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イレギュラーな初恋
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本名、兼重小太郎(かねしげ こたろう)改め、源氏名、結城ナナトは只今絶賛片想い中だ。
高校卒業と同時に、ドがつくレベルの田舎から無鉄砲に上京してきて早2年。
ビッグな男になるという、ざっくりとした目標のもと、地味で冴えない見た目のまま、とりあえずノリでホストを始めて男女のいざこざを毎日見ることになり、若干トラウマになりつつある今日この頃。
まさか自分が恋、それも一目惚れをするなんて思ってもみなかった。
恋なんて、と浮かれている同年代を馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。こんなにも世界が輝いて見えるものかと、身をもって実感する。
「次会えるのいつかなぁ……」
開店準備をしている最中でもあの人のことで頭がいっぱいになっている。良くないとは思っているが、自分ではどうしようもない。
「ナナト、いる?」
ボーッとしながらテーブルを拭いていると、先輩ホストでオレの目標であるヒロムさんが声を掛けてきた。
「あ、はい! 今テーブル拭いてます!」
「ごめんね、作業中に。ちょっとお使い頼まれてくれないかな?」
「お使いですか!?」
俺のあまりの食いつきようにヒロムさんは目を丸くした後、首を傾げた。
いけない、いけない。一々こんな反応をしていたらバレかねない。
「うん。おれの姫が今日誕生日でさ。予約の電話はもう入れてあるから、千代の所に受け取りに行ってもらえないかと思って」
オレは心の中でガッツポーズを決めた。
会いたいと思ったタイミングでお使いを頼まれるなんて本当についている。
「あ、はい! 今すぐ行ってきます!」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。場所はこの間一緒に行ったから分かるよね?」
勢いよく立ち上がったオレに、ヒロムさんは小さく笑いお金を渡してきた。
「余った分は好きなことに使って」
「あ、ありがとうございます……!」
男でも見惚れる笑顔を浮かべると、ヒロムさんは店の奥の部屋へと消えていった。時間的に幹部のミーティングが始まるんだろう。
勿論、新人のオレは幹部ミーティングに参加したことは無かったが、いつかあの部屋に入るのが夢だった。そして、面倒見が良くてカッコいいヒロムさんの隣に立ちたいと思った。
「……ヤバ」
将来の妄想でボーッとしてる暇はない。自分に割り振られている仕事をさっさと片付けると、オレはドキドキと動き始めた心臓を押さえながら店を出た。
た。
*
きっかけは偶然。
たまには早く出勤しようと気まぐれを起こし、歌舞伎町を早足で歩いていた時のことだった。
あと少しで店に着くという所で綺麗な女の人と歩いているヒロムさんを見かけた。
ホストが女の人と歩いているのは何ら不思議ではない。
…………それがヒロムさんじゃなければ。
ヒロムさんはアフターも枕もしない事で有名だった。同伴も、オレが知っている限りではしているのを見たことがない。そんな人が女の人、しかも美人を連れているとなれば気になってしまうのも仕方がない。
たまには早く出勤して雑用をこなしおいて褒められようと思っていたことなんかすぐに忘れて、オレはヒロムさんの後をつけ始めた。
何かと勘がいいヒロムさんにバレないように、一定の距離から近付けないのがもどかしい。
二人はかなり親しいのか、笑い合いながらどんどん道を進んでいく。
「……え、あれ……?」
ヒロムさん達はお店がある通りを越して、ホテル街の方へ進んでいく。時刻は既に十八時近い。十九時には店が開店することを考えるといくらなんでも時間が無さすぎる。
「……もしかしてヒロムさんって、そうろ……」
オレはハッとして妄想をやめる。憧れの先輩相手に失礼にも程がある。
絶対に何かの間違いだと信じて、二人が曲がった角を駆け足で曲がる。と、目の前には建物の前で立っている二人がいた。
まさか角を曲がってすぐの所で立ち止まっているとは思わず、隠れることも出来ずに堂々と姿を現す形になってしまう。
「…………ナナト?」
案の定、すぐに見つかったオレは誤魔化すように笑った。
「こんな所でどうしたの? 迷子?」
「あ、そーなんですよー!」
そんな訳ない。
自分でついた嘘に耐え切れなくなり、早々に白旗を上げる。
「…………本当は、ヒロムさん見つけたんで気になって付いて来ちゃいました……」
「え? あぁ、千代と一緒だったからか」
ヒロムさんは合点がいったようにそう言いながら笑った。気まずい場面のはずなのに、ヒロムさんが笑っていることが理解出来ずに首を傾げていると、ヒロムさんは自分の隣を指差した。
「コレは同伴の姫じゃなくて、友達の千代」
「コレじゃないし、指差すな」
千代、と呼ばれた人物は、オレの想像の十倍低い声でそう言った。
「え、男……!?」
「やっぱり! 女の人だと思ってたんだ。ナナトは分かりやすくて面白いね」
オレは信じられないという顔で千代さんを見た。
確かに長身なヒロムさんと同じくらいの背格好をしていて、女性と言うには体格もいい。ただ、顔は切れ長の目が綺麗で整っていて女でも通用すると思った。
しかし、ヒロムさんも中世的な顔をしているため、世の中に綺麗な男が存在すると知っているオレは素直に現実を受け入れられた。
「ごめんなさい……! オレ……」
「女に間違えられるのは今に始まった事じゃないし、それにこんな格好してる自分のせいでもあるから気にしないでいいよ」
そう言いながら、千代さんは明るい色の長い髪を手で掬ってみせた。
「千代は綺麗過ぎなんだよねぇ~」
「お前に言われたくない」
美形と美形の軽口を、まるで神々の戯れのように感じたオレは黙ってやりとりを見守った。
「あ、ヤバいもうこんな時間だ。千代、頼んでおいたの出来てる?」
「わざわざシーズン終わりにひまわりの花束注文してくる面倒な客用の物なら用意してあるけど」
「わ~ありがとう! 姫に私ってどんな花のイメージ? って聞かれて適当にひまわりって答えたら、誕生日にはひまわりの花が欲しいって言われちゃって」
「んで、焦って俺に連絡してきた訳か」
「千代ならどうにかしてくれるって分かってたし、実際どうにかしてくれたし」
何となく、いつもどこか近寄りがたいイメージがあったヒロムさんがフランクに話している姿に違和感を覚える。
と、同時に店での顔は穏やかそうに見えて、よそゆきだったのだと知った。
「あ、あの~オレ……」
話題に乗れないオレは、お暇させて貰おうと控えめに声を掛けた。
「あ、ごめん、ごめん! 千代から荷物受け取ったらおれもすぐ店に行くつもりだから、ちょっと待ってて」
「え、あ……はい」
ヒロムさんがそう言うと、千代さんは軽くため息を吐き、目の前にある建物に入っていった。
オレはようやくここが何処だか理解した。
「真夜中フラワー?」
看板にはそう書かれている。
ガラス張りの店内から、ひまわりの花束を持った千代さんが出てくる。
「そう。おれがいつも花を頼んでる店。千代はここの店長なんだよね」
「雇われだけどな」
そう言いながら、千代さんはヒロムさんに花束を渡した。絵になるなぁ、などと思っていると、何故かオレにも小さな花束を渡してきた。
「え?」
「見た感じヒロムの後輩ホストだろ? 適当な理由つけて客に花束渡してみな。ヒロムの客も横取り出来るかもしれないぞ」
「おれの姫は簡単には渡せないけど、いつもと違う営業方法も良いかもね」
にこやかに笑うヒロムさんと悪い顔で笑う千代さんの対比がすごい。どちらも美形なだけに天使と悪魔に見えてくる。
「あ、ありがとうございます……」
花束を貰ったのなんて人生で初めてで、妙にドギマギしてしまう。しかも相手はとんでもない美人で、男だと分かっていてもドキドキしてしまう。
「頑張れよ」
千代さんの大きな手がオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。まるで、犬を撫でているような手付きだったが、胸の高鳴りはどんどん増していった。
こんな感情今まで感じたことがない。
そこから自覚するまでは一瞬だった。
よりにもよってオレの初恋は、イレギュラーな始まりを迎えた。
高校卒業と同時に、ドがつくレベルの田舎から無鉄砲に上京してきて早2年。
ビッグな男になるという、ざっくりとした目標のもと、地味で冴えない見た目のまま、とりあえずノリでホストを始めて男女のいざこざを毎日見ることになり、若干トラウマになりつつある今日この頃。
まさか自分が恋、それも一目惚れをするなんて思ってもみなかった。
恋なんて、と浮かれている同年代を馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。こんなにも世界が輝いて見えるものかと、身をもって実感する。
「次会えるのいつかなぁ……」
開店準備をしている最中でもあの人のことで頭がいっぱいになっている。良くないとは思っているが、自分ではどうしようもない。
「ナナト、いる?」
ボーッとしながらテーブルを拭いていると、先輩ホストでオレの目標であるヒロムさんが声を掛けてきた。
「あ、はい! 今テーブル拭いてます!」
「ごめんね、作業中に。ちょっとお使い頼まれてくれないかな?」
「お使いですか!?」
俺のあまりの食いつきようにヒロムさんは目を丸くした後、首を傾げた。
いけない、いけない。一々こんな反応をしていたらバレかねない。
「うん。おれの姫が今日誕生日でさ。予約の電話はもう入れてあるから、千代の所に受け取りに行ってもらえないかと思って」
オレは心の中でガッツポーズを決めた。
会いたいと思ったタイミングでお使いを頼まれるなんて本当についている。
「あ、はい! 今すぐ行ってきます!」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。場所はこの間一緒に行ったから分かるよね?」
勢いよく立ち上がったオレに、ヒロムさんは小さく笑いお金を渡してきた。
「余った分は好きなことに使って」
「あ、ありがとうございます……!」
男でも見惚れる笑顔を浮かべると、ヒロムさんは店の奥の部屋へと消えていった。時間的に幹部のミーティングが始まるんだろう。
勿論、新人のオレは幹部ミーティングに参加したことは無かったが、いつかあの部屋に入るのが夢だった。そして、面倒見が良くてカッコいいヒロムさんの隣に立ちたいと思った。
「……ヤバ」
将来の妄想でボーッとしてる暇はない。自分に割り振られている仕事をさっさと片付けると、オレはドキドキと動き始めた心臓を押さえながら店を出た。
た。
*
きっかけは偶然。
たまには早く出勤しようと気まぐれを起こし、歌舞伎町を早足で歩いていた時のことだった。
あと少しで店に着くという所で綺麗な女の人と歩いているヒロムさんを見かけた。
ホストが女の人と歩いているのは何ら不思議ではない。
…………それがヒロムさんじゃなければ。
ヒロムさんはアフターも枕もしない事で有名だった。同伴も、オレが知っている限りではしているのを見たことがない。そんな人が女の人、しかも美人を連れているとなれば気になってしまうのも仕方がない。
たまには早く出勤して雑用をこなしおいて褒められようと思っていたことなんかすぐに忘れて、オレはヒロムさんの後をつけ始めた。
何かと勘がいいヒロムさんにバレないように、一定の距離から近付けないのがもどかしい。
二人はかなり親しいのか、笑い合いながらどんどん道を進んでいく。
「……え、あれ……?」
ヒロムさん達はお店がある通りを越して、ホテル街の方へ進んでいく。時刻は既に十八時近い。十九時には店が開店することを考えるといくらなんでも時間が無さすぎる。
「……もしかしてヒロムさんって、そうろ……」
オレはハッとして妄想をやめる。憧れの先輩相手に失礼にも程がある。
絶対に何かの間違いだと信じて、二人が曲がった角を駆け足で曲がる。と、目の前には建物の前で立っている二人がいた。
まさか角を曲がってすぐの所で立ち止まっているとは思わず、隠れることも出来ずに堂々と姿を現す形になってしまう。
「…………ナナト?」
案の定、すぐに見つかったオレは誤魔化すように笑った。
「こんな所でどうしたの? 迷子?」
「あ、そーなんですよー!」
そんな訳ない。
自分でついた嘘に耐え切れなくなり、早々に白旗を上げる。
「…………本当は、ヒロムさん見つけたんで気になって付いて来ちゃいました……」
「え? あぁ、千代と一緒だったからか」
ヒロムさんは合点がいったようにそう言いながら笑った。気まずい場面のはずなのに、ヒロムさんが笑っていることが理解出来ずに首を傾げていると、ヒロムさんは自分の隣を指差した。
「コレは同伴の姫じゃなくて、友達の千代」
「コレじゃないし、指差すな」
千代、と呼ばれた人物は、オレの想像の十倍低い声でそう言った。
「え、男……!?」
「やっぱり! 女の人だと思ってたんだ。ナナトは分かりやすくて面白いね」
オレは信じられないという顔で千代さんを見た。
確かに長身なヒロムさんと同じくらいの背格好をしていて、女性と言うには体格もいい。ただ、顔は切れ長の目が綺麗で整っていて女でも通用すると思った。
しかし、ヒロムさんも中世的な顔をしているため、世の中に綺麗な男が存在すると知っているオレは素直に現実を受け入れられた。
「ごめんなさい……! オレ……」
「女に間違えられるのは今に始まった事じゃないし、それにこんな格好してる自分のせいでもあるから気にしないでいいよ」
そう言いながら、千代さんは明るい色の長い髪を手で掬ってみせた。
「千代は綺麗過ぎなんだよねぇ~」
「お前に言われたくない」
美形と美形の軽口を、まるで神々の戯れのように感じたオレは黙ってやりとりを見守った。
「あ、ヤバいもうこんな時間だ。千代、頼んでおいたの出来てる?」
「わざわざシーズン終わりにひまわりの花束注文してくる面倒な客用の物なら用意してあるけど」
「わ~ありがとう! 姫に私ってどんな花のイメージ? って聞かれて適当にひまわりって答えたら、誕生日にはひまわりの花が欲しいって言われちゃって」
「んで、焦って俺に連絡してきた訳か」
「千代ならどうにかしてくれるって分かってたし、実際どうにかしてくれたし」
何となく、いつもどこか近寄りがたいイメージがあったヒロムさんがフランクに話している姿に違和感を覚える。
と、同時に店での顔は穏やかそうに見えて、よそゆきだったのだと知った。
「あ、あの~オレ……」
話題に乗れないオレは、お暇させて貰おうと控えめに声を掛けた。
「あ、ごめん、ごめん! 千代から荷物受け取ったらおれもすぐ店に行くつもりだから、ちょっと待ってて」
「え、あ……はい」
ヒロムさんがそう言うと、千代さんは軽くため息を吐き、目の前にある建物に入っていった。
オレはようやくここが何処だか理解した。
「真夜中フラワー?」
看板にはそう書かれている。
ガラス張りの店内から、ひまわりの花束を持った千代さんが出てくる。
「そう。おれがいつも花を頼んでる店。千代はここの店長なんだよね」
「雇われだけどな」
そう言いながら、千代さんはヒロムさんに花束を渡した。絵になるなぁ、などと思っていると、何故かオレにも小さな花束を渡してきた。
「え?」
「見た感じヒロムの後輩ホストだろ? 適当な理由つけて客に花束渡してみな。ヒロムの客も横取り出来るかもしれないぞ」
「おれの姫は簡単には渡せないけど、いつもと違う営業方法も良いかもね」
にこやかに笑うヒロムさんと悪い顔で笑う千代さんの対比がすごい。どちらも美形なだけに天使と悪魔に見えてくる。
「あ、ありがとうございます……」
花束を貰ったのなんて人生で初めてで、妙にドギマギしてしまう。しかも相手はとんでもない美人で、男だと分かっていてもドキドキしてしまう。
「頑張れよ」
千代さんの大きな手がオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。まるで、犬を撫でているような手付きだったが、胸の高鳴りはどんどん増していった。
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