上 下
42 / 87
10.本気で怒るとは

本気で怒るとは②

しおりを挟む
 ただ、いろんな感情がうまく処理しきれていないだけで、浅緋に対して怒るなんて、考えられない。

 どうやって伝えたらいいのか、自分の感情も整理できない。

 そして、片倉を見てくる浅緋がまるで包み込むようで優しくて甘くて、癒されるようで……ぐちゃぐちゃになっていた感情さえ、その表情の前には何も及ばなかった。

「慎也さん……」
 その声に、気づいたら唇を重ねていた。

 こんな風にキスするつもりはなかった。

 もっと、きちんと浅緋の心の準備ができるのを待って、キスをしていいか聞いて、それに浅緋が甘い声ではい、と肯定の返事をもらったときにするつもりだったのだ。

 こんな感情のおもむくままにキスしてしまうなんて。

 浅緋は驚いたように、目を見開いていた。
 無垢なその表情が片倉の胸に刺さる。

 もっと……もっとしたい。
 貪るように重ね合わせて、蹂躙するように奪いたい。

 一度唇を重ね合わせたら、ただ飢餓感のようなその気持ちが膨れ上がっただけだ。
 こんな感情、浅緋に知られたくない。

「すみません……もう、しません」
 かろうじて言った言葉を、浅緋はどう思ったのか確認することもできず、そっと自分から浅緋を引き離して、片倉は部屋に入った。

 きっと、怖がらせた。
 もしかしたら、嫌いになったかもしれない。

 やっとうまくいき始めていた関係性だったのに、今日の片倉の行動で全て壊してしまったかもしれない。

──浅緋を怖がらせたくない。

 そんなことを言い訳に、翌日は家を早く出てしまった。

 本当は自分の方が、浅緋が嫌悪の表情を見せたらどうしようかと思って怖かったのに、だ。


「レセプション……」
「そうです。園村浅緋様もご一緒に出席されることになっていますよね?」
 秘書である長野に言われて、初めて思い出した片倉だ。

 予定を失念するなど、普段ならそんなことはないのに、あんなことがあってすっかり忘れていた。
……というか、むしろそれどころではなかったのだ。

「浅緋もきっと準備していないな。伝えるのを忘れていた」
「お2人で出席することになっているのですから、今更お1人で、というわけにはいきませんよ」

 長野は何かを察しているのか、そんな事を言う。
「分かった。けれど、浅緋は準備していないだろうし」

「そんなこともあろうかと思って、ドレスについては差し出たことかと思いましたが、ご用意させていただいています」
 片倉は軽くため息をつく。

 言い訳すらさっさと封じられた。
 こんな時にでき過ぎる秘書がいることがありがたいような、面倒なような気分だった。

 しかも、今回は取引先の大きなパーティなのだ。欠席するわけにもいかない。

「準備はどこで?」
「ホテルの方にお部屋を用意させてただきました。先立って着替えもお届けしてあります」

「ありがとう」
 長野はいいえ、と言ってにっこり笑った。

 嫌われているかもしれない、と思うのに、浅緋が華やかな装いなのだろうと思うと見たいという気持ちは抑えられない。

 つくづく自分はどうかしているのかもしれないと片倉は思う。

 自分の気持ちになかなか形をつけられないまま、仕事に向かっていたところ、片倉の携帯が着信を知らせた。

 画面には『槙野』の文字がある。
「はい、片倉」
『おお、機嫌悪いな』

「電話とは珍しいな。どうした?」
『役員絡みで、お嬢にちょっかい出してる奴がいる』

「ふん?」
 実を言うと片倉はそれは園村からも聞いていた。

 旧態依然とした人物は今も会社にいる、と。

 それは、片倉たちが新しいことを始めれば、絶対に目の前に出てくるだろうし、邪魔をするだろうと聞いていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

それは、あくまで不埒な蜜戯にて

奏多
恋愛
設楽一楓は、高校生の頃、同級生で生徒会長だった瀬名伊吹に弱みを握られて一度だけ体の関係を持った。 その場限りの約束のはずが、なぜか彼が作った会社に働くことになって!?   一度だけのあやまちをなかったことにして、カリスマ的パワハラ悪魔に仕えていた一楓に、突然悪魔が囁いた――。   「なかったことに出来ると思う? 思い出させてあげるよ、あの日のこと」     ブラック企業での叩き上げプログラマー兼社長秘書 設楽一楓 (しだら いちか)  × 元同級生兼カリスマIT社長 瀬名伊吹 (せな いぶき) ☆現在番外編執筆中☆

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

俺様な極道の御曹司とまったりイチャイチャ溺愛生活

那珂田かな
恋愛
高地柚子(たかちゆずこ)は天涯孤独の身の上。母はすでに亡く、父は音信不通。 それでも大学に通いながら、夜はユズカという名で、ホステスとして生活費を稼ぐ日々を送っていた。 そんなある日、槇村彰吾(まきむらしょうご)という男性が店に現れた。 「お前の父には世話になった。これから俺がお前の面倒を見てやる」 男の職業は、なんとヤクザ。 そんな男に柚子は言い放つ。 「あなたに面倒見てもらう必要なんてない!」 オレサマな極道の若と、しっかり者だけどどこか抜けてる女の子との、チグハグ恋愛模様が始まります。 ※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する

砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法 ……先輩。 なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……! グラスに盛られた「天使の媚薬」 それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。 果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。 確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。 ※多少無理やり表現あります※多少……?

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり

春宮ともみ
恋愛
旧題:極甘シンドローム〜敏腕社長は初恋を最後の恋にしたい〜 大手ゼネコン会社社長の一人娘だった明日香は、小学校入学と同時に不慮の事故で両親を亡くし、首都圏から離れた遠縁の親戚宅に預けられ慎ましやかに暮らすことに。質素な生活ながらも愛情をたっぷり受けて充実した学生時代を過ごしたのち、英文系の女子大を卒業後、上京してひとり暮らしをはじめ中堅の人材派遣会社で総務部の事務職として働きだす。そして、ひょんなことから幼いころに面識があったある女性の結婚式に出席したことで、運命の歯車が大きく動きだしてしまい――?  *** ドSで策士な腹黒御曹司×元令嬢OLが紡ぐ、甘酸っぱい初恋ロマンス  *** ◎作中に出てくる企業名、施設・地域名、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです ◆アルファポリス様のみの掲載(今後も他サイトへの転載は予定していません) ※著者既作「(エタニティブックス)俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる」のサブキャラクター、「【R18】音のない夜に」のヒーローがそれぞれ名前だけ登場しますが、もちろんこちら単体のみでもお楽しみいただけます。彼らをご存知の方はくすっとしていただけたら嬉しいです ※著者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です

処理中です...