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番外:幸せな鳥籠
初めての出勤①
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送らなくていい。
何度も珠月は圭一郎に言ったのだけれど、それは完璧に無視されてしまったのだった。
「早く乗らないと遅刻するよ」
車に乗った圭一郎がそんなことを言うので。
そして、車の中で珠月は、圭一郎が少しだけ不機嫌なことに気づく。
「圭さん? 怒ってる?」
「怒ってはいないよ。ただ……珠月はいつになったら俺に甘えてくれるんだろうって思っているだけ」
「散々甘えていると思うのですけど」
「足りない」
キッパリと宣言されて、珠月は困ってしまう。
──だって……。
珠月は今まで本当になんでも一人で考えたり一人で悩んだり、一人で決断してきていた。
特に祖母が入院してからはなおさらで。
こんな風に常に誰かがそばにいてくれて話を聞いてくれて、助言してくれるなどという状況に珠月はまだ慣れていないのだ。
「圭一郎さんがそばにいてくれてお話を聞いてくれて、それだけでもとても贅沢なことで嬉しいんですけど。それではダメですか?」
「ダメではないけれど、もっと甘えて欲しいんだよ。もっと甘やかしたい。頼りにしてほしい。まあ、俺のわがままだな」
ふ、と圭一郎は自嘲気味に笑う。
圭一郎は珠月に自分をもっと頼りにしてほしいと思っているし、それ以上にむしろ自分だけを頼りにしてくれたらいいのにと思うくらいなのである。
「圭さん……」
「ん?」
「ありがとうございます」
「可愛いよ」
「私、もっと甘えられるように頑張りますね!」
運転席からくすくすと笑い声が聞こえた。
結局、珠月を前に圭一郎の不機嫌な時間が続く訳がないのだ。
「それは是非とも頑張ってほしいな。で、事務局でいいのかな?」
車を病院のドクター用の駐車場に停め、圭一郎が確認をする。
「はい」
「案内してあげよう」
本当に珠月にどこまでも甘い圭一郎なのだ。
事務局では何やら院長の縁故で人が入るということは把握してした。
院長秘書である佐々木がやけに気にしてたことも知っている。
しかし、その新人と圭一郎が一緒に出勤してくるということは聞いていない。
「本日からお世話になります。桜井珠月と申します。よろしくお願いいたします」
という珠月の挨拶は事務局長にはほとんど聞こえていない。
珠月の後ろに立って、腕を組んでいる圭一郎の視線が気になって身動きできない事務局長だからである。
事務局長にとっては圭一郎は北高会病院の御曹司であり優秀なドクターでもあり、今回の院長入院の際は院長の代わりに采配を振るったことも知っている。
もちろん会議に出席してその姿を見たこともあるが、正直に言えば圭一郎は雲の上の人物と言っても差し支えない。
その圭一郎がなぜここにいるのか、事務局長には全く理解ができなかった。
ひとしきり圧をかけたところで、圭一郎はその端正な顔に笑顔を浮かべた。
そうして、珠月の肩にそっと手を置く。
「彼女は俺の婚約者なので、よろしく」
「圭一郎さんってば!」
くるりと圭一郎を振り返った珠月だ。
「だって珠月、本当のことだろう?」
先程までの圧をかけていた顔とは、打って変わった優しい表情で圭一郎は珠月の顔を覗き込む。
背後で圧をかけていたなど、知らない珠月は、圭一郎に顔を覗き込まれて照れたように頷いた。
「……はい」
事務局長は彼女の左手薬指を確認する。
その指には、それは見事なピンクダイヤのエンゲージリングだ。
何度も珠月は圭一郎に言ったのだけれど、それは完璧に無視されてしまったのだった。
「早く乗らないと遅刻するよ」
車に乗った圭一郎がそんなことを言うので。
そして、車の中で珠月は、圭一郎が少しだけ不機嫌なことに気づく。
「圭さん? 怒ってる?」
「怒ってはいないよ。ただ……珠月はいつになったら俺に甘えてくれるんだろうって思っているだけ」
「散々甘えていると思うのですけど」
「足りない」
キッパリと宣言されて、珠月は困ってしまう。
──だって……。
珠月は今まで本当になんでも一人で考えたり一人で悩んだり、一人で決断してきていた。
特に祖母が入院してからはなおさらで。
こんな風に常に誰かがそばにいてくれて話を聞いてくれて、助言してくれるなどという状況に珠月はまだ慣れていないのだ。
「圭一郎さんがそばにいてくれてお話を聞いてくれて、それだけでもとても贅沢なことで嬉しいんですけど。それではダメですか?」
「ダメではないけれど、もっと甘えて欲しいんだよ。もっと甘やかしたい。頼りにしてほしい。まあ、俺のわがままだな」
ふ、と圭一郎は自嘲気味に笑う。
圭一郎は珠月に自分をもっと頼りにしてほしいと思っているし、それ以上にむしろ自分だけを頼りにしてくれたらいいのにと思うくらいなのである。
「圭さん……」
「ん?」
「ありがとうございます」
「可愛いよ」
「私、もっと甘えられるように頑張りますね!」
運転席からくすくすと笑い声が聞こえた。
結局、珠月を前に圭一郎の不機嫌な時間が続く訳がないのだ。
「それは是非とも頑張ってほしいな。で、事務局でいいのかな?」
車を病院のドクター用の駐車場に停め、圭一郎が確認をする。
「はい」
「案内してあげよう」
本当に珠月にどこまでも甘い圭一郎なのだ。
事務局では何やら院長の縁故で人が入るということは把握してした。
院長秘書である佐々木がやけに気にしてたことも知っている。
しかし、その新人と圭一郎が一緒に出勤してくるということは聞いていない。
「本日からお世話になります。桜井珠月と申します。よろしくお願いいたします」
という珠月の挨拶は事務局長にはほとんど聞こえていない。
珠月の後ろに立って、腕を組んでいる圭一郎の視線が気になって身動きできない事務局長だからである。
事務局長にとっては圭一郎は北高会病院の御曹司であり優秀なドクターでもあり、今回の院長入院の際は院長の代わりに采配を振るったことも知っている。
もちろん会議に出席してその姿を見たこともあるが、正直に言えば圭一郎は雲の上の人物と言っても差し支えない。
その圭一郎がなぜここにいるのか、事務局長には全く理解ができなかった。
ひとしきり圧をかけたところで、圭一郎はその端正な顔に笑顔を浮かべた。
そうして、珠月の肩にそっと手を置く。
「彼女は俺の婚約者なので、よろしく」
「圭一郎さんってば!」
くるりと圭一郎を振り返った珠月だ。
「だって珠月、本当のことだろう?」
先程までの圧をかけていた顔とは、打って変わった優しい表情で圭一郎は珠月の顔を覗き込む。
背後で圧をかけていたなど、知らない珠月は、圭一郎に顔を覗き込まれて照れたように頷いた。
「……はい」
事務局長は彼女の左手薬指を確認する。
その指には、それは見事なピンクダイヤのエンゲージリングだ。
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