79 / 87
18.桜華会
桜華会②
しおりを挟む
確かにお雛様にも赤い布が敷いてあった。
「あの赤はね、魔を避けると言われているんだよ」
「魔を……?」
難しくてよく分からなかった言葉を繰り返した浅緋を、父の大きな手が頭を撫でた、その様子を浅緋は急に思い出したのだ。
愛されていた。
大きくなってからは、自由にさせてもらえなくてワンマンで、正直嫌いだと思ったこともあったけれど、愛されていたのだと今なら分かる。
その父からの最後のプレゼントがあの遺書だったのだ。
──お父様、ご安心くださいね。私、すごくすごく幸せですから。
浅緋は澄み切った空を見上げて、空にいる父にそう話しかけたのだった。
着付けを終え、準備を終えた浅緋は、庭に出てゆっくりと一番大きな桜の木に歩み寄る。
桜は満開の花を咲かせていた。
浅緋が子供の頃から見守ってくれた木だ。
浅緋はそっとその木に手を触れた。
ここで撮った写真の浅緋に惹かれたのだと片倉は言っていた。
片倉とのことは、父と桜の木が繋いでくれた縁のようにも思える。
そして、この木の下で二人で一緒にいることを決めた。
気持ちを伝えあったのもここなのだ。
──いつも見守ってくれてありがとう。
浅緋はそっと桜の木にお礼を言う。
その時、ざあっと大きな風が吹いた。
浅緋は袂をあわてて抑える。
風がやんで、浅緋が顔を上げるとそこには和装の片倉がいた。
「浅緋。ここにいたんですね」
「慎也さん……」
和服姿の片倉もとても素敵だった。
片倉はそっと浅緋に寄り添う。
「思い出しますね。ここで気持ちを伝えあったこと」
同じことを考えていたと知って、浅緋は嬉しくなった。
「ええ。それ私も思い出していたところだったんです」
「あの時、浅緋が勇気を出してくれて良かった。婚約を破棄すると言われた時はどうしようかと思ったけれど。あなたは守られるだけの女性ではない。自分の意思をしっかりと持った人です」
「私には意志なんてないのだと、あの時まで思っていました。それを引き出してくださったのは慎也さんです。私が初めて自分で決めたことだったんです」
「破棄して一歩を踏み出すなんて、とんでもなく勇気がいったでしょうに、そんなあなたが可愛くて素敵で……言葉では言い尽くせないくらい愛おしいですよ」
片倉は浅緋に歩み寄って、そっとその手を取った。
「そろそろお客様も見える頃合いですからね、お迎えに行きましょうか」
「はい」
片倉が取ってくれたその手を浅緋はきゅっと握る。
浅緋はもう一度桜の木を振り返った。
大きく枝を切っても何度も花を咲かせる。
たとえ花を咲かせるための枝を切っても、大地にしっかりと根付いていれば、また新たに伸びた枝から花を咲かせることが出来るのだ。
この木は自分にそれを教えてくれた。
だからこそ一歩を踏み出すことが出来たのだ。
「浅緋……」
気付くと、片倉も桜の木を見上げていた。
「いつかここに帰って来ませんか?」
「え?」
「今、ふと思ったんですよ。この場所で僕らの子供が走り回ってるのを想像したら、その光景のあまりの幸せさに言葉を失くしそうになった。とてもしあわせな光景だとは思いませんか?」
浅緋にもその光景が見えたような気がした。
この庭をきゃっきゃと走り回る子供の声さえ聞こえたような気がしたのだ。
「はい。とても素敵だわ……」
「浅緋、愛していますよ」
「私も愛してます」
自宅の方向から、お手伝いの澄子さんが手を振っているのが見えた。
「お嬢様! ご主人様! お客様がいらっしゃってますよ」
浅緋と片倉は顔を見合わせて微笑む。
「では行きましょうか」
「はい」
2人が手を繋いで母屋に向かうのを、桜の木は風に花を揺らがせながら見守っていた。
桜の木はきっと2人の子供のことも見守ってくれるのに違いない。
✽+†+✽―END―✽+†+✽
「あの赤はね、魔を避けると言われているんだよ」
「魔を……?」
難しくてよく分からなかった言葉を繰り返した浅緋を、父の大きな手が頭を撫でた、その様子を浅緋は急に思い出したのだ。
愛されていた。
大きくなってからは、自由にさせてもらえなくてワンマンで、正直嫌いだと思ったこともあったけれど、愛されていたのだと今なら分かる。
その父からの最後のプレゼントがあの遺書だったのだ。
──お父様、ご安心くださいね。私、すごくすごく幸せですから。
浅緋は澄み切った空を見上げて、空にいる父にそう話しかけたのだった。
着付けを終え、準備を終えた浅緋は、庭に出てゆっくりと一番大きな桜の木に歩み寄る。
桜は満開の花を咲かせていた。
浅緋が子供の頃から見守ってくれた木だ。
浅緋はそっとその木に手を触れた。
ここで撮った写真の浅緋に惹かれたのだと片倉は言っていた。
片倉とのことは、父と桜の木が繋いでくれた縁のようにも思える。
そして、この木の下で二人で一緒にいることを決めた。
気持ちを伝えあったのもここなのだ。
──いつも見守ってくれてありがとう。
浅緋はそっと桜の木にお礼を言う。
その時、ざあっと大きな風が吹いた。
浅緋は袂をあわてて抑える。
風がやんで、浅緋が顔を上げるとそこには和装の片倉がいた。
「浅緋。ここにいたんですね」
「慎也さん……」
和服姿の片倉もとても素敵だった。
片倉はそっと浅緋に寄り添う。
「思い出しますね。ここで気持ちを伝えあったこと」
同じことを考えていたと知って、浅緋は嬉しくなった。
「ええ。それ私も思い出していたところだったんです」
「あの時、浅緋が勇気を出してくれて良かった。婚約を破棄すると言われた時はどうしようかと思ったけれど。あなたは守られるだけの女性ではない。自分の意思をしっかりと持った人です」
「私には意志なんてないのだと、あの時まで思っていました。それを引き出してくださったのは慎也さんです。私が初めて自分で決めたことだったんです」
「破棄して一歩を踏み出すなんて、とんでもなく勇気がいったでしょうに、そんなあなたが可愛くて素敵で……言葉では言い尽くせないくらい愛おしいですよ」
片倉は浅緋に歩み寄って、そっとその手を取った。
「そろそろお客様も見える頃合いですからね、お迎えに行きましょうか」
「はい」
片倉が取ってくれたその手を浅緋はきゅっと握る。
浅緋はもう一度桜の木を振り返った。
大きく枝を切っても何度も花を咲かせる。
たとえ花を咲かせるための枝を切っても、大地にしっかりと根付いていれば、また新たに伸びた枝から花を咲かせることが出来るのだ。
この木は自分にそれを教えてくれた。
だからこそ一歩を踏み出すことが出来たのだ。
「浅緋……」
気付くと、片倉も桜の木を見上げていた。
「いつかここに帰って来ませんか?」
「え?」
「今、ふと思ったんですよ。この場所で僕らの子供が走り回ってるのを想像したら、その光景のあまりの幸せさに言葉を失くしそうになった。とてもしあわせな光景だとは思いませんか?」
浅緋にもその光景が見えたような気がした。
この庭をきゃっきゃと走り回る子供の声さえ聞こえたような気がしたのだ。
「はい。とても素敵だわ……」
「浅緋、愛していますよ」
「私も愛してます」
自宅の方向から、お手伝いの澄子さんが手を振っているのが見えた。
「お嬢様! ご主人様! お客様がいらっしゃってますよ」
浅緋と片倉は顔を見合わせて微笑む。
「では行きましょうか」
「はい」
2人が手を繋いで母屋に向かうのを、桜の木は風に花を揺らがせながら見守っていた。
桜の木はきっと2人の子供のことも見守ってくれるのに違いない。
✽+†+✽―END―✽+†+✽
1
お気に入りに追加
451
あなたにおすすめの小説
極道に大切に飼われた、お姫様
真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
玖羽 望月
恋愛
役員秘書で根っからの委員長『千春』は、20年来の親友で社長令嬢『夏帆』に突然お見合いの替え玉を頼まれる。
しかも……「色々あって、簡単に断れないんだよね。とりあえず1回でさよならは無しで」なんて言われて渋々行ったお見合い。
そこに「氷の貴公子」と噂される無口なイケメン『倉木』が現れた。
「また会えますよね? 次はいつ会えますか? 会ってくれますよね?」
ちょっと待って! 突然子犬みたいにならないで!
……って、子犬は狼にもなるんですか⁈
安 千春(やす ちはる) 27歳
役員秘書をしている根っからの学級委員タイプ。恋愛経験がないわけではありません! ただちょっと最近ご無沙汰なだけ。
こんな軽いノリのラブコメです。Rシーンには*マークがついています。
初出はエブリスタ(2022.9.11〜10.22)
ベリーズカフェにも転載しています。
番外編『酸いも甘いも』2023.2.11開始。
黒王子の溺愛は続く
如月 そら
恋愛
晴れて婚約した美桜と柾樹のラブラブ生活とは……?
※こちらの作品は『黒王子の溺愛』の続きとなります。お読みになっていない方は先に『黒王子の溺愛』をお読み頂いた方が、よりお楽しみ頂けるかと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
入海月子
恋愛
一花はフラワーデザイナーだ。
仕事をドタキャンされたところを藤河エステートの御曹司の颯斗に助けられる。彼はストーカー的な女性に狙われていて、その対策として、恋人のふりを持ちかけてきた。
恋人のふりのはずなのに、颯斗は甘くて惹かれる気持ちが止まらない。
それなのに――。
私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。
そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。
真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。
彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。
自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。
じれながらも二人の恋が動き出す──。
あなたを失いたくない〜離婚してから気づく溢れる想い
ラヴ KAZU
恋愛
間宮ちづる 冴えないアラフォー
人気のない路地に連れ込まれ、襲われそうになったところを助けてくれたのが海堂コーポレーション社長。慎に契約結婚を申し込まれたちづるには、実は誰にも言えない秘密があった。
海堂 慎 海堂コーポレーション社長
彼女を自殺に追いやったと辛い過去を引きずり、人との関わりを避けて生きてきた。
しかし間宮ちづるを放っておけず、「海堂ちづるになれ」と命令する。俺様気質が強い御曹司。
仙道 充 仙道ホールディングス社長
八年前ちづると結婚の約束をしたにも関わらず、連絡を取らずにアメリカに渡米し、日本に戻って来た時にはちづるは姿を消していた。慎の良き相談相手である充はちづると再会を果たすも慎の妻になっていたことに動揺する。
間宮ちづるは襲われそうになったところを、俺様御曹司海堂慎に助けられた。
ちづるを放っておけない慎は契約結婚を申し出る。ちづるを襲った相手によって会社が倒産の危機に追い込まれる。それを救ってくれたのが仙道充。慎の良き相談相手。
実はちづるが八年前結婚を約束して騙されたと思い込み姿を消した恋人。そしてちづるには誰にも言えない秘密があった。
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる