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10.本気で怒るとは
本気で怒るとは②
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ただ、いろんな感情がうまく処理しきれていないだけで、浅緋に対して怒るなんて、考えられない。
どうやって伝えたらいいのか、自分の感情も整理できない。
そして、片倉を見てくる浅緋がまるで包み込むようで優しくて甘くて、癒されるようで……ぐちゃぐちゃになっていた感情さえ、その表情の前には何も及ばなかった。
「慎也さん……」
その声に、気づいたら唇を重ねていた。
こんな風にキスするつもりはなかった。
もっと、きちんと浅緋の心の準備ができるのを待って、キスをしていいか聞いて、それに浅緋が甘い声ではい、と肯定の返事をもらったときにするつもりだったのだ。
こんな感情のおもむくままにキスしてしまうなんて。
浅緋は驚いたように、目を見開いていた。
無垢なその表情が片倉の胸に刺さる。
もっと……もっとしたい。
貪るように重ね合わせて、蹂躙するように奪いたい。
一度唇を重ね合わせたら、ただ飢餓感のようなその気持ちが膨れ上がっただけだ。
こんな感情、浅緋に知られたくない。
「すみません……もう、しません」
かろうじて言った言葉を、浅緋はどう思ったのか確認することもできず、そっと自分から浅緋を引き離して、片倉は部屋に入った。
きっと、怖がらせた。
もしかしたら、嫌いになったかもしれない。
やっとうまくいき始めていた関係性だったのに、今日の片倉の行動で全て壊してしまったかもしれない。
──浅緋を怖がらせたくない。
そんなことを言い訳に、翌日は家を早く出てしまった。
本当は自分の方が、浅緋が嫌悪の表情を見せたらどうしようかと思って怖かったのに、だ。
「レセプション……」
「そうです。園村浅緋様もご一緒に出席されることになっていますよね?」
秘書である長野に言われて、初めて思い出した片倉だ。
予定を失念するなど、普段ならそんなことはないのに、あんなことがあってすっかり忘れていた。
……というか、むしろそれどころではなかったのだ。
「浅緋もきっと準備していないな。伝えるのを忘れていた」
「お2人で出席することになっているのですから、今更お1人で、というわけにはいきませんよ」
長野は何かを察しているのか、そんな事を言う。
「分かった。けれど、浅緋は準備していないだろうし」
「そんなこともあろうかと思って、ドレスについては差し出たことかと思いましたが、ご用意させていただいています」
片倉は軽くため息をつく。
言い訳すらさっさと封じられた。
こんな時にでき過ぎる秘書がいることがありがたいような、面倒なような気分だった。
しかも、今回は取引先の大きなパーティなのだ。欠席するわけにもいかない。
「準備はどこで?」
「ホテルの方にお部屋を用意させてただきました。先立って着替えもお届けしてあります」
「ありがとう」
長野はいいえ、と言ってにっこり笑った。
嫌われているかもしれない、と思うのに、浅緋が華やかな装いなのだろうと思うと見たいという気持ちは抑えられない。
つくづく自分はどうかしているのかもしれないと片倉は思う。
自分の気持ちになかなか形をつけられないまま、仕事に向かっていたところ、片倉の携帯が着信を知らせた。
画面には『槙野』の文字がある。
「はい、片倉」
『おお、機嫌悪いな』
「電話とは珍しいな。どうした?」
『役員絡みで、お嬢にちょっかい出してる奴がいる』
「ふん?」
実を言うと片倉はそれは園村からも聞いていた。
旧態依然とした人物は今も会社にいる、と。
それは、片倉たちが新しいことを始めれば、絶対に目の前に出てくるだろうし、邪魔をするだろうと聞いていたのだ。
どうやって伝えたらいいのか、自分の感情も整理できない。
そして、片倉を見てくる浅緋がまるで包み込むようで優しくて甘くて、癒されるようで……ぐちゃぐちゃになっていた感情さえ、その表情の前には何も及ばなかった。
「慎也さん……」
その声に、気づいたら唇を重ねていた。
こんな風にキスするつもりはなかった。
もっと、きちんと浅緋の心の準備ができるのを待って、キスをしていいか聞いて、それに浅緋が甘い声ではい、と肯定の返事をもらったときにするつもりだったのだ。
こんな感情のおもむくままにキスしてしまうなんて。
浅緋は驚いたように、目を見開いていた。
無垢なその表情が片倉の胸に刺さる。
もっと……もっとしたい。
貪るように重ね合わせて、蹂躙するように奪いたい。
一度唇を重ね合わせたら、ただ飢餓感のようなその気持ちが膨れ上がっただけだ。
こんな感情、浅緋に知られたくない。
「すみません……もう、しません」
かろうじて言った言葉を、浅緋はどう思ったのか確認することもできず、そっと自分から浅緋を引き離して、片倉は部屋に入った。
きっと、怖がらせた。
もしかしたら、嫌いになったかもしれない。
やっとうまくいき始めていた関係性だったのに、今日の片倉の行動で全て壊してしまったかもしれない。
──浅緋を怖がらせたくない。
そんなことを言い訳に、翌日は家を早く出てしまった。
本当は自分の方が、浅緋が嫌悪の表情を見せたらどうしようかと思って怖かったのに、だ。
「レセプション……」
「そうです。園村浅緋様もご一緒に出席されることになっていますよね?」
秘書である長野に言われて、初めて思い出した片倉だ。
予定を失念するなど、普段ならそんなことはないのに、あんなことがあってすっかり忘れていた。
……というか、むしろそれどころではなかったのだ。
「浅緋もきっと準備していないな。伝えるのを忘れていた」
「お2人で出席することになっているのですから、今更お1人で、というわけにはいきませんよ」
長野は何かを察しているのか、そんな事を言う。
「分かった。けれど、浅緋は準備していないだろうし」
「そんなこともあろうかと思って、ドレスについては差し出たことかと思いましたが、ご用意させていただいています」
片倉は軽くため息をつく。
言い訳すらさっさと封じられた。
こんな時にでき過ぎる秘書がいることがありがたいような、面倒なような気分だった。
しかも、今回は取引先の大きなパーティなのだ。欠席するわけにもいかない。
「準備はどこで?」
「ホテルの方にお部屋を用意させてただきました。先立って着替えもお届けしてあります」
「ありがとう」
長野はいいえ、と言ってにっこり笑った。
嫌われているかもしれない、と思うのに、浅緋が華やかな装いなのだろうと思うと見たいという気持ちは抑えられない。
つくづく自分はどうかしているのかもしれないと片倉は思う。
自分の気持ちになかなか形をつけられないまま、仕事に向かっていたところ、片倉の携帯が着信を知らせた。
画面には『槙野』の文字がある。
「はい、片倉」
『おお、機嫌悪いな』
「電話とは珍しいな。どうした?」
『役員絡みで、お嬢にちょっかい出してる奴がいる』
「ふん?」
実を言うと片倉はそれは園村からも聞いていた。
旧態依然とした人物は今も会社にいる、と。
それは、片倉たちが新しいことを始めれば、絶対に目の前に出てくるだろうし、邪魔をするだろうと聞いていたのだ。
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