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所有物
所有物①
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必要な荷物はこちらで揃えるので、身一つで来てくれれば構わない。
そう言われていて、美桜は差し当たって必要なものだけをトランクに詰めて自宅を出た。
両親や千穂さんに見送られ、家の車で彼の自宅に向かう。
車の窓から過ぎる景色を見ながら、美桜は楽しみにしていた。
お見合いではないけれど、お見合いのようなもので。
だから、美桜は黒澤柾樹がどんな人なのか、よく知らない。
けれど、あのパーティでの柔らかい笑顔が、とても素敵だったから。
「美桜さん、到着しましたよ」
運転手が車を停めたのは、見上げるようなタワーマンションのエントランスで、黒澤柾樹はその高層階の一室に住んでいるとのことだった。
「大丈夫ですか? お部屋までお送りしますか?」
そう心配する運転手に、
「大丈夫よ」
と笑顔を返して、美桜はコンシェルジュのいるカウンターに向かう。
美桜は頭を下げた運転手に軽く手を振った。
コンシェルジュに美桜は黒澤を訪ねてきたのだと伝える。
「そのまま、お上がりくださいとのことです」
そう言われて、お迎えはないのねと思い、美桜は少し首を傾げた。
けれどお忙しい方と聞いているし、そんなものかしら……。
エレベーターを上がり、指定された部屋に向かう。
表札に『黒澤』の文字を見つけ、間違いがないことを確認して呼び鈴を押した。
『どうぞ。開いているから、中へ』
「はい……」
少しずつ、美桜は不安になってきていた。
──なぜ、顔も出してくださらないの?
確かにドアの鍵は空いていて、美桜はそっと中に入る。
「こっちだ」と声がするので、スリッパを履いておそらくはリビングであろう方向に向かった。
リビングの大きなソファに彼は足を組んで座っていた。
美桜が来ているのに、立つ気配もない。
ラフなコットンシャツと、白のパンツ姿は仕事をしていたわけでもないようだ。
それに、その表情は初めて会った時とは違う、ひどくひんやりと冷たいものだった。
その視線に、美桜は居場所なく立ち尽くしてしまう。
「あの……」
「座って」
「はい」
冷たく突き放すように言われて、すとん、と美桜はソファに腰を落とす。
すると黒澤が、ふっ……と鼻で笑う気配がした。
「君のお父さんは凄いな。君のところは資金繰りに困っているようだね。援助を頼まれたよ。冗談で娘さんを俺にくれたら、援助を考えてもいいと言ったら、悩みもせず君を差し出してきたんだ」
「それは……!」
違う!
誤解されている。
会社の資金のことは分からないけれど、父は、娘さんをくださいと言った黒澤のその言葉を、きちんと美桜に伝えたのだ。
それに対して、美桜は了解した。
だから、この話は進んだのだ。
悩みもしなかったのは美桜の方で。だから、了解の返事が早かったのだ。
「それは……?」
「それは……」
必死で言葉を重ねても、言葉が彼の表面を上滑りしているのが分かって、美桜は俯いて唇を噛んだ。
膝に乗せている手をきゅっと握る。
なぜ、そんな誤解をされているのか……。
「君は……父親に売られたんだな」
彼は立ち上がって、するりと美桜の頬を撫でた。
顔を持ち上げられて、美桜は彼と目が合う。
とても整った端正な顔。こんな時ですら見惚れてしまいそうになる。
そして彼は、それはそれは綺麗に微笑んだのだ。
「可哀相に……」
その言葉に、美桜は血の気が一気に引いたのを感じた。
そう言われていて、美桜は差し当たって必要なものだけをトランクに詰めて自宅を出た。
両親や千穂さんに見送られ、家の車で彼の自宅に向かう。
車の窓から過ぎる景色を見ながら、美桜は楽しみにしていた。
お見合いではないけれど、お見合いのようなもので。
だから、美桜は黒澤柾樹がどんな人なのか、よく知らない。
けれど、あのパーティでの柔らかい笑顔が、とても素敵だったから。
「美桜さん、到着しましたよ」
運転手が車を停めたのは、見上げるようなタワーマンションのエントランスで、黒澤柾樹はその高層階の一室に住んでいるとのことだった。
「大丈夫ですか? お部屋までお送りしますか?」
そう心配する運転手に、
「大丈夫よ」
と笑顔を返して、美桜はコンシェルジュのいるカウンターに向かう。
美桜は頭を下げた運転手に軽く手を振った。
コンシェルジュに美桜は黒澤を訪ねてきたのだと伝える。
「そのまま、お上がりくださいとのことです」
そう言われて、お迎えはないのねと思い、美桜は少し首を傾げた。
けれどお忙しい方と聞いているし、そんなものかしら……。
エレベーターを上がり、指定された部屋に向かう。
表札に『黒澤』の文字を見つけ、間違いがないことを確認して呼び鈴を押した。
『どうぞ。開いているから、中へ』
「はい……」
少しずつ、美桜は不安になってきていた。
──なぜ、顔も出してくださらないの?
確かにドアの鍵は空いていて、美桜はそっと中に入る。
「こっちだ」と声がするので、スリッパを履いておそらくはリビングであろう方向に向かった。
リビングの大きなソファに彼は足を組んで座っていた。
美桜が来ているのに、立つ気配もない。
ラフなコットンシャツと、白のパンツ姿は仕事をしていたわけでもないようだ。
それに、その表情は初めて会った時とは違う、ひどくひんやりと冷たいものだった。
その視線に、美桜は居場所なく立ち尽くしてしまう。
「あの……」
「座って」
「はい」
冷たく突き放すように言われて、すとん、と美桜はソファに腰を落とす。
すると黒澤が、ふっ……と鼻で笑う気配がした。
「君のお父さんは凄いな。君のところは資金繰りに困っているようだね。援助を頼まれたよ。冗談で娘さんを俺にくれたら、援助を考えてもいいと言ったら、悩みもせず君を差し出してきたんだ」
「それは……!」
違う!
誤解されている。
会社の資金のことは分からないけれど、父は、娘さんをくださいと言った黒澤のその言葉を、きちんと美桜に伝えたのだ。
それに対して、美桜は了解した。
だから、この話は進んだのだ。
悩みもしなかったのは美桜の方で。だから、了解の返事が早かったのだ。
「それは……?」
「それは……」
必死で言葉を重ねても、言葉が彼の表面を上滑りしているのが分かって、美桜は俯いて唇を噛んだ。
膝に乗せている手をきゅっと握る。
なぜ、そんな誤解をされているのか……。
「君は……父親に売られたんだな」
彼は立ち上がって、するりと美桜の頬を撫でた。
顔を持ち上げられて、美桜は彼と目が合う。
とても整った端正な顔。こんな時ですら見惚れてしまいそうになる。
そして彼は、それはそれは綺麗に微笑んだのだ。
「可哀相に……」
その言葉に、美桜は血の気が一気に引いたのを感じた。
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