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9.優しくて悲しいこと
優しくて悲しいこと⑤
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でも今朝はいつもとは違ったのである。
朝、顔を見ることができなかったのが、こんなにつらいなんて思わなかった。
片倉は浅緋に黙って早くに家を出てしまった。そんなことはこれまでの2週間の間ではなかったことだ。
それによって、浅緋はとても悲しかったし、嫌われてしまったのかも、と思うとどうしたらいいのか分からないのに。
「片倉のあんたに対する気持ちは自分で聞けばいいだろ。俺もそんなのは知らん。けど、片倉が怒っていない、と言っているのならそれは間違いのない事だ」
槙野はそうキッパリと言い切った。
「まあ、怒っているから、怒っていますと言うことはないだろうが、怒っていないと言えばそれはそうなんだろ。あんた、あいつが怒っているところ知らないだろ。片倉はなあ、怒るとむちゃくちゃ怖いぞ。むちゃくちゃ怖かったか?」
そう言われると、そこまでではなかったような。
肩を落としているようには見えたけれども。
でもそれももしかしたら、浅緋が片倉をガッカリさせてしまったことだって、考えられるのだ。
「がっかりさせてしまった、とか」
「あんたは何を心配しているんだ? 嫌われたらどうしよう、とか、怒っているかも、とかがっかりさせたかもとか、それ、俺に話してどうにかなるのか?」
「……っ、ごめんなさい」
「相談されたくないわけじゃない。なんでも話していいよ。でも、あんたはもうちょっといろんなことを見た方がいい。みんな、あんたのことを大事に思ってる。まあ、不本意ではあるけど俺もな。思い切っていろいろ動いてみろ。もう、お前にあれはダメだ、これはダメだという父親はいないんじゃないか?」
槙野はいつもと同じように腕を組んで、淡々と話している。
けれど、浅緋にしてみたらまるで目の前が開けたような気持ちになったのだ。
──あれはダメだ、これはダメだと言われない?
今まではそうされることが当然なのだと思っていた。
けれど、そうではない、と初めて知ったのだ。
「あんたは、なんでもやりたいことをやっていいんだ。それに、片倉はそれに応えるだけの度量はある男だぞ」
「なんでも……?」
「なんでも、だ」
──じゃあ、片倉さんに大好きなんですって、とても好きなんですって言ってもいいの?
なぜかは分からないけれど、浅緋がぴったりと動きを止めてしまったので、どうしたんだろうと思ったら、浅緋は泣きそうな顔で槙野を見ていた。
「……っ! おい! 泣くなよ! あんたを泣かせたらマジで片倉に怒られるんだからな!」
槙野は自分の髪をくしゃっとかきあげる。
「やってみたらいろいろある。失敗したり、さ。でもそれはあんたの経験であんたのものだよ。困ったら、今みたいに困ってるって周りにいってみろ。きっと周りは助けてくれる。それに対してあんたがすることは、周りに感謝してその気持ちを忘れないことだよ」
「槙野さんは、そうしてきたんですか?」
「俺も、片倉も、園村さんも、な。園村さんもそういうところはすごくきちんとしている人だったよ。きっと、それはあんたの中に根付いているはずだよ」
浅緋は槙野に向き直って、頭を下げた。
「槙野さん、ありがとうございます。私、頑張ってみます」
「おう。頑張れ」
槙野と別れた浅緋はオフィスの窓から外に目をやる。
ここはこんなに明るかった?
目に入る光は眩しくて、空は青く澄み渡っているような気がした。
片倉さんに伝えたい。
綺麗な青空をあなたと見たい、いろんなことを一緒にしたいんだって……。
朝、顔を見ることができなかったのが、こんなにつらいなんて思わなかった。
片倉は浅緋に黙って早くに家を出てしまった。そんなことはこれまでの2週間の間ではなかったことだ。
それによって、浅緋はとても悲しかったし、嫌われてしまったのかも、と思うとどうしたらいいのか分からないのに。
「片倉のあんたに対する気持ちは自分で聞けばいいだろ。俺もそんなのは知らん。けど、片倉が怒っていない、と言っているのならそれは間違いのない事だ」
槙野はそうキッパリと言い切った。
「まあ、怒っているから、怒っていますと言うことはないだろうが、怒っていないと言えばそれはそうなんだろ。あんた、あいつが怒っているところ知らないだろ。片倉はなあ、怒るとむちゃくちゃ怖いぞ。むちゃくちゃ怖かったか?」
そう言われると、そこまでではなかったような。
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でもそれももしかしたら、浅緋が片倉をガッカリさせてしまったことだって、考えられるのだ。
「がっかりさせてしまった、とか」
「あんたは何を心配しているんだ? 嫌われたらどうしよう、とか、怒っているかも、とかがっかりさせたかもとか、それ、俺に話してどうにかなるのか?」
「……っ、ごめんなさい」
「相談されたくないわけじゃない。なんでも話していいよ。でも、あんたはもうちょっといろんなことを見た方がいい。みんな、あんたのことを大事に思ってる。まあ、不本意ではあるけど俺もな。思い切っていろいろ動いてみろ。もう、お前にあれはダメだ、これはダメだという父親はいないんじゃないか?」
槙野はいつもと同じように腕を組んで、淡々と話している。
けれど、浅緋にしてみたらまるで目の前が開けたような気持ちになったのだ。
──あれはダメだ、これはダメだと言われない?
今まではそうされることが当然なのだと思っていた。
けれど、そうではない、と初めて知ったのだ。
「あんたは、なんでもやりたいことをやっていいんだ。それに、片倉はそれに応えるだけの度量はある男だぞ」
「なんでも……?」
「なんでも、だ」
──じゃあ、片倉さんに大好きなんですって、とても好きなんですって言ってもいいの?
なぜかは分からないけれど、浅緋がぴったりと動きを止めてしまったので、どうしたんだろうと思ったら、浅緋は泣きそうな顔で槙野を見ていた。
「……っ! おい! 泣くなよ! あんたを泣かせたらマジで片倉に怒られるんだからな!」
槙野は自分の髪をくしゃっとかきあげる。
「やってみたらいろいろある。失敗したり、さ。でもそれはあんたの経験であんたのものだよ。困ったら、今みたいに困ってるって周りにいってみろ。きっと周りは助けてくれる。それに対してあんたがすることは、周りに感謝してその気持ちを忘れないことだよ」
「槙野さんは、そうしてきたんですか?」
「俺も、片倉も、園村さんも、な。園村さんもそういうところはすごくきちんとしている人だったよ。きっと、それはあんたの中に根付いているはずだよ」
浅緋は槙野に向き直って、頭を下げた。
「槙野さん、ありがとうございます。私、頑張ってみます」
「おう。頑張れ」
槙野と別れた浅緋はオフィスの窓から外に目をやる。
ここはこんなに明るかった?
目に入る光は眩しくて、空は青く澄み渡っているような気がした。
片倉さんに伝えたい。
綺麗な青空をあなたと見たい、いろんなことを一緒にしたいんだって……。
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