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終わりの足音
終わりの足音②
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「どうやって圭一郎さんを誘惑したんです? そうやって? あなただけを愛していると可愛い顔で迫ったんですか。圭一郎さんはウブなところがありますからねチョロかったでしょう」
「なんてことを!」
珠月が声を荒らげた。
佐々木が懐に手を入れて、それをポンとベッドの脇に投げて寄越した。
珠月が見るとそれは帯封がされたお札だ。
「何日くらい拘束されていたのかは分かりませんが、バイトだと思えばこれでも充分でしょう? ああ、圭一郎さんが監禁していたのでしたっけ?」
もう一つ、ポンと投げられる。
「口外するんじゃないですよ。万が一のことがあればうちの弁護士団が黙ってはいませんから」
珠月はそっと圭一郎の腕から出て着ていた服を綺麗に整えた。
そうして投げられた札束を手に取る。
珠月が受け取ったものと佐々木が満足げに微笑むその胸に珠月は札束を押し付けた。
「可哀想な人ね。私は圭一郎さんが好きだったからここにいたんです。ただそれだけだわ。この人にご迷惑がかかるのならいつでも居なくなって差し上げます」
「珠月!」
圭一郎が珠月の腕を掴む。
──珠月は何を言っている!?まるで、この場から去ってしまいそうな!!
「圭一郎さんごめんなさい。私は嘘をつきました」
珠月はとても、切ない瞳で圭一郎を見つめた。
そうして、圭一郎の手をそっと解く。
珠月の大きなその瞳は潤んでいて涙が今にも溢れそうだ。そんな顔は何度も見た。
けれど、いつもはその中にも圭一郎を欲しいという気持ちが溢れていた。
今の珠月の瞳はただただ切なそうだ。
「記憶の件です」
それには圭一郎自身も後ろめたいところがあるのは間違いはない。
最近はずっと恋人のような2人だったからだから敢えてそれを意識しないようにしていただけで。
「それは……」
圭一郎は言葉を飲み込み、その顔を伏せる。
珠月は緩く首を横に振る。
「私、記憶は戻っていたんです」
「え!?」
「だから、知っていました。恋人ではなかったこと」
珠月は指輪をそっと外して、圭一郎に握らせる。
圭一郎につけてもらって、ずっと外さなかった指輪だ。
「あまりに幸せだったから本当のことが言えなかったんです。圭一郎さんは素晴らしい未来のある方です。いつまでも私に縛られていてはいけない人です」
「違う! 珠月から離れたくなくて珠月を縛っていたのは俺だ」
珠月はにこりと笑って首を横に振った。
「嫌ではなかったの。大好き。本当に大好きでこんなに好きになった人は本当にいません。今後こんなに好きになる人に出会うこともないでしょう。けれど、だからこそ私は手を離さなくちゃ」
「嫌だ! 珠月!」
「聞いて? 圭一郎さん。圭一郎さんが作ってくれる美味しいご飯。2人で毎朝飲んでいたコーヒー。それから一緒にリスに餌をあげたこと。圭一郎さんがしてくれたお話。どれも私には宝物のようでした。絶対に絶対に忘れません。どうぞお元気で……」
潤んでいた珠月の瞳から涙がこぼれ落ち、珠月はゆっくりと圭一郎から離れて、くるりと振り返って走り去る。
「珠月! 待て! 待って!! 嫌だ!」
その圭一郎を後ろから佐々木が羽交い締めにする。
「バカっ! 離せ!! 離せよ! 珠月! 珠月っ!」
「やめなさい! 珠月さんの気持ちを無駄にするつもりですか!?」
「無駄?」
「あなたのために身を引くと言っているんだ彼女は!」
「違う……違う、そんなものじゃ……珠月」
もがいてもあがいても、佐々木の腕を解くことができなくて、バタンとドアの閉まる音をどうしようもない思いで聞いた時圭一郎はその場に崩れ落ちた。
──違う……。ごめんは俺の方なんだ。
本当の覚悟があるのなら、何もかもを捨てて珠月と逃げればよかったのに、甘えてこんな場所にいてぬくぬくとしていたからこんなことになったのだ。
夢の中でだけ君と居たかったわけじゃない。
もっと早くお互いの気持ちを確認していれば。
欲しかったのは夢や幻のような珠月ではなかった。
それにもっと早く気づいていれば。
「なんてことを!」
珠月が声を荒らげた。
佐々木が懐に手を入れて、それをポンとベッドの脇に投げて寄越した。
珠月が見るとそれは帯封がされたお札だ。
「何日くらい拘束されていたのかは分かりませんが、バイトだと思えばこれでも充分でしょう? ああ、圭一郎さんが監禁していたのでしたっけ?」
もう一つ、ポンと投げられる。
「口外するんじゃないですよ。万が一のことがあればうちの弁護士団が黙ってはいませんから」
珠月はそっと圭一郎の腕から出て着ていた服を綺麗に整えた。
そうして投げられた札束を手に取る。
珠月が受け取ったものと佐々木が満足げに微笑むその胸に珠月は札束を押し付けた。
「可哀想な人ね。私は圭一郎さんが好きだったからここにいたんです。ただそれだけだわ。この人にご迷惑がかかるのならいつでも居なくなって差し上げます」
「珠月!」
圭一郎が珠月の腕を掴む。
──珠月は何を言っている!?まるで、この場から去ってしまいそうな!!
「圭一郎さんごめんなさい。私は嘘をつきました」
珠月はとても、切ない瞳で圭一郎を見つめた。
そうして、圭一郎の手をそっと解く。
珠月の大きなその瞳は潤んでいて涙が今にも溢れそうだ。そんな顔は何度も見た。
けれど、いつもはその中にも圭一郎を欲しいという気持ちが溢れていた。
今の珠月の瞳はただただ切なそうだ。
「記憶の件です」
それには圭一郎自身も後ろめたいところがあるのは間違いはない。
最近はずっと恋人のような2人だったからだから敢えてそれを意識しないようにしていただけで。
「それは……」
圭一郎は言葉を飲み込み、その顔を伏せる。
珠月は緩く首を横に振る。
「私、記憶は戻っていたんです」
「え!?」
「だから、知っていました。恋人ではなかったこと」
珠月は指輪をそっと外して、圭一郎に握らせる。
圭一郎につけてもらって、ずっと外さなかった指輪だ。
「あまりに幸せだったから本当のことが言えなかったんです。圭一郎さんは素晴らしい未来のある方です。いつまでも私に縛られていてはいけない人です」
「違う! 珠月から離れたくなくて珠月を縛っていたのは俺だ」
珠月はにこりと笑って首を横に振った。
「嫌ではなかったの。大好き。本当に大好きでこんなに好きになった人は本当にいません。今後こんなに好きになる人に出会うこともないでしょう。けれど、だからこそ私は手を離さなくちゃ」
「嫌だ! 珠月!」
「聞いて? 圭一郎さん。圭一郎さんが作ってくれる美味しいご飯。2人で毎朝飲んでいたコーヒー。それから一緒にリスに餌をあげたこと。圭一郎さんがしてくれたお話。どれも私には宝物のようでした。絶対に絶対に忘れません。どうぞお元気で……」
潤んでいた珠月の瞳から涙がこぼれ落ち、珠月はゆっくりと圭一郎から離れて、くるりと振り返って走り去る。
「珠月! 待て! 待って!! 嫌だ!」
その圭一郎を後ろから佐々木が羽交い締めにする。
「バカっ! 離せ!! 離せよ! 珠月! 珠月っ!」
「やめなさい! 珠月さんの気持ちを無駄にするつもりですか!?」
「無駄?」
「あなたのために身を引くと言っているんだ彼女は!」
「違う……違う、そんなものじゃ……珠月」
もがいてもあがいても、佐々木の腕を解くことができなくて、バタンとドアの閉まる音をどうしようもない思いで聞いた時圭一郎はその場に崩れ落ちた。
──違う……。ごめんは俺の方なんだ。
本当の覚悟があるのなら、何もかもを捨てて珠月と逃げればよかったのに、甘えてこんな場所にいてぬくぬくとしていたからこんなことになったのだ。
夢の中でだけ君と居たかったわけじゃない。
もっと早くお互いの気持ちを確認していれば。
欲しかったのは夢や幻のような珠月ではなかった。
それにもっと早く気づいていれば。
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