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 城から出た時には辺りは既に暗くなっていた。
 本当だったら1泊どこかで宿をとって、明日は1日王都を散策しようとか考えていたんだ。
 遊んでいる場合ではないことは百も承知だし、普通に提案をしてアールが納得してくれるとも思ってはいない。
 だから、戦争が起きた場合に王都にいる人を安全に避難させるための道の把握とか、王都周りの壁の強度確認とか、王都の発展度合いを調べるとか、なんかその辺りのそれらしい理由を付ければ1日位なら息抜きをさせてあげられるのではないか……とかさ、考えていたんだ。
 大陸の王が俺達に対して友好的だったならば、の話。
 アールと俺の父が戦争を企てていることを伝えることで、俺達が大陸の王の味方であると示したいというのが狙いだったし、アールがホーンドオウル侯爵を殺したことの正当性を訴えるにもこのタイミングしかないと思っての行動だったが、完全にアテが外れた。
 戦争を企てている者の子供など、信用するに値しないという思いを感じた……だけならばここまで嫌な胸騒ぎを感じずに済んでいるだろう。
 酷く嫌な感じだ……。
 1秒でも早く王都を離れなければならない気がする。
 俺はいいんだ。
 大陸の王は俺に対しては「帰っていいよ」と全く敵意も興味もなさそうにしていたから。
 だけど、アールに対しては違った。
 アールが城での滞在を望んでいると俺に嘘をついたこと、謁見室に俺だけが呼ばれたこと、変な劇物を飲まされて体が痺れていること。
 他にも不穏なことがある。
 俺の父と、ホーンドオウル侯爵と、大陸の王の3人が既に顔見知りで、戦争を起こされることをある程度は予測されていたことだ。
 それだけじゃない。
 俺の父が戦争に加担することを不思議そうにしていただけで、大陸の王は焦りも怒りもしていなかった。
 ってことはだ、戦争を起こされても鎮圧できるだけの兵力が既に整っていることを意味してるんじゃないか?
 要するに、いつホーンドオウル侯爵が攻撃してきてもいいように準備をしていた……。
 攻撃されるだけのことをしたと考えるのが自然だが……一体なにをしたら戦争を起こされるところまでになるんだ?
 爵位やら財産を没収されているわけでもないし、ホーンドオウル侯爵領は魔物の出る森のせいで屋敷周辺の治安は悪いが、中心部に行くとかなり発展している様子。
 いや、それと引き換えに戦いをしかけないよう取引をした?
 なにはともあれ王都でのデート……もとい、王都でアールに休暇を!計画は無期限延期ってことだ。
 休暇ならば別に王都でなくても良いわけだが。
 「体は平気?このまま歩いて帰るけど、おんぶしようか?」
 肩を貸してくれているアールが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
 色々あってしんどいのは自分だろうに……待て、アールの本音は城に滞在したかったって可能性はないか?
 ただ俺がこんな状況だから「帰ろう」と言っただけで。
 「もう大丈夫だ。それより城に滞在したかったんじゃないか?もしそうなら……」
 いやいや、もしそうだとしても、アールを城に向かわせるわけにはいかないだろ。
 城に残りたいと言われた時、どうやって呼び止めれば……。
 「なんで?」
 くっ……!
 その、キョトン顔は、止めてくれ!
 ふいに、無防備に、近付かれては困る!
 「あ、いや……。アールが城に滞在したいと言っている。そう伝えられたから」
 そして俺は痺れ薬入りの茶を飲まされた後、城から放り出される予定だった……とは言わなくていいよな。
 「え?そんなの言ってないぞ?第一、ジョーが出てからすぐに眠り薬か痺れ薬入りのお茶出されたんだよ。多分、ジョーが飲んだのと同じやつ」
 どうやら俺の見解にさほどの違いはなさそうだな。
 ふむ。
 大陸の王に味方するってのは、ナシだ。
 「体は大丈夫そうだけど……本当に大丈夫か?」
 「大丈夫!毒に対しても防御魔法は有効みたいでさ」
 そうか、それなら安心だ。
 急に殴られて連れ去りを考えられたとしても、そもそも不意打ちの攻撃事態が無効になるんだから大丈夫だし、今日のように毒を盛られてもすぐさま解毒してしまえる。
 あと心配なのは「ついてきてくださいお願いします」と頭を下げられてしまった場合、「いいよ」と気のいい返事と笑顔でついて行ってしまう可能性……。
 王都は危険だ。
 大陸の馬車事情、しかも夜間の予定などを全く知らない俺はチラッとアールを見てみるが、そういえばアールも領地を出るのは初めてだと言っていたっけ。
 だからといって、歩いてこのまま帰るにしても城門を通過するには門番の許しが必要になる。
 来るときは馬車の中にいたからそのまま通過できたが、商人でもない男2人が徒歩で王都から去るというのは流石に怪しいから、そのまま通してくれるとは思えない。冒険者や僧兵を装うことが最も簡単ではあるが、証拠を出せと言われたら詰む。
 そうだ、王都からすぐに出たいという依頼をギルドに出してみよう。このヘルムを売れば報酬代くらいにはなるだろう。
 「あ、いた。島の所の王子様ー、アイン様ー」
 ヘルムを売ろうと思ったところで、買取をしている道具屋や防具屋の場所が分からず、だからといってウロウロすれば道に迷いそうで、どうしようかと立ち尽くしていると、城の方から1人の兵士が走ってきた。
 コイツは確かアールと一緒に中庭まで走ってきた……まさか「ついてきてくださいお願いします」と頭を下げるつもりじゃないだろうな?
 「あ、そうだ。魔力抵抗陣解除するの忘れてた」
 兵士の言葉に警戒していると、なにやら聞き慣れない言葉がアールから聞こえてきた。
 「魔力抵抗陣?」
 「それはなんですか?俺そんなのかかってたんですか?」
 城に仕えている兵士ですら知らないということは、広く知られているものではないのだろうけど、今からかけるぞ!ではなく、かけてたんだったという軽い感じから、大したものでもないんだろう。
 効果は……聞く限り、魔法抵抗の効果がある魔法陣か。
 「うん。城の中って精神攻撃系の魔法陣がいっぱいあったから、ジョーの所にちゃんと案内してもらえるよう、君にだけ催眠と魅了と気力低下と精神支配系の魔力に対抗できる魔法陣を思いつく限り描いたんだよ」
 あっ、思ってたのより凄かった。
 というか、城の中に魔法陣の罠なんかあったのか。
 「うぇぇ!?え、じゃあ皆が急に可笑しくなったのって……え、待ってください。それ解除されたら俺もあぁなるってこと、ですよね?」
 魔力が高くて対抗できるんならいざ知らず、そうでなければそうなるんだろう。
 「なるっていうか……戻る?君も始めはかかってたし」
 なるほど、城に仕えている者達は自分の意思で動いていたわけではなく、全ては術者の意向に沿った言動だったと。
 アールが城に滞在したいと嘘を言って俺だけを帰そうとしたことや、俺達に毒入りの茶を飲ませて動きを封じてからどうにかしようとしたことも。
 だけど、大陸の王がそれを企てた張本人なのだとしたら少し違和感がある。
 王ならば別に毒入りの茶を用意しなくても「王命」ってやつでアールを城に留まるように命令するだけで済んだ話だし、俺に対しても興味なさそうに「帰って良いよ」ではなく兵士や騎士を呼んで城から追い出すようにすれば済んだ。
 術師と大陸の王には若干のズレがある?
 待て……確か兄とカインは、ホーンドオウル侯爵の戦争の準備は半分くらいは終わっていると言っていた。
 だけどホーンドオウルの兵力が大幅に強化された訳でもなさそうで、武器が運び込まれている感じもなかった。
 森の中にいる魔物を戦闘力として利用するって考えも持っていなさそうで、思い返せる範囲では、到底戦争を始めようとする直前の、あの独特な殺伐とした雰囲気ではなかった。
 それなのに、準備は半分終わっている……。
 俺の父の戦力に頼り切った作戦を立てていた訳ではないのなら、見えない所で着々と準備を進めていた……例えば、魔法陣による罠。
 建物内に魔法陣なんて、まるでホーンドオウルの屋敷内みたいじゃないか?
 自分の屋敷内で魔法陣による使用人の変化を実験していたのだとしたら。
 城の内部で操られている兵士の1人1人がホーンドオウル侯爵の戦力だった……。
 「えぇ……あ、えっと。この魔法陣って解除しなければいつまでもちますか?それと、どの種類の魔法陣か教えてもらって良いですか?」
 今回のことで大陸の王の味方にはつかないと決断したのだ、アールを迫害していたホーンドオウルの者達も大概に腹立たしくはあるけど、俺の知らない事情があるのかも知れない。
 なら、大陸の王に有利になりそうなことはさせないに限る。
 「アール、この兵士の魔力抵抗陣を解除して、元の状態異常を付与してから返した方が良い」
 小声で耳打ちをすると、今まさにあらゆる魔法抵抗の魔法陣を伝授しようとしていたアールの手が止まり、若干不審そうな表情で見上げられた。
 あ、へこむ。
 「なんで?」
 元の状態異常まで付与しろと言っているんだ、状態異常を見過ごせって言ってるよりも非人道的なことをさせようとしていることに変わりはない。
 だけど、それがホーンドオウル侯爵の秘策なのだとしたら?
 「……術にかかっている状態の兵士に聞きたいことがあるんだ。1人連れてきてくれないか?」
 一旦アールの疑問を保留にして、俺は思いついたことを試すために城の内部で魔法陣による罠にかかった兵士を1人連れてきてくれるようにと兵士に頼み、城の近くの路地に身を潜めた。
 もちろん、アールにはフルヘルムを被せて変装してもらった上でだ。
 すぐに戻ると去って行った兵士の背中を見送り、戻ってくるまでの間に確認したいことを聞いておこう。
 「城内にある魔法陣だが、ホーンドオウル侯爵が仕掛けた可能性がある。それが戦争の秘策なのだとしたら、兵士にかかった状態異常を解除することはホーンドオウル侯爵にとって不都合だろう。アールが大陸の王に味方するというのなら、止めはしないが」
 の前に、アールの疑問に対する答えを説明しないと。
 「王に味方……?するわけない!ジョーを攻撃されたんだ。それは変わらない」
 攻撃らしい攻撃は受けてないけど、確かに押さえつけられはしたか……それに毒入りの茶。
 それはアールも飲まされたと言っていたし、俺にとっても大陸の王に味方をするという選択肢はない。
 「俺も同じだ。それで聞きたいんだが、魔法陣を描いた本人が死亡した場合、魔法陣自体の効果は残り続けるのか?」
 聞いておきつつ、それはないのだろうとは予想ができる。
 描いた当人が死んで効果がなくなるのなら、販売されているスクロールが一気にただの紙くずになってしまい、販売店への払い戻しで大混乱になりえるからだ。
 それに、スクロールの発動条件はすでに込められている魔力を使用者が発動させるもの。
 既に込められている魔力なのだから、製作者の生死は関係ないだろう。
 「んー効果によるかな……例えば、城まで移動するって魔法陣を描いた後、発動した時点で城が崩壊していたら無効になる。でも、建物ではなくて土地を目的地に指定した時は残るよ」
 なるほど?
 建造物を目的にしたら、その建造物がなくなった時点で行先不明になるけど、土地を目的地にしたときは、建造物がなくなろうとも土地は存在し続けているから無効にはならないと。
 対象物があれば問題なく発動できるってことか。
 「しかし、城のどのあたりに魔法陣があるんだ?謁見室までの廊下にはなかったけど」
 普通に考えれば入り口か、案内された部屋のドア周辺だろうけど、全く魔力のない俺が無事なのだから、そんな分かりやすい箇所にはなかったのだろう。
 使用人のほとんど全員がかかっていた感じだったから、使用人が使っている部屋の辺りとか、兵士の訓練場、食堂とかその辺りだろうか……。
 「あー……ジョーにも魔力抵抗陣描いてるんだ。城内の魔法陣は彼方此方にあったよ」
 彼方此方に!?
 もし俺が精神攻撃の影響を受けていたら、アールを城に残して1人で帰っていただろうか?
 いや、今は起きなかった過去を妄想して怖がっている場合ではない。
 「……自白させられるような魔法はあるか?」
 術にかかっている兵士がなにを実行するように動いているのかを確認できれば、術師を知ることができそうではある。
 そうなれば後は術師を捕まえて、誰の味方であるのかを吐かせられれば……。
 「そんな都合の良い魔法陣はないよ」
 精神を乗っ取るレベルの状態異常は付与できるくせに、自白させられる魔法がないなんて不自然じゃないか?
 それとも、都合の悪そうなものは開発させなかったといった方が正解か?
 「お待たせしました」
 会話がひと段落ついた頃、1人の兵士を肩に担いださっきの兵士が走って戻ってきた。
 王都にはこれ以上長居したくないから、サクッと検証してみよう。
 急に連れてこられただろう筈なのに、黙ったままぼんやりとしている兵士の前に立ち、目の前で手を叩いてみると、すっと視線が手に向いただけで他に反応はない。
 城から離れたところですぐに症状が緩和されるわけではないらしい。
 次。
 「国王からの命令だ、今すぐこの場に座れ」
 兵士は数秒後にゆっくりと座ると、ぼんやりと俺達の膝辺りを見ていて視線が合わない。
 反応は鈍いけど一応大人しく従うのか……。
 「国王からの命令だ、今すぐ立て」
 なんの感情もないのか、のそりと立ち上がった兵士は真っ直ぐに前を向いていて、やはり視線が合わない。
 「ジョー、これはなにをやってんの?」
 ただの確認作業だ。
 「見てて。ホーンドオウル侯爵からの命令だ、座れ」
 言い終えてすぐ、視線を下げればすでに座っている兵士がいて、顔を上げて俺を見ていた。
 これは……疑いようもないな。
 「あ……魔力抵抗陣を解除して、念のため2人の記憶を数分消しておくよ」
 こうして兵士達には城に戻ってもらい、俺達はあれだけ警戒していた王都の出口に向かった。
 当然のように立ちはだかる門番だが、その目はどこか宙を見ていて視線が合わないので、後はもう簡単に王都からの脱出に成功できた。
 馬車を利用していないから、賊に見つからないようコソコソと隠れながらホーンドオウル侯爵領に向かう。
 「アール、1度ホーンドオウル侯爵の所に戻ってみないか?しっかりと生死確認をしよう。もうやってる?」
 すでに生死確認を入念にしていたのだとしても、もう1度しっかりと確認する必要がある。
 兵士にかかっている状態異常は、ホーンドオウル侯爵によるものだという確信があるからだ。
 そしてその効果は、恐らくホーンドオウル侯爵の命令に従うようにかけられている。
 建造物が座標の移動スクロールや魔法陣が、その建造物がなくなった時に無効になるのなら、ホーンドオウル侯爵が死んだとき、兵士の状態異常は解かれていなければ辻褄が合わない。
 ホーンドオウル侯爵は、どんな状態であろうとも生きているに違いない。
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