10 / 83
3.乗りかかった船?
乗りかかった船?①
しおりを挟む
「ありが……」
タクシーに乗せてもらってお礼を言おうとしたその時だ。彼が車に乗り込んできた。
「港南病院まで」
彼はそうタクシーの運転手に行き先を告げる。
「え……」
「乗りかかった船だ。それとも、どこか時間外の空いている病院でかかりつけがあるか?」
尋ねられて亜由美は首を横に振った。
自慢ではないが身体は丈夫な方なのだ。ここ数年病院のお世話になったことはない。時間外のかかりつけ医なんてもちろんない。
「ここなら俺の知り合いがいるから融通が利く。悪いことにはならないはずだ」
「何から何まで……すみません」
「大丈夫だから」
彼は低い声で優しく亜由美に言う。彼の声はとても力強くて亜由美は安心できた。
タクシーで病院へ向かっている間も亜由美はどうすればいいか分からず、ずっと俯くばかりだ。
少女漫画のような展開に憧れていたって、実際こんな風になったら一体どうしたらいいのか分からない。
彼も手持ち無沙汰なのか、窓の外をじっと見ているような気配だった。
夜の車の中、静かなのに居心地が悪くないのは彼の気配が優しいからだと亜由美は動いてゆく外の景色に目をやった。
タクシーが病院の時間外入り口に到着した後、受付をしてくると彼はタクシーを降りる。
「君は少し待っていて」
彼は運転手にも「少し待っていてもらえますか?」と丁寧に聞いていた。
「構いませんよ。メーターも倒しておくから」
「いえ、加算してもらって構いません。お時間をいただいてしまうし」
「いいよ。彼女ケガしてるんでしょ?」
通常待ち時間も料金が発生するタクシーなのに、加算しないと言ってくれる運転手や、亜由美のためにわざわざ病院まで連れてきてくれた彼に、亜由美は今日のもろもろの悲しかった出来事が洗い流されてゆくような気持ちになっていた。
「彼氏?」
タクシーの運転手にそう聞かれる。
「いえ」
「いい男だよなあ。あなたも綺麗だしお似合いなのに」
彼がいい男だというのは認める。運転手が言うのは単に顔だけのことではないだろう。
とても良く分かる。けれども、お似合いだと言われても亜由美は言葉を返すことは出来なかった。
亜由美と彼の関係を正しく表現するならば、通りすがりの親切な人、というのが間違いはないのだが、それにしても彼は本当に優しい。
病院から出てきた彼は早足でタクシーに向かってきた。運転手がすぐさまドアを開ける。ドアから彼は亜由美を覗き込んだ。
間近で見ると本当に端正な顔立ちで亜由美の胸がどきんと大きく音を立てる。
そんな場合じゃないって分かっているけれど。
「ラッキーだったな。知り合いが夜勤だ。すぐ見てくれると言ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あ……いや。ケガをしているのにラッキーはなかったな」
タクシーの会計を済ませ、彼はひょいっとまた亜由美を抱き上げた。
彼が亜由美を抱き上げるたびに、亜由美はドキドキしてしまうのに、彼は全く表情が変わらなくて平然としていた。
理由は分かっている。彼は亜由美のことをなんとも思っていないからだ。
こんな風に鼓動を高鳴らせているのはおそらく自分だけで、彼は単に親切なだけ。そう思うと妙に切ない。
タクシーに乗せてもらってお礼を言おうとしたその時だ。彼が車に乗り込んできた。
「港南病院まで」
彼はそうタクシーの運転手に行き先を告げる。
「え……」
「乗りかかった船だ。それとも、どこか時間外の空いている病院でかかりつけがあるか?」
尋ねられて亜由美は首を横に振った。
自慢ではないが身体は丈夫な方なのだ。ここ数年病院のお世話になったことはない。時間外のかかりつけ医なんてもちろんない。
「ここなら俺の知り合いがいるから融通が利く。悪いことにはならないはずだ」
「何から何まで……すみません」
「大丈夫だから」
彼は低い声で優しく亜由美に言う。彼の声はとても力強くて亜由美は安心できた。
タクシーで病院へ向かっている間も亜由美はどうすればいいか分からず、ずっと俯くばかりだ。
少女漫画のような展開に憧れていたって、実際こんな風になったら一体どうしたらいいのか分からない。
彼も手持ち無沙汰なのか、窓の外をじっと見ているような気配だった。
夜の車の中、静かなのに居心地が悪くないのは彼の気配が優しいからだと亜由美は動いてゆく外の景色に目をやった。
タクシーが病院の時間外入り口に到着した後、受付をしてくると彼はタクシーを降りる。
「君は少し待っていて」
彼は運転手にも「少し待っていてもらえますか?」と丁寧に聞いていた。
「構いませんよ。メーターも倒しておくから」
「いえ、加算してもらって構いません。お時間をいただいてしまうし」
「いいよ。彼女ケガしてるんでしょ?」
通常待ち時間も料金が発生するタクシーなのに、加算しないと言ってくれる運転手や、亜由美のためにわざわざ病院まで連れてきてくれた彼に、亜由美は今日のもろもろの悲しかった出来事が洗い流されてゆくような気持ちになっていた。
「彼氏?」
タクシーの運転手にそう聞かれる。
「いえ」
「いい男だよなあ。あなたも綺麗だしお似合いなのに」
彼がいい男だというのは認める。運転手が言うのは単に顔だけのことではないだろう。
とても良く分かる。けれども、お似合いだと言われても亜由美は言葉を返すことは出来なかった。
亜由美と彼の関係を正しく表現するならば、通りすがりの親切な人、というのが間違いはないのだが、それにしても彼は本当に優しい。
病院から出てきた彼は早足でタクシーに向かってきた。運転手がすぐさまドアを開ける。ドアから彼は亜由美を覗き込んだ。
間近で見ると本当に端正な顔立ちで亜由美の胸がどきんと大きく音を立てる。
そんな場合じゃないって分かっているけれど。
「ラッキーだったな。知り合いが夜勤だ。すぐ見てくれると言ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あ……いや。ケガをしているのにラッキーはなかったな」
タクシーの会計を済ませ、彼はひょいっとまた亜由美を抱き上げた。
彼が亜由美を抱き上げるたびに、亜由美はドキドキしてしまうのに、彼は全く表情が変わらなくて平然としていた。
理由は分かっている。彼は亜由美のことをなんとも思っていないからだ。
こんな風に鼓動を高鳴らせているのはおそらく自分だけで、彼は単に親切なだけ。そう思うと妙に切ない。
106
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした
日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。
若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。
40歳までには結婚したい!
婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。
今更あいつに口説かれても……
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる