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6.一瞬の邂逅

一瞬の邂逅②

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「ええ。けど他の方とお話をされているのを拝見したんです」
「では、浅緋は君に託す。そうだな……君、書くものは持っているか?」

 片倉は常にメモを取れるようにリーガルパッドを持ち歩いていた。
 その黒いホルダーを園村に渡す。

「よし! 遺書を書く!」
「は!?」
 遺言ではなく『遺書』。

 会社のことについては、顧問弁護士や顧問税理士と相談しながら正式な遺言書を残してあると聞いていた。

 これはそういうものではない。

 園村はたった一人の娘が心配であること、とても大事に思っている事、そして、託すならこの人物しかいないと思っていることなどを連綿と書き綴っていった。

 静かな病室にさらさらと紙にペンを走らせる音が響いていたあの空間を、片倉は忘れないだろう。

 このままにしていても、必ずしも浅緋が望むようなことにはならないかもしれない。
 けれど、この人物は信頼に足る人物だから、と。

「結婚しろ、とは書かない。けれど、そう解釈しても構わないように書いた。あとは君の裁量に任せる」
 その時、その手紙を片倉の目の前で封をし、園村は真っ直ぐに片倉を見たのだ。

 そうして、それから程なくして、園村が鬼籍に入った……と片倉は聞いた。
 一瞬、片倉は信じられなかった。

 雪の降りしきる中の葬儀は盛大なものだった。
 園村の人格を表すかのように、たくさんの人がお別れに押し寄せていた。

 それを、片倉は少し離れたところからそっと見ていたのだ。
 参列客に頭を下げる母娘の姿は痛々しくもあった。

 しかし「喪服と言うのはたまらないものですね」と下世話な会話が耳に入るに至っては、こうしてはいられない、という焦りにも似た気持ちになったことは間違いがなかった。

 園村から預かった『遺書』はカバンの中に常に入っていた。
 もちろんその時も。
 浅緋が幸せになれるのならば、無理に事を進めるつもりはなかった。

 けれど、一度手を離れてしまったら守りたくても、守れない。

 一瞬の迷いが判断を誤ることがある、と片倉は知っている。
 迷っても決断すべきことがあるのだ。

 自分は浅緋が欲しい。
 だから自分の判断は信用できない。

 欲しいから、目が曇っている可能性があるから。
 けれど、園村の判断は信用する。

 それが死の間際のものであったのなら、なおさら。

 ──浅緋さん、ごめんなさい。俺は今からあなたを奪う。

 浅緋はきっとあの遺書を読んだら従うだろう。
 大事に、しますから。

 雪の中の喪服に身を包んだ浅緋は、綺麗と言うよりもけて消えてしまいそうで、彼女を守りたいという片倉の気持ちをさらに強くさせるようなものだった。

 片倉はその後運転手に頼んで、園村家に向かう。
 おそらく、今日の今日訪れるような人物はいない、と踏んだ。

 自分が図々しいことも分かっている。
 それでも後手に回って後悔するようなことはしたくなかった。

 運転手には少し離れたところに車を停めてもらうように依頼した。

 まさか主人が亡くなったばかりの、女性だけのお屋敷の目前まで車を乗りつけるわけにはいかない。

「慎也さん! 傘を……」
「いや、すぐだからいい」

 足早に大きな屋根のある門の中に入り、呼び鈴を押した。
 戸惑った声で出たのはおそらくお手伝いさんなのだろう。

 故人をお見送りしたばかりなので、今日は遠慮してほしいというようなことを控えめに言われる。
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