上 下
29 / 74
7.勝ちを掴みに行く男

勝ちを掴みに行く男①

しおりを挟む
そして時間は少しだけ戻る。
あの翠咲がホテルの前からタクシーで帰ってしまった直後の頃のことだ。

ピピピ……という目覚ましの音をしばらく聞いて、倉橋はアラームを止めた。
ベッドに寝転がったまま枕元のスマホに手を伸ばして、今日の予定を確認する。

──今日は特に面談とかの予定は入っていないな。

倉橋は寝起きがあまり良くなくて、完全に目を覚ますまでそんな感じで十分じゅっぷんほどをベッドの上で過ごすのだ。

かと言って、その時間をぼうっと過ごすことは時間の無駄だと倉橋は思うので、今日の予定や、やることを頭の中で組み立てる時間に充てることにしている。

いくつかの事案を同時にこなしつつ、案件によっては直接の打ち合わせを必要とする。
時間も効率も考えて行動しないと、全ての予定をこなすことはできない。

こうして予定を立てていても、その合間合間に新規の案件が入ってくることもあるのだ。

大体の予定を組んで、その頃には頭もハッキリしてくる。
それからおもむろに起き出して、シャワーを浴びに行くのである。

電車が混み合う前に事務所に向かうのが、倉橋の日常だった。
案件のチェックを済ませ、手続きの準備を進めていく。

法務局への申請や裁判所に提出して欲しい書類などを整理していると、渡真利がやって来る。

「おーす」
「おはようございます」

「なんか、ある?」

「そうですね。先日の山野コーポレーションさんの契約の件ですが、起案はできているので、一度確認していただけますか。あと別件ですが、こちらが裁判所に提出する資料です」

「ああ、早いな」
所長である渡真利に最終的な確認をしてほしいことをまとめてこの時間に確認してもらい、決裁すべきものは決裁してもらう。

「あ、倉橋、今日日中少し時間を空けてもらえるか?」
「何時くらいです?」

「14時くらいだ。訴訟案件が入りそうなんだ」
「空けます」

弁護士である以上、訴訟案件は最優先と倉橋は考えている。

「今担当してもらっている企業宛に訴状が届いたから。今日はその打ち合わせだ。お前、対応してくれるか?」

「もちろんです。どこですか?」
その企業名を聞いた倉橋は驚いた。

ただし、倉橋が驚いたようには、渡真利には見えないだろうが。
少しくらい、眉が動いたかな……くらいだろう。

一方の倉橋は少しだけ、動揺していた。
なぜなら、その企業名は宝条の会社だったから。

先日、割烹料理店から宝条を連れ出して、本当はゆっくり話をしたかったのに。
そのために行きつけのラウンジに連れて行こうと思っていたのに。
彼女はさっさとタクシーで帰ってしまった。

あんな風に、ホテルの目の前で女性に逃げられたことはない。

逃げたわけではないかもしれないが。
その宝条の会社。

「どこの部署ですか?」
「珍しく、傷害査定だな」

現在、傷害査定で法律相談を受けている案件は宝条の件だけだ。
本来ならそれくらい揉め事の少ない部署なのだ。

「どういうことです?」
「支払いがされないことで、腹を立てているんかな。未払いだと訴えを起こしているらしいな。そうなのか?」

「そんなバカな。時間がかかっているだけですよ。調査中です。そもそも疑義案件ですし」
「疑義案件……」

「過剰契約なんですよ」
過剰契約とは、いろんな保険会社と多重に契約をして、大した怪我ではないのに通院を長引かせ、複数の保険会社から保険金を搾取する、という詐欺紛いの行為だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...