上 下
29 / 87
7.浅緋の泣く場所

浅緋の泣く場所⑤

しおりを挟む
 片倉は自分自身がどこまで心穏やかで過ごせるかは、自信が持てなかった。
 浅緋が目の前で緊張して戸惑っている姿にすら、可愛いと思ってしまうのだから。

 心を落ち着けて部屋の中を案内する。
「こちらがリビング、そっちがダイニングとキッチンです。週に2度、お手伝いさんが来てくださるので、部屋の掃除や家事などは任せています」

「あ……」
「あなたはお手伝いさんではないので、そのまま引き続きお願いする予定です。お仕事は辞めても構いませんよ?」

 浅緋には苦労をさせたくはないし、そんなことをしなくても十分に養える自信はある。

 それに浅緋を近くで見ると、側において誰とも接することをしたくなかった、という園村の気持ちが充分以上に理解できてしまったから。

 本当ならば誰の目にも触れさせないで、側においておきたい。

 彼女には好きなことをして過ごしてほしかった。

 それでも仕事は続けたいという浅緋に、片倉は一瞬考える。

 今後、園村ホールディングスの担当を任せようと思っているのは、槙野だ。

 槙野の付き合う女性のタイプは華やかで浅緋とは真逆のタイプだ。それに槙野は仕事と私情を混同するタイプでもない。
  
「来週からはうちのものが園村ホールディングスに伺って仕事をする予定なのですが、その人についていただきましょうか」

「いいですか?」
「あなたがそうしたいのなら。それにそちらに伺うのは信頼できる者ですから」
「はい」

 こうやって、一つ一つの事を2人で決めてゆくのも悪くないな、と片倉は感じていた。
 普段なら面倒にも思うようなことでも、浅緋とならそうは思わないのだ。

「こちらがあなたの部屋です」
 そう言って、片倉がキッチンの隣の部屋のドアを開ける。

 それは片倉がしつらえた浅緋のための部屋だった。
 どう思うだろうか?気に入らなかったらどうしようかと想像すると、片倉ですら緊張してしまう。
 片倉が緊張するような事態はそんなにない。

「家具は足りなかったら入れましょう。気に入らなかったら買い替えても構いません」
「はい」

 浅緋がくるりと見て回っている間、片倉は緊張で大きな音を立てる鼓動を抑えることができなかった。

「片倉さん」
「はい」
「お部屋、ありがとうございます。とても素敵で買い替える必要なんてありません」
「良かったです」

 ひと安心した。どうやら浅緋は部屋を気に入ってくれたようだ。

「ベッドは……ここでよかったのかな?」
 浅緋が気分がよさそうに、にこにこしているので、片倉はついそんなことを浅緋の耳元に囁いてしまう。

「え⁉︎ あ、あ……」
 なにやら浅緋はひどく戸惑っている。

 そう言えば、園村は浅緋には交際の経験はない、と言っていた。
 だったらきっとベッドのことなんて、考えていなかったんだろうなあと片倉は思う。

「あの……私……」
 真っ赤になった浅緋がうつむいてしまった。

 片倉の視線からはそのほんのりと色づいてしまった耳が見える。

 浅緋は自分の顔を一生懸命抑えていたけれど、片倉は可愛らしい浅緋の耳を咥えて味わったら、どんな風になるんだろうと考え、無理はいけないと自分を抑える。

「冗談ですよ。無理しなくていいんです」
「すみません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】シリウスを探してー君は僕の輝ける星ー

エウラ
BL
シリウス(天狼)は伝説的な生き物。誰も見たことがないと言われる神獣。 でも僕は見たんだ。そう言ったのに誰も信じてくれない。だから僕は冒険者になって世界中を探すことに決めたんだ。 幼い頃に出逢った天狼に恋い焦がれて探す旅を続ける青年の物語。 性懲りもなく、突発的に書いてます。好評だったら長編になるかも?(不評でも長編になるかも) 例によって『予定は未定』。不定期更新。 R18には*印付きます。

記憶を失くした婚約者

桜咲 京華
恋愛
 侯爵令嬢エルザには日本人として生きていた記憶があり、自分は悪役令嬢であると理解していた。  婚約者の名前は公爵令息、テオドール様。  ヒロインが現れ、テオドールと恋に落ちれば私は排除される運命だったからなるべく距離を置くようにしていたのに、優しい彼に惹かれてしまう自分を止められず、もしかしたらゲームの通りにはならないのではないかと希望を抱いてしまった。  しかしゲーム開始日の前日、テオドール様は私に関する記憶だけを完全に失ってしまった。  そしてゲームの通りに婚約は破棄され、私は酷い結末を迎える前に修道院へと逃げ込んだのだった。  続編「正気を失っていた婚約者」は、別の話として再連載開始する為、このお話は完結として閉じておきます。

わたしの夫は独身らしいので!

風見ゆうみ
恋愛
結婚をして約1年。 最近の夫は仕事を終えると「領地視察」に出ていき、朝に帰って来るという日々が続いていた。 情報屋に頼んでた調べてもらったところ、夫は隣の領に行き、複数の家に足を運んでいることがわかった。 伯爵夫人なんて肩書はいらない! 慰謝料を夫と浮気相手に請求して離婚しましょう! 何も気づいていない馬鹿な妻のふりを演じながら、浮気の証拠を集めていたら、夫は自分の素性を知らない平民女性にだけ声をかけ、自分は独身だと伝えていることがわかる。 しかも、夫を溺愛している義姉が、離婚に向けて動き出したわたしの邪魔をしてきて――

海人と柊~女装男子~

なにわしぶ子
ライト文芸
時は22世紀。過去へのタイムトラベルが普通の旅として定着し たその時代に、科学者である海人は恋人の柊と共に コールドスリープ実験で100年の眠りにつき、未来で目覚める事になった。 目覚めた先に待っていたものは‥‥ ※他サイトにも掲載しています

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

愚か者は幸せを捨てた

矢野りと
恋愛
相思相愛で結ばれた二人がある日、分かれることになった。夫を愛しているサラは別れを拒んだが、夫であるマキタは非情な手段でサラとの婚姻関係そのものをなかったことにしてしまった。 だがそれは男の本意ではなかった…。 魅了の呪縛から解き放たれた男が我に返った時、そこに幸せはなかった。 最愛の人を失った男が必死に幸せを取り戻そうとするが…。

【R18】18禁乙女ゲームをなんとかノーマルエンドで終えたヒロインですが、ナビ役キャラのモフモフ(実は王子)が本性を現しました

茅野ガク
恋愛
18禁展開から逃げ切ったと思ったら、意外なところに愛を見つけたヒロインの話。 ☆他サイトにも投稿しています

処理中です...