30 / 61
終わりの足音
終わりの足音①
しおりを挟む
ガチャガチャと玄関で音がして、階段を人が上がってくる音がする。
圭一郎は微睡みから目を覚まし、珠月にそっと布団を掛けた。
「圭一郎さん?」
コンコンと客間のドアがノックされる。声には聞き覚えがあった。
父の秘書である佐々木だろう。圭一郎は軽くため息をついた。
「はい」
「開けますよ」
佐々木がドアを開ける。
相変わらずの冷静そうな双眸と乱れのないスーツ姿。
ベッドの中の半裸の圭一郎と、その傍らで布団に埋もれている珠月が恐らく目に入ったはずだ。
そして佐々木はさっと部屋を中を見回して、ベッドの足元に落ちていた鎖と足枷に気づいた。
それでも顔色ひとつ変えるわけでもないところが、父に重用されている理由なのだと思う。
「お父上から伝言を預かっていますが、少しお話しした方がいいですね」
圭一郎は億劫そうに、髪をかきあげた。
「分かった。では下で。珠月を起こしたくない」
圭一郎は珠月に布団をかけ直して、まだ寝ている珠月の頬にキスをして、ベッドから起き上がる。
トラウザーズに足を通し、軽くシャツを引っ掛けて階下に降りた。
キッチンでは佐々木がコーヒーを準備していた。
この別荘のことも、分かっているのだ。
圭一郎はダイニングの椅子に座る。
しばらく、キッチンにはコーヒーの入る音だけが、響いた。
コーヒーを淹れ終わった佐々木が、カップを圭一郎の目の前に置く。
圭一郎はそのカップを押しやった。
「父に言われて来たんだな」
「そうです。だから鍵をお預かりして来たんですよ。優秀な外科医がいつまでも不在では困ると仰っていました」
「どこまで本気だろうな」
圭一郎は自嘲するような口調で答える。
「お父上は本気ですよ」
実際に圭一郎が優秀な外科医であることは間違いはない。
学生時代も成績はほぼ主席卒業してから研修医になっても評価は高く現在に至るまでそれは継続されている。
それでも圭一郎には、自分なんて誰にも必要とされていないのではないか、という漠然とした不安のようなものがいつもついて回っていた。
それは多分病院の御曹司としてしか見られない自分が、好きではなかったからだろうと思っている。
圭一郎個人としては誰も見てくれない。
『北原圭一郎』がそれらしくそこにいればいいだけ。
だから世界をモノクロのように感じてずっと過ごしてきた。
珠月のことは確かに可愛いとは思っていたし、あの桜並木の下でも彼女は損得なしで圭一郎に親切にしてくれた。
それが分かるだけに珠月は何もない圭一郎を、御曹司とは知らずに大事に扱ってくれたから、だから強く惹かれたのだ。
「珠月をこのままにはしておけない」
「珠月さんですか」
「佐々木には関係ないだろう」
「そうはいきませんね。お父上にはオンナだろう、と言われてはいましたが。あの性癖はどちらなんです?」
「性癖?」
「緊縛でしょう?」
「いや? 監禁だよ」
圭一郎は佐々木を真っ直ぐに見る。
佐々木はこれ見よがしに、ため息をついた。
「それでお帰りになれなかったということですかね」
「違う。俺が、珠月に夢中になった。それで、帰りたくなくなったんだ」
「なるほど」
佐々木は、足早に2階に向かった。
「おい!」
それに気づいた圭一郎が、慌てて後を追う。
荒々しく客間のドアが開き、目を覚ました珠月が驚いた顔で、こちらを見ていた。
「起きましたね。一体、目的は何なんです?北高会病院ですか? あなたのような、得体のしれない女性が、圭一郎さんのお相手にでもなれると? 思い上がりも甚だしいな」
「……っち、違います!」
「佐々木!」
圭一郎は珠月の側に行きその身体をぎゅっと抱きしめる。
庇うようなその仕草に佐々木は苛立たしさを隠さなかった。
珠月は顔を上げて佐々木を見る。
「私、圭一郎さんを愛しています。あなたにとっては、得体が知れないかもしれませんけれどそれだけは本当のことです」
圭一郎は微睡みから目を覚まし、珠月にそっと布団を掛けた。
「圭一郎さん?」
コンコンと客間のドアがノックされる。声には聞き覚えがあった。
父の秘書である佐々木だろう。圭一郎は軽くため息をついた。
「はい」
「開けますよ」
佐々木がドアを開ける。
相変わらずの冷静そうな双眸と乱れのないスーツ姿。
ベッドの中の半裸の圭一郎と、その傍らで布団に埋もれている珠月が恐らく目に入ったはずだ。
そして佐々木はさっと部屋を中を見回して、ベッドの足元に落ちていた鎖と足枷に気づいた。
それでも顔色ひとつ変えるわけでもないところが、父に重用されている理由なのだと思う。
「お父上から伝言を預かっていますが、少しお話しした方がいいですね」
圭一郎は億劫そうに、髪をかきあげた。
「分かった。では下で。珠月を起こしたくない」
圭一郎は珠月に布団をかけ直して、まだ寝ている珠月の頬にキスをして、ベッドから起き上がる。
トラウザーズに足を通し、軽くシャツを引っ掛けて階下に降りた。
キッチンでは佐々木がコーヒーを準備していた。
この別荘のことも、分かっているのだ。
圭一郎はダイニングの椅子に座る。
しばらく、キッチンにはコーヒーの入る音だけが、響いた。
コーヒーを淹れ終わった佐々木が、カップを圭一郎の目の前に置く。
圭一郎はそのカップを押しやった。
「父に言われて来たんだな」
「そうです。だから鍵をお預かりして来たんですよ。優秀な外科医がいつまでも不在では困ると仰っていました」
「どこまで本気だろうな」
圭一郎は自嘲するような口調で答える。
「お父上は本気ですよ」
実際に圭一郎が優秀な外科医であることは間違いはない。
学生時代も成績はほぼ主席卒業してから研修医になっても評価は高く現在に至るまでそれは継続されている。
それでも圭一郎には、自分なんて誰にも必要とされていないのではないか、という漠然とした不安のようなものがいつもついて回っていた。
それは多分病院の御曹司としてしか見られない自分が、好きではなかったからだろうと思っている。
圭一郎個人としては誰も見てくれない。
『北原圭一郎』がそれらしくそこにいればいいだけ。
だから世界をモノクロのように感じてずっと過ごしてきた。
珠月のことは確かに可愛いとは思っていたし、あの桜並木の下でも彼女は損得なしで圭一郎に親切にしてくれた。
それが分かるだけに珠月は何もない圭一郎を、御曹司とは知らずに大事に扱ってくれたから、だから強く惹かれたのだ。
「珠月をこのままにはしておけない」
「珠月さんですか」
「佐々木には関係ないだろう」
「そうはいきませんね。お父上にはオンナだろう、と言われてはいましたが。あの性癖はどちらなんです?」
「性癖?」
「緊縛でしょう?」
「いや? 監禁だよ」
圭一郎は佐々木を真っ直ぐに見る。
佐々木はこれ見よがしに、ため息をついた。
「それでお帰りになれなかったということですかね」
「違う。俺が、珠月に夢中になった。それで、帰りたくなくなったんだ」
「なるほど」
佐々木は、足早に2階に向かった。
「おい!」
それに気づいた圭一郎が、慌てて後を追う。
荒々しく客間のドアが開き、目を覚ました珠月が驚いた顔で、こちらを見ていた。
「起きましたね。一体、目的は何なんです?北高会病院ですか? あなたのような、得体のしれない女性が、圭一郎さんのお相手にでもなれると? 思い上がりも甚だしいな」
「……っち、違います!」
「佐々木!」
圭一郎は珠月の側に行きその身体をぎゅっと抱きしめる。
庇うようなその仕草に佐々木は苛立たしさを隠さなかった。
珠月は顔を上げて佐々木を見る。
「私、圭一郎さんを愛しています。あなたにとっては、得体が知れないかもしれませんけれどそれだけは本当のことです」
0
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。
どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。
婚約破棄ならぬ許嫁解消。
外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。
※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。
R18はマーク付きのみ。
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
鬼上司は間抜けな私がお好きです
碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。
ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。
孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?!
その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。
ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。
久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。
会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。
「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。
※大人ラブです。R15相当。
表紙画像はMidjourneyで生成しました。
【完結】【R18短編】その腕の中でいっそ窒息したい
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
私立大学の三年生である辻 朱夏《つじ あやか》は大層な美女である。
しかし、彼女はどんな美形に言い寄られてもなびかない。そんなこともあり、男子学生たちは朱夏のことを『難攻不落』と呼んだ。
だけど、朱夏は実は――ただの初恋拗らせ女子だったのだ。
体育会系ストーカー予備軍男子×筋肉フェチの絶世の美女。両片想いなのにモダモダする二人が成り行きで結ばれるお話。
◇hotランキング入りありがとうございます……!
――
◇初の現代作品です。お手柔らかにお願いします。
◇5~10話で完結する短いお話。
◇掲載先→ムーンライトノベルズ、アルファポリス、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる