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婚約者
婚約者②
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柾樹は一瞬驚いたような顔をして、それからはいつものように表情をすうっと消してしまった。
そして美桜からふっと顔をそらす。
「大丈夫ならいい。気をつけてくれ。ケガをされるくらいなら何もしなくていい」
「すみません……」
心配してくれたのに、つい恥ずかしくなって手を振り払うようなことをしてしまった。
柾樹は黙ってキッチンを出ていく。
美桜はその場から動くことができなかった。
──柾樹さんはどう思っただろう……。
「行ってくる」
そう言う声が玄関で聞こえて、美桜は慌てて玄関に向かう。
玄関にはもうすでに靴も履いて出かけるばかりの柾樹が立っていた。
「行ってらっしゃいませ」
「ん……。美桜……」
「はい」
「無理しなくていいから」
まただ。柾樹は美桜と目線も合わせない。
さらに改めてそう言われて、余計なことはするな、と言われたようで美桜は少しだけ落ち込んだ。
「はい。柾樹さん、お気をつけて」
「うん」
それでもなんとか笑顔を作り、美桜は柾樹を見送った。
最後まで目は合わないままで、また美桜はその背中だけを見送ったのだ。
部屋に戻り、美桜はさすがにこぼれ出るため息を止めることはできなかった。
──どうしてなんだろう。
美桜は一生懸命やっているつもりでも、なんだか柾樹には届いていない気がする。
何もかもが上手くいかなくて、悲しくなってしまう。
美桜は、柾樹がとても好きだ。
近くで見れば素敵だなと思うし、お湯が当たった時も柾樹はおそらく心配してくれていたのだと思う。
なのに……振り払ってしまった。
昨日のこともあるし、自分は柾樹が好きだけれど、恐らく柾樹の方はそうではないのだ。
政略結婚なのだと思っている。
美桜のことも、父に言われて仕方なく、受け入れてくれたのだろう。
ソファに座って、美桜は少しだけ、泣きそうになった。
心配してくれたと思っているけれど、もしかしたら、単に自宅でケガでもされたら困ると思っているだけかもしれない。
美桜は大きく息を吸った。
いつまでも、落ち込んでいても仕方ない。
高層マンションの大きな窓からは、綺麗な空が見える。高層マンションから見える景色は普段庭付きの一戸建てで暮らしていた美桜には珍しいものだ。
どこまでも遠くまで見える景色と、まるで他の建物がおもちゃのように小さく見えているその景色を、いつか見慣れる日が来るのだろうか、と美桜は思った。
天井までの大きな窓からは日差しが入ってきている。
(いいお天気。お洗濯とお掃除でもしましょう)
しかしパントリーにあった洗濯機の中に入っていたのは、下着類とタオルだけだった。
納戸らしき所を開けてみても、掃除道具は見当たらない。
美桜は知らなかったが、このマンションではコンシェルジュに依頼してクリーニングをしてもらうのが、一般的なのだ。
(お洗濯……これだけで洗うもの?)
一人暮らしでは洗濯物もほとんど出ないだろうが、もちろんそんなことも分からない。
少しずつ、勉強するしかないわね……。
その時美桜はリビングテーブルの上にタブレットが置きっぱなしになっていることに気づいた。
朝、それを仕事で使っていた柾樹の姿が思い浮かぶ。
(必要なものではないのかしら?)
連絡を取ろうにも、美桜は柾樹の携帯の番号すら知らないことに気づいて愕然とする。
そして美桜からふっと顔をそらす。
「大丈夫ならいい。気をつけてくれ。ケガをされるくらいなら何もしなくていい」
「すみません……」
心配してくれたのに、つい恥ずかしくなって手を振り払うようなことをしてしまった。
柾樹は黙ってキッチンを出ていく。
美桜はその場から動くことができなかった。
──柾樹さんはどう思っただろう……。
「行ってくる」
そう言う声が玄関で聞こえて、美桜は慌てて玄関に向かう。
玄関にはもうすでに靴も履いて出かけるばかりの柾樹が立っていた。
「行ってらっしゃいませ」
「ん……。美桜……」
「はい」
「無理しなくていいから」
まただ。柾樹は美桜と目線も合わせない。
さらに改めてそう言われて、余計なことはするな、と言われたようで美桜は少しだけ落ち込んだ。
「はい。柾樹さん、お気をつけて」
「うん」
それでもなんとか笑顔を作り、美桜は柾樹を見送った。
最後まで目は合わないままで、また美桜はその背中だけを見送ったのだ。
部屋に戻り、美桜はさすがにこぼれ出るため息を止めることはできなかった。
──どうしてなんだろう。
美桜は一生懸命やっているつもりでも、なんだか柾樹には届いていない気がする。
何もかもが上手くいかなくて、悲しくなってしまう。
美桜は、柾樹がとても好きだ。
近くで見れば素敵だなと思うし、お湯が当たった時も柾樹はおそらく心配してくれていたのだと思う。
なのに……振り払ってしまった。
昨日のこともあるし、自分は柾樹が好きだけれど、恐らく柾樹の方はそうではないのだ。
政略結婚なのだと思っている。
美桜のことも、父に言われて仕方なく、受け入れてくれたのだろう。
ソファに座って、美桜は少しだけ、泣きそうになった。
心配してくれたと思っているけれど、もしかしたら、単に自宅でケガでもされたら困ると思っているだけかもしれない。
美桜は大きく息を吸った。
いつまでも、落ち込んでいても仕方ない。
高層マンションの大きな窓からは、綺麗な空が見える。高層マンションから見える景色は普段庭付きの一戸建てで暮らしていた美桜には珍しいものだ。
どこまでも遠くまで見える景色と、まるで他の建物がおもちゃのように小さく見えているその景色を、いつか見慣れる日が来るのだろうか、と美桜は思った。
天井までの大きな窓からは日差しが入ってきている。
(いいお天気。お洗濯とお掃除でもしましょう)
しかしパントリーにあった洗濯機の中に入っていたのは、下着類とタオルだけだった。
納戸らしき所を開けてみても、掃除道具は見当たらない。
美桜は知らなかったが、このマンションではコンシェルジュに依頼してクリーニングをしてもらうのが、一般的なのだ。
(お洗濯……これだけで洗うもの?)
一人暮らしでは洗濯物もほとんど出ないだろうが、もちろんそんなことも分からない。
少しずつ、勉強するしかないわね……。
その時美桜はリビングテーブルの上にタブレットが置きっぱなしになっていることに気づいた。
朝、それを仕事で使っていた柾樹の姿が思い浮かぶ。
(必要なものではないのかしら?)
連絡を取ろうにも、美桜は柾樹の携帯の番号すら知らないことに気づいて愕然とする。
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