上 下
87 / 109
19.いただきます

いただきます③

しおりを挟む
 冷静に考えたら槙野の見た目で黒塗りのベンツにでも乗っていようものなら、確実にヤのつく人になってしまう。
 くすくす笑いながら助手席で美冬が言うのに、槙野がハンドルを操作しながらちらっと美冬を見る。

「これの前はメルセデスだったな。黒ではなかったが」
「あら、本当に……」

「これはポルシェのアニバーサリーモデルで世界でも一千台そこそこしかない限定車だ」
 世界で一千台……ものすごく車が好きなのではないのだろうか。

「車、好きなの?」
「好きだな。運転するのも好きなんだが普段はハンドルを握る機会は少ない。休みの日にたまに走らせるくらいだ」

 美冬には車のことがよく分からなくて、ふぅんと言うしかないのだが、好きだ、と言う槙野の顔はとても良かった。

 槙野がアクセルを踏むとエンジンの低い音が響く。
 重低音に響く音は美冬には馴染みがなくて少し驚いた。

「す……すごい音がするものなのね?」
「スポーツカーだからな。このエンジン音に惹かれてこの車を買ったと言っても過言じゃない」

 アクセルをぐっと踏み込んだ槙野はハードな運転をするのかと思えば、意外と雑ではなくて美冬は安心した。

 ハンドルを握ると人格が変わる人もいるらしいが、槙野はそんなことで人格が変わるような人物ではなかったらしい。

 ブレーキも優しいし、曲がる時も身体が押し付けられるような感覚はない。信号が変わった時のスタートもスムーズだ。

 車の中で美冬は綾奈のことを話す。
「綾奈さん、別人みたいよ。すごく痩せてしまって」
「へえ……そんな風に聞いてもピンとこないが。国東と上手くいってるんだろうか」

「国東さんはダメだったみたい」
「あいつはちょっと軽いところがあるからな」
 そんな風に言って槙野は苦笑している。

「けど、今はうちのデザイナーの諒が気になっているみたいね。でも諒は難しいわ」
「ふうん? あいつは美冬のことが好きだからな」

「は?」
 急にそんなことを言われて美冬は言葉をなくした。

「気づいてなかったのか? 本人も気づいていたかは分からないが気はあったと思うぞ」

 そんな風に考えたことはなかった。
 出会ったのは会社に入ってからで、石丸諒は美冬が入社した頃にちょうど頭角を現してきた時期で、入社したばかりの美冬とは一緒に成長してきたような仲になる。

 美冬が社長になってから接点が増えたけれど、二人きりになってもなにもそんなようなことはなかった。

「だって、仕事が好きって言ってたわ」
「仕事をしていれば美冬と関われる。本人も意識しているかは分からない。だからそんな言い方になったのかもな」

「諒はずっと側にいたからそうやって言われたりすることもあったけど、男女の気持ちになったことはないわよ。お互いに」
「そうか? なら俺の気のせいだろう」

 絶対に違うと思う。
 槙野の勘がいいことは認めるが、これに関しては当たっていないと美冬は黙り込む。

「気にするな」
「してないよ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 表紙絵/灰田様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

とろける程の甘美な溺愛に心乱されて~契約結婚でつむぐ本当の愛~

けいこ
恋愛
「絶対に後悔させない。今夜だけは俺に全てを委ねて」 燃えるような一夜に、私は、身も心も蕩けてしまった。 だけど、大学を卒業した記念に『最後の思い出』を作ろうなんて、あなたにとって、相手は誰でも良かったんだよね? 私には、大好きな人との最初で最後の一夜だったのに… そして、あなたは海の向こうへと旅立った。 それから3年の時が過ぎ、私は再びあなたに出会う。 忘れたくても忘れられなかった人と。 持ちかけられた契約結婚に戸惑いながらも、私はあなたにどんどん甘やかされてゆく… 姉や友人とぶつかりながらも、本当の愛がどこにあるのかを見つけたいと願う。 自分に全く自信の無いこんな私にも、幸せは待っていてくれますか? ホテル リベルテ 鳳条グループ 御曹司 鳳条 龍聖 25歳 × 外車販売「AYAI」受付 桜木 琴音 25歳

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...