21 / 74
5.断れません
断れません①
しおりを挟む
そしてその2ヶ月ほどの後、2回の公判を終え判決が降りた。
裁判には通常時間がかかる、というイメージだったのだが。
何だか早いように翠咲は感じた。
前のようにミーティングルームに課長、翠咲、渡真利、倉橋の4人が集まる。
そうして渡真利が判決文を見せた。
「『保険会社は極力速やかに判断をすること。極力履行期以内での判断をし、契約者に速やかに通知すること』だって」
「えーと、それは……?」
「なるはやで判断してあげてねってこと」
「支払え、ではなくて?」
てっきり払えという話なのだと思っていた翠咲は、きょとんとしてしまう。
「ないねえ。向こうは『払ってくれません』と言っているけど、判断はあくまで保険会社の約款に基づくものだし、こちらは何も約款からは外れたことはしていないからねえ。まあ、時間かかってるのは事実だから、そこはごめんねってことで。大体、まだ判断が下りてもないのに払えって言ってくることがそもそもおかしい」
「もし、判断に不満があるのなら、別件になるしな」
課長もそう言ってくすくす笑っていた。
何となく、こうなることを察していたような気配もある。
「オフレコだけど公判終わって向こうの弁護士と話したけど、弁護士は止めたらしいよ。まだ早いって。でも依頼人が不払いだろうって譲らなかったらしい」
「こっちはまだ払うとも、払わないとも言っていないからね。確認したいから時間をくださいと言っているだけで」
「そこを淡々とうちの弁護士が突いていって裁判官もそれで納得して、この判決。いやー、倉橋先生お見事だったな。あ、今後の対応についてはうちが代理人として弁護士を通すってことになっているから、判断が決定したら、うちに連絡もらえれば結構ですよ」
「何だかその人、メリットあったのかしら……」
「ないね」
渡真利がキッパリと翠咲に言い切った。
「奴は法律を甘く見ている。法はそんな自分に都合の良いいいものじゃない。もし、奴が今度こちらの判断を気に入らないと言って、もしそこに虚偽があれば、裁判で嘘を言うことは認められないからね。それでも闘うなら、こっちも徹底的にやるだけだよ」
渡真利は感じが良い人だと思ったけれど、凄烈なところもある人なんだと翠咲は思った。
倉橋にもそういうところがあるんだろうか。
この淡々とした人でも、正義感で熱くなることが?
ふと翠咲が見る倉橋は相変わらずで、表情を変える気配もない。
「まあ、こいつも分かりづらいけど、今回は超絶に気合入っていたよな」
「いつもと同じです」
「そうかあ? 怒ってんのかなって思ったけど」
「宝条さんが……」
え⁉︎私⁉︎
「宝条さんがあれだけこだわっていたから、黒だと思っただけです。担当者の方はその道のプロですから、おそらく感覚で分かるんでしょう。僕はただ、それを確定する道筋をつけただけです。しっかり確認してくれていたから、もし今後、別件で裁判になっても問題はないと思いましたし」
先日もきちんと翠咲は仕事をしていた、と倉橋は言ってくれていた。
それでも、こんな風に言ってくれると嬉しい。
たとえ、能面であっても……だ。
「ありがとうございます」
「いいえ。仕事をしただけです」
うん。ですよね。
だと思いました。
課長の沢村と二人でお礼を言って、翠咲は渡真利と倉橋を見送った。
裁判には通常時間がかかる、というイメージだったのだが。
何だか早いように翠咲は感じた。
前のようにミーティングルームに課長、翠咲、渡真利、倉橋の4人が集まる。
そうして渡真利が判決文を見せた。
「『保険会社は極力速やかに判断をすること。極力履行期以内での判断をし、契約者に速やかに通知すること』だって」
「えーと、それは……?」
「なるはやで判断してあげてねってこと」
「支払え、ではなくて?」
てっきり払えという話なのだと思っていた翠咲は、きょとんとしてしまう。
「ないねえ。向こうは『払ってくれません』と言っているけど、判断はあくまで保険会社の約款に基づくものだし、こちらは何も約款からは外れたことはしていないからねえ。まあ、時間かかってるのは事実だから、そこはごめんねってことで。大体、まだ判断が下りてもないのに払えって言ってくることがそもそもおかしい」
「もし、判断に不満があるのなら、別件になるしな」
課長もそう言ってくすくす笑っていた。
何となく、こうなることを察していたような気配もある。
「オフレコだけど公判終わって向こうの弁護士と話したけど、弁護士は止めたらしいよ。まだ早いって。でも依頼人が不払いだろうって譲らなかったらしい」
「こっちはまだ払うとも、払わないとも言っていないからね。確認したいから時間をくださいと言っているだけで」
「そこを淡々とうちの弁護士が突いていって裁判官もそれで納得して、この判決。いやー、倉橋先生お見事だったな。あ、今後の対応についてはうちが代理人として弁護士を通すってことになっているから、判断が決定したら、うちに連絡もらえれば結構ですよ」
「何だかその人、メリットあったのかしら……」
「ないね」
渡真利がキッパリと翠咲に言い切った。
「奴は法律を甘く見ている。法はそんな自分に都合の良いいいものじゃない。もし、奴が今度こちらの判断を気に入らないと言って、もしそこに虚偽があれば、裁判で嘘を言うことは認められないからね。それでも闘うなら、こっちも徹底的にやるだけだよ」
渡真利は感じが良い人だと思ったけれど、凄烈なところもある人なんだと翠咲は思った。
倉橋にもそういうところがあるんだろうか。
この淡々とした人でも、正義感で熱くなることが?
ふと翠咲が見る倉橋は相変わらずで、表情を変える気配もない。
「まあ、こいつも分かりづらいけど、今回は超絶に気合入っていたよな」
「いつもと同じです」
「そうかあ? 怒ってんのかなって思ったけど」
「宝条さんが……」
え⁉︎私⁉︎
「宝条さんがあれだけこだわっていたから、黒だと思っただけです。担当者の方はその道のプロですから、おそらく感覚で分かるんでしょう。僕はただ、それを確定する道筋をつけただけです。しっかり確認してくれていたから、もし今後、別件で裁判になっても問題はないと思いましたし」
先日もきちんと翠咲は仕事をしていた、と倉橋は言ってくれていた。
それでも、こんな風に言ってくれると嬉しい。
たとえ、能面であっても……だ。
「ありがとうございます」
「いいえ。仕事をしただけです」
うん。ですよね。
だと思いました。
課長の沢村と二人でお礼を言って、翠咲は渡真利と倉橋を見送った。
0
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす
和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。
職場で知り合った上司とのスピード婚。
ワケアリなので結婚式はナシ。
けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。
物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。
どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。
その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」
春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。
「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」
お願い。
今、そんなことを言わないで。
決心が鈍ってしまうから。
私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。
−−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!!
イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる