上 下
10 / 25

9.不思議な出会い2

しおりを挟む
──結局あの後。

私がブラを拾って身に付ける間には、ドロンと囚人の男は消えていた。
正確には床下に姿を消しただけだけど、去り際にまた来ると言っていた通り、今日も来てくれた。

「今日は急に帰らないでくださいね」

「ああ。寝床にダミーを置いといたから、たぶん大丈夫だ」

なんとなくホッとした。
やっぱり一日中、何もすることがないより、話し相手がいるだけで気が楽になる。

「説明する前に、水を一杯くれないか。あと、できれば濡れたタオルをお願いしたい」

確かに、テーブルの上には陶器の水差しがあるし、その横の洗面器にはタオルが掛けてあった。
実は普通に遠くまで見えてるんじゃないかと思ってしまう。

「お水、ど、うぞ」

「ありがとう」

私は昨日の動揺と興奮冷めやらず、少しぎこちなくグラスを渡す。
チラチラ見て男の反応を確認。
美味しそうにグラスの水を飲む横顔をじっくりと見た。

(──んむむ)

よく見れば容貌もキリッとしていて、理知的に見える。金髪の髪を整え、無精髭を剃れば別人になりそうだった。

「タオルも、どうぞ」

「あっ⋯⋯」

私が持つ濡れタオルを、受け取ろうとする男の手が、スーッと下側の空を切る。

「はは、は⋯⋯ちょっと下に外れたね」

恥ずかしそうに微苦笑する男。
さっきすんなりとグラスを受け取れたのは、偶然、受け取る位置が合ったみたいな反応だった。

「で、やはりあの呪印は、魔力封じの改良版だと思う。憶測の域だが──ん? 何か顔に付いてる?」

「いえ。教えてくれるお礼に、私が顔を拭いて、髭を剃ってあげます」

「おお! 本当? 助かる」

わりと男の正直な感じの笑顔に、少し興味が湧いてきた。
口元をツルンツルンにしてみたい。

(ふふ、庭の草を刈るように楽しそう)

何より、こんな状態でも彼は理性があるし、女神を讃えている。
囚人でも悪い人じゃないのは分かる。

「優しいんだな」

「いえ、こんなことぐらいお安い御用です。それより動かないでください」

慎重に髭を剃る中──男は丁寧に説明してくれた。

聖なる力を封じ込める呪聖印。

淫紋の位置と同じ、下腹部の子宮の上くらいに施す。
補助的な発情や感度上昇などは、個人それぞれの影響らしく詳細は不明。

本質は羞恥心や被虐心を煽り、聖なる力道の強制的な遮断による悪影響を及ぼすということ。
解除には司祭など、高位の専門家が必要ということを教えてくれた。

「⋯⋯詳しいんですね⋯⋯あのう」

「まだ勉強中だけどね。ああ、ごめん。名乗ってなかった、俺はレオナール」

彼が爽やかな笑顔で名前を教えてくれる。
何だか嬉しくて私も笑顔になった。

(でも、発情とか感度上昇とか怖いな⋯⋯)

悩んでも仕方ないので、気をネガティブからポジティブに持ってく。
呪聖印が魔法封じなのは分かったし、ちゃんと解除方法もあってよかった。

「わ私はナディアといいますっ。レオナールさん」

「俺のことは呼び捨てでいいって──てて、ナディア? 待て待て待て待て」

「はい?」

「君はロンダルの聖女か? なぜ、囚人になってるんだ?」

「うぅ⋯⋯先日、いきなり王太子殿下に婚約破棄され⋯⋯」

「なんと!?」

「⋯⋯聖女の力を男爵令嬢に封印され、監禁されました⋯⋯疑問をぶつけたいのは⋯⋯私の方です」

また涙が溢れてしまう。
今の私みたいに、切れ味の悪い小刀。

彼の肌を傷つけないよう、気を使っていた右手の握力が限界だったのもあり、震える手で小刀を床に置いた。
刃先の弱められた小刀で時間がかかったけど、なんとか剃り終わっていた。

「⋯⋯悪い⋯⋯嫌なこと思い出させてしまったな」

「⋯⋯いえ」

彼はタオルで私の涙を拭くと、タオルを優しく手に置いた。
それから顔を洗い、乱れた髪を整えた。

「ありがとう。さっぱりした」

端正な顔立ちが現れ、痩せた輪郭は女性と見まごうほど繊細な感じがする。

「君も苦労してるんだな、泣かないで。魔法なら、ほら、香気フレグランス

「⋯⋯花のいい香り」

「簡単な生活魔法だけどね。気分転換には効くよ」

「もしかして魔術師? 精霊魔法使いなの?」

「いや、俺のは書物での医術知識と初歩的な魔法さ。でも精霊の力は分かる。たぶんナディアは風の適正を持っているよ」

「精霊、風、ぁう、浮く? 浮く浮く!!」

念じたわけでもなく──。
ふわりと風が浮遊したかと思えば、重い足枷があるにも関わらず、その場から私は宙に浮いた。

「すごいよ!」

「あ、あ、上見ないでくださいっ。レオナールもっと教えてください」

恐る恐る下を見ると、彼が見上げている。
丸見えなとこ、お尻を押さえ、裾を伸ばす。

「ごめん。俺から言い出したんだけど⋯⋯ナディアの魔力出量はどうなってるの?」

「あ、いえ、全然、普通です」

「どんな感じで魔法を発動してたの?」

「教本や魔導書を読んで、ボンッ、バーン、バババ」

「タハハハ、ほとんど魔力を練ってないよね。魔導書とかを読んだだけで即発動って凄いな」

レオナールは笑いながら私の手を取ると、手首が一瞬光った。そのまま、手を握り指をからめて繋ぐ。

「ちょっ⋯⋯」

恥ずかしくて体温が上昇したかと思ったら──血行とは違う、何かの循環を感じた。

「え!? これが、もしかして魔力の正しい循環なの?」

「そう。慣れると、今までロスしてた分も使えるようになるよ」

彼の手を通じて私の体内には温かい魔力が流れた。
魔力が身体中をくまなく巡り、お腹で貯まり、胸の辺りで纏まってくる。

「⋯⋯胸が熱い」

「より意識して集中力を高めると、発動も威力も違ってくると思う」

レオナールは教会の先生のように私の頭を撫でる。
子供扱い──
確かに教会で教わったような、ないようなあやふやな感じを思い出す。
でも今まで、普通に魔法が発動していたので気にしてなかった。

「君が生活魔法や神聖魔法の初歩をスッ飛ばして、高位の回復魔法を習得させられたのか分かったよ」

診断結果みたいに呟くレオナール。
確かに魔法は誰でも扱えるわけではない。それ相応の素養がいるという。
まして、詠唱や触媒など魔力に加えて知識も必要だった。

「ふうぅ、魔力開放。気持ちよかったです!」

爽快感に思わず微笑んで、吐息を漏らしてしまう。
約一時間くらい熱唱し続けたから、喉が渇いてしまい水をごくごく飲む。

「精霊回復魔法の次は、攻撃魔法を試したいわ。私、禁止されてたの」

「おい、生活魔法で室内を消音ミュートにしてるからと言っても、黒魔法より威力が劣るから」

「分かってます。それより、目の具合どうですか?」

「ああ。前より見える⋯⋯視力が少し回復してる」

「よかったぁ」 

レオナールは目の前に広げた両手を見つめて、全身が脱力したかのように床に座り込んでいる。
でも、それは、ただ驚いて気の抜けた感じではない。自然と手をぐーぱーする掌握運動は、生きる気力を取り戻すような意志が感じられた。

「よし、もっと練度を高めればっ、全回復できそう」

「ナディア。ありがとう」

さっきといた髪はふわりとなびき、彼が顔を近づける、長い睫毛、灰色だった瞳が薄い青色になっていた。きっと完治すれば、青空のような優しい瞳になるだろう。

「あ、あの、接吻は強引に一度で裸を見られてしまい⋯⋯その、アレが少し擦れるみたいな⋯⋯で、でも聖女ですから、まだ⋯⋯」

「関係ない、綺麗だ」

「いえ、お世辞や気を遣わないでください」

つい甘い台詞に拒否反応を示してしまう。

(でも、な、何で私、必死に彼に身の潔白を説明してるんだろう?)

私が気まずい感じで、よろよろ離れたのを見て、レオナールがクスッと微笑む。

「俺は⋯⋯」

彼が何か話そうとした時──
ノック音が響いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜

船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】 お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。 表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。 【ストーリー】 見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。 会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。 手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。 親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。 いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる…… 托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。 ◆登場人物 ・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン ・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員 ・ 八幡栞  (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女 ・ 藤沢茂  (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

完結 貞操観念と美醜逆転世界で薬師のむちむち爆乳のフィーナは少数気鋭の騎士団員を癒すと称してセックスをしまくる

シェルビビ
恋愛
 前世の名前は忘れてしまったが日本生まれの女性でエロ知識だけは覚えていた。子供を助けて異世界に転生したと思ったら17歳で川に溺れた子供を助けてまた死んでしまう。  異世界の女神ディアナ様が最近作った異世界が人手不足なので来て欲しいとスカウトしてきたので、むちむち爆乳の美少女にして欲しいとお願いして転生することになった。  目が覚めると以前と同じ世界に見えたが、なんとこの世界ではもやしっ子がモテモテで筋肉ムキムキの精悍な美丈夫は化け物扱いの男だけ美醜逆転世界。しかも清楚な人間は生きている価値はないドスケベ超優遇の貞操観念逆転世界だったのだ。  至る所で中出しセックスをして聖女扱いさせるフィーナ。この世界の不細工たちは中出しを許されない下等生物らしい。  騎士団は不人気職で給料はいいが全くモテない。誰も不細工な彼らに近づきたくもない。騎士団の薬師の仕事を募集してもすぐにやめてしまうと言われてたまたま行ったフィーナはすぐに合格してしまう。

処理中です...