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Prolog

Prolog①

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 遅刻、遅刻~と言いながらパンをくわえて走っていて、角を曲がると誰かにぶつかる。
 ──それは運命の相手。


 実際は遅刻しそうになっていたら、ただ走るだけである。

 杉原すぎはら亜由美あゆみは自宅の最寄り駅の改札をかなりの早足で通り抜ける。

 昨日の夜は大好きでずっと追っていたコミックスの最終話が配信されたということもあって、つい夜更かししてしまった。

 最終話は感動で号泣ものだったし、亜由美も、もちろん泣いた。ハッピーエンドで大満足だったけれど、それを読んだらまた最初から読みたくなって見返したのが、夜更かしの理由だ。

 ホームからはもうすぐ電車が到着するというアナウンスが聞こえる。

(これなら電車に間に合う!)
 その時改札に向かっていた人と亜由美は肩がぶつかってしまった。

「おい!」
 その時だ。野太い声で呼び止められてしまった。男性が亜由美のことをじっと睨んでいたのだ。

 ぶつかってしまったのは間違いない。亜由美は足を止めて慌ててその男性に向かって頭を下げた。

「すみません!」
 謝ったのだし、それで終わるかと思ったのだ。
 そうしたら腕を掴まれた。

「わざとぶつかっただろう!?」
 そんな訳はない。完全に因縁をつけられているのだが、焦っていた亜由美にそんなことは分からなかった。

 確実に分かっていたのは、今日は遅刻だ、ということだ。

「すみませんでした」
 腕を掴まれた亜由美がぶつかったと主張する男性に向かって再度頭を下げると、ホームから乗りたかった電車が出発する音が聞こえた。

 ──終わった……。

「これで済ませるつもりか?   あんたがぶつかった肩が痛えんだけどな」

(ん?)
 さすがに手は離してくれたけれど、今度は亜由美の前に立ちはだかってそんなことを言う。

 遅刻どころではない。完全にヤバい人に捕まってしまったことを察して、亜由美の眼の前が暗くなった。

 亜由美はロングヘアに目鼻立ちのくっきりした華やかな容姿の持ち主だ。綺麗な栗色の髪を出勤のときはウエーブに巻いて一つに結んでいる。

 大きくて猫のような瞳は気まぐれにも見えて、華やかな顔立ちとも相まってひどく魅力的だ。
 百六十を超える身長はスラリとしているから、第一印象では近づきがたい雰囲気の大人な女性。

 しかし実のところ、愛読書は少女漫画で、好きな映画は恋愛物語、可愛いものやコスメも好きで、部屋の中はリボンとピンクとフリルに彩られている乙女系女子なのだった。

 亜由美は商社で経理をしている社会人二年目だ。
 経理部にはいろんな仕事があるが、亜由美はその中でも社内の経費関連の業務を担当している。

 両親が銀行勤めだったこともあって、お金について小さい頃からしっかり躾けられていたことは今の業務にも役立っている。

 だからそんな風に育ててくれた両親には感謝だ。
 両親は早々と退職して今は二人で海外に移住し優雅に過ごしている。

 しっかりした躾と教育を施してくれたことには本当に感謝している……しているけども、もっといろいろ教えておいてほしかった。

(た……例えばこんな風に駅で輩に絡まれたらどうしたらいいのかとかねっ!)
 
 遅刻しそうに急いでる時にぶつかるのって、転校生とかじゃないの!?
 なんでこんな怖いおじさんにぶつかっちゃったかな?

 目の前の怖そうな男性は亜由美を離してくれそうな気配がない。

 ──こ、怖いっ。誰か助けてっ!

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