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18.桜華会

桜華会②

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 確かにお雛様にも赤い布が敷いてあった。
「あの赤はね、魔を避けると言われているんだよ」
「魔を……?」

 難しくてよく分からなかった言葉を繰り返した浅緋を、父の大きな手が頭を撫でた、その様子を浅緋は急に思い出したのだ。

 愛されていた。
 大きくなってからは、自由にさせてもらえなくてワンマンで、正直嫌いだと思ったこともあったけれど、愛されていたのだと今なら分かる。

 その父からの最後のプレゼントがあの遺書だったのだ。

──お父様、ご安心くださいね。私、すごくすごく幸せですから。

 浅緋は澄み切った空を見上げて、空にいる父にそう話しかけたのだった。



 着付けを終え、準備を終えた浅緋は、庭に出てゆっくりと一番大きな桜の木に歩み寄る。
 桜は満開の花を咲かせていた。

 浅緋が子供の頃から見守ってくれた木だ。
 浅緋はそっとその木に手を触れた。

 ここで撮った写真の浅緋に惹かれたのだと片倉は言っていた。
 片倉とのことは、父と桜の木が繋いでくれた縁のようにも思える。

 そして、この木の下で二人で一緒にいることを決めた。

 気持ちを伝えあったのもここなのだ。
──いつも見守ってくれてありがとう。
 浅緋はそっと桜の木にお礼を言う。

 その時、ざあっと大きな風が吹いた。
 浅緋は袂をあわてて抑える。

 風がやんで、浅緋が顔を上げるとそこには和装の片倉がいた。

「浅緋。ここにいたんですね」
「慎也さん……」
 和服姿の片倉もとても素敵だった。

 片倉はそっと浅緋に寄り添う。
「思い出しますね。ここで気持ちを伝えあったこと」

 同じことを考えていたと知って、浅緋は嬉しくなった。
「ええ。それ私も思い出していたところだったんです」

「あの時、浅緋が勇気を出してくれて良かった。婚約を破棄すると言われた時はどうしようかと思ったけれど。あなたは守られるだけの女性ではない。自分の意思をしっかりと持った人です」

「私には意志なんてないのだと、あの時まで思っていました。それを引き出してくださったのは慎也さんです。私が初めて自分で決めたことだったんです」

「破棄して一歩を踏み出すなんて、とんでもなく勇気がいったでしょうに、そんなあなたが可愛くて素敵で……言葉では言い尽くせないくらい愛おしいですよ」

 片倉は浅緋に歩み寄って、そっとその手を取った。

「そろそろお客様も見える頃合いですからね、お迎えに行きましょうか」
「はい」

 片倉が取ってくれたその手を浅緋はきゅっと握る。

 浅緋はもう一度桜の木を振り返った。
 大きく枝を切っても何度も花を咲かせる。

 たとえ花を咲かせるための枝を切っても、大地にしっかりと根付いていれば、また新たに伸びた枝から花を咲かせることが出来るのだ。

 この木は自分にそれを教えてくれた。
 だからこそ一歩を踏み出すことが出来たのだ。

「浅緋……」
 気付くと、片倉も桜の木を見上げていた。

「いつかここに帰って来ませんか?」
「え?」

「今、ふと思ったんですよ。この場所で僕らの子供が走り回ってるのを想像したら、その光景のあまりの幸せさに言葉を失くしそうになった。とてもしあわせな光景だとは思いませんか?」

 浅緋にもその光景が見えたような気がした。
 この庭をきゃっきゃと走り回る子供の声さえ聞こえたような気がしたのだ。
 
「はい。とても素敵だわ……」
「浅緋、愛していますよ」
「私も愛してます」

 自宅の方向から、お手伝いの澄子さんが手を振っているのが見えた。

「お嬢様! ご主人様! お客様がいらっしゃってますよ」
 浅緋と片倉は顔を見合わせて微笑む。

「では行きましょうか」
「はい」

 2人が手を繋いで母屋に向かうのを、桜の木は風に花を揺らがせながら見守っていた。

 桜の木はきっと2人の子供のことも見守ってくれるのに違いない。


     ✽+†+✽―END―✽+†+✽


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