」
隣に座るエステラ姉さんが話しかけてきた。僕は座りっぱなしで痛くなってきた足をばれないように伸ばしていたが、その一言で乗り出すように前を向いた。
王族は競技会場から少しだけ離れた丘の上に観戦場所が設けられていた。民衆に立場の違いを意識させるためにこうなったらしいが、正直、競技者の姿は豆粒のような大きさにしか見えない。民衆用の観客席の方が間近で大迫力の競技が見られるため、僕はそっちに行きたくて仕方がなかった。
エステラ姉さんはオペラグラスを構えていて、シセルの動きを逐一報告してくる。その実況に僕は焦れ始めた。
「ちょっと見に行ってくる」
「ばれたら大変よ?」
「そうだけど……」
でも、どうしてもシセルの格好いいところが見たい。
「仕方ないわね……、レイリー」
エステラ姉さんは自分付きのメイドを呼んだ。
レイリーは寡黙なメイドでエステラ姉さんの“行き過ぎた”行動を諌めることができる数少ない人間だ。
黒い髪をなびかせながらレイリーが姉さんの傍に来た。
「リシュがね、具合が悪いらしいの。どこか休める場所まで連れて行ってくれないかしら」
「休める場所ですか……分かりました」
エステラ姉さんは僕に向かってウインクした。
僕はすぐに立ち上がると、レイリーを従えて早足で歩き出した。
競技会場に付く頃には、シセルの出番は始まっていた。最初から見られなかったことに落ち込んだが、気を取り直して食い入るように見つめる。目立たないように民衆の後ろから観戦することにしたが、王族の席よりは断然距離が近くて見やすい。
と、大きな拍手が巻き起こった。
民衆の観客席から湧きあ上がる歓声からも分かるとおり、シセルは乗馬の腕も優れている。シセルの実家の伯爵家ではたくさんの馬が飼育されていて、小さい頃はよく背中に乗せて貰っていた。使用人が綱を引いてくれていた僕とは違い、シセルは一人で乗りこなしていた。
馬上で綱を引くシセルは普段より生き生きとしているように見える。水を得た魚のように、馬と一体になって駆け抜ける。
風のようで、危なっかしさも感じる美しさ。僕が初めてシセルに出会って、そして恋をしたときもシセルは美しかった。
時折、黄色い声が上がる。僕はその声のする方を盗み見た。
シセルが所属している騎士団は定期的に城下町に視察に行く。その為平民とも接点があり、町娘に人気があるらしい。僕が知らないシセルの姿を知っている人たちのことを考えると胸の中がもやもやとし始めた。
そんな僕の胸中をかき消すようにシセルが大きくジャンプした。また大きな歓声が上がる。
「かっこいいなぁ……」
思わず口に出る。それを聞いたレイリーが小さく笑った。エステラ姉さんといるときはいつも難しい顔をしているため、少し新鮮に感じながら首を傾げる。
「リシュ様は本当にシセル様が大好きなんですね」
「えっ、なんで好きって……」
僕がシセルのことを好きだということは誰にもばれていないと思っていた。エステラ姉さんですら、シセルは仲の良い幼馴染という印象しかないようだ。
「見ていれば分かります」
「そうなんだ……」
自分の想いが筒抜けだったことが少しだけ恥ずかしい。
顔が熱くなってきて、手で仰いでいると、一際大きな歓声が上がり民衆が立ち上がった。レイリーとの会話に気をとられ、歓声の理由が分からず、僕は慌てて背伸びをしてシセルの姿を追った。爪先立ちで右へ左へ動く。頭の上で手を叩く人もいて中々姿が見えない。
あと少し。
もう少しで見える、そう思った瞬間に、突然耳鳴りがし始めた。頭の血が下に引いていく感覚の後に訪れる浮遊感。
「あ、」
手足の力が抜けて立っていられなくなる。思考が追いつかないまま突然感じる痛み。
倒れたんだ、そう思う頃には周囲がざわつきはじめていて、レイリーが大きな声で助けを呼んでいた。
いくら背伸びをしても見えなかった顔が急いで近づいてくるのを感じながら、僕は意識を手放した。
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