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 少しの間、馬車の中で眠っていた俺は、体をゆすられる感覚で目を覚ました。
 目を開ければフルプレートアーマーに身を包んだ騎士が1人いて、馬車の中にいる筈のアールの姿は何処にもなかった。
 ああ、そうか。
 アールは森に行く時間か。
 騎士の男は、馬車は回収するから部屋に戻れと言ったにも関わらず、馬車には触れずに侯爵家を出て行こうとするから、あまりにも妖しくてレッドドラゴンと共に後を付けることにした。
 そうしたのは多分……森に行くための口実だったのかも知れない。
 もし騎士が森の方向とは別の方に向かっていったとしても、俺はきっと森に向かったのだろう。
 実際、騎士は森に向かったし、森の入り口付近にいたアールと合流までする上……。
 「ついて来て」
 アールに見つかってしまった。
 手を繋いて歩き、魔物が現れたらアールが戦い、また手を繋いで騎士の後ろをついて行く。
 騎士は何度もアールに向かって疲れていないか?と声をかけているが、自分は一切戦おうとしないし、武器すら構えない。
 本来なら、侯爵家の次男であるアールの方が騎士よりも立場は上だし、なんなら騎士が率先して戦うのが普通じゃないの?
 もしかして騎士ではない……まさか、アールに言うことを聞かせられる魔法をかけた人物?
 そんなことが出来そうな人物に、心当たりがある。
 「お前は、あの時の魔法使いか?第15王女は何処だ!無事なんだろうな!?」
 言ってすぐにアールが俺の手を握る力を強め、騎士はこっちを向くと、まるで俺が言葉を発するとは思っていなかったかのように大袈裟にビックリして見せ、
 「しー……今案内してる所だから、少し大人しく、ね?」
 と、人差し指を立てた。
 瞬間、息が苦しくなる。
 助けを呼ぼうにも、声が出せない。
 満足に呼吸ができない。
 なんだこれ……死ぬほどではないが、声が出ないし息苦しいから大人しくするしかない。
 「質問は後にして、まずは大人しくついて行こう」
 そうだな……どのみち、大人しくする他の選択肢を奪われた状況だ。
 頷けば少しだけ微笑んだアールは、ゆっくりと俺の喉元に触れ……特に呪文を唱えた訳でも魔法陣を描いたわけでもないのに、それだけで呼吸が楽になった。
 歩いた時間は正確には分からないけど、かなりの距離を歩いた先にはポッカリと口を開けた洞窟があり、自然的な洞窟に不釣り合いな人工的なドアが付いていた。
 コン、コンコン。
 特徴的なリズムでノックをした騎士がドアを開けると、思いの外元気そうな様子で1人の人物……15王女が出迎えてくれた。
 洞窟内に作られた部屋の中にはテーブルセットがあり、食事が作れるようにキッチン台も完備されていて、洞窟であることを忘れる位に快適な空間になっている。
 そんな中、アールは迷うことなく部屋の隅に向かって歩くとスッとなにも言わず、地べたに座り込んでしまった。
 その、なんだろうな……自分が座る場所は部屋の隅で、しかも地べたであることが当たり前かのような振る舞いが嫌だ。
 隣に座り込み、とりあえず何故かこの場にいるトリシュについて尋ねてみれば、騎士はアールに向かって“解除してみろ”とか言い出した。
 なんでも、ホーンドオウル侯爵家には色んなトラップがあるらしく、トリシュはそのトラップにかかっている状態なのだそうだ。
 そしてそれは俺もかかっていなければ可笑しいのだと。
 この騎士、一体何者なんだ?
 「ジョセフ、こちらの事情は全てカインに話している。大丈夫、彼は味方だ」
 騎士に対しての不信感を抱いている俺の心中を察したのか、15王女はそう声をかけて……え?
 カイン?
 ホーンドオウル侯爵家長男のカイン?
 ヘルムを外したカインの顔は、女神のように美しい。
 今日初めて直接目にしたんだけど、確かにこれでは父に目を付けられても仕方ないな……これで魔力に長けているなんて、むしろ今までよく無事だったなと言いたい。
 さて、こちらの事情を全て伝えているのだとしたら、いつまでも15王女と呼ぶのも可笑しな話で、でもアールにはまだなにも伝えていないから、どうしようかな……。
 「そっちの2人は任せるよ。アインには俺から説明するから」
 カインは、なにも知らずに首を傾げているアールの肩を抱いて俺から離れていき、そんな俺は今後の話を聞くために第15王女……兄の元に向かった。
 「……俺達の状況をどこまで説明した?」
 カインに全て話したとは言っていたけど、父がカインを妃にしようと企んでいた所までは言ってないのだろうし、そうなると島の国の錬金術についても言ってない?
 いや、でもそもそも錬金術があるからこその今だから……。
 「あぁ、全部。本当に全部言った。親父の妃候補だって話しも、魔力が高い母親から生まれた子供が欲しいんだって親父の目的も」
 言ったのか。
 それでよくカインは俺達の味方になろうと思ったな……。
 普通なら俺達もろともって感じじゃない?
 「で……どちらとして戦うつもりだ?」
 父とホーンドオウル侯爵の反乱軍として戦うのか、縁もゆかりもない大陸の王族のために戦う……いや、どちらでもなくて身を隠すのか?
 「カインは弟の意見を聞きたいと言っていたから、実はそこ、まだ未定なんだ」
 アールの意見……。
 「アインはなにも知らないのでは?それに、カインは戦争が起きそうなことは説明したようですが、他のことは説明するつもりがないように思えます」
 トリシュはアールとカインの会話に聞き耳を立てていた様子で、チラリと2人の方を見た。
 だから俺も耳に集中してみれば、アールはかなり的外れなことを、真剣な表情で言ったのだった。
 「魔物を森から出したら、城の前に領地の人達が大変なことになる」
 魔物が森から出たら、確かに侯爵領の街は少なからずの被害は受けるんだろうと思う。だけど、その後大陸の城に向かうってところが全く違う。
 まさか、そこから?
 大陸の人間は魔物が何処から来ているのかについて、本気でなにも知らないのか?
 「……はぁ……違う」
 しかし、カインは溜息と共に違うと言い放った。
 つまりカインは知っているんだ。
 知っているから、自分では戦おうとしなかったのだろうと思うと、フツフツと怒りがこみあげてくる。
 「……カイン、お前の弟はどれほど過保護に育てられたんだ?何故なにも知らない?おい、弟、この森から出た魔物が向かうとするなら、それは島の国だぞ?」
 あまりにも不憫に思ったのだろう、兄は軽く真実を伝えたんだけど、それをカインは良く思わなかったらしく……あろうことか、アールを“森の中で魔物を狩る人間”と呼んだ。
 あ、ダメかも知れない。
 俺はカインが嫌いだ。
 「ほぉ、お前達はなにも知らぬ子に魔物狩りを押し付け、その後もなにも教えずにいた訳だな?」
 しかし兄はまだカインに希望を持っているのか、試すようなことを言っている。
 早々に見限らないあたり、兄はカインを気に入っているのだろうが……カインは一切折れることなく、アールにはなにも教えないまま魔物退治を続けさせようという姿勢を崩さない。
 でも、これからも魔物退治をし続けるアールにとっては、なにも知らないままの方が良いのかも知れないとも思う……教えても、教えなくてもアールが担う仕事が変わらないのなら、確かに……。
 カインを気に食わないと感じている俺の方がアールにとっては負担になるのか?
 黙るしかない俺の隣にやってきたアールは、言い合いを続ける兄とカインを眺めながら、しみじみと言った。
 「15王女は、ジョーの姉じゃなくて兄さんなんだな」
 気になるのってそこなんだ?
 もっと他に色々気になる話は聞こえたでしょ?
 え?
 本当にそこなんだ!?
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