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 アクセサリーショップに行こうと声をかけて食堂を出た所で、雲行きが怪しいことに気が付いた。
 雨が降りそうとかそういう天候的なことではなくて、気配というのか、嫌な予感と言うのか。
 森で魔物が出たのだろう……でも今日は天気が良いし、今は昼間だから見張りをしている他の騎士達でも十分の対処ができる。
 無理なら誰かが連絡してくるだろうし。
 「どうされましたか?」
 急に立ち止まって空を見上げたまま黙っている俺を不審に思ったのか、姫様が俺の横に立ち、同じように空を見上げながら尋ねてきた。
 こうやって横に並んでみると、姫様は確かに小さく感じるし線が細いと思う。
 あくまでも、男性にしてはの話しだけどね!
 「なんでもないよ。姫様、兄さんが贈った指輪ってどんな感じだった?」
 今日はとにかく指輪を買おう。
 盗人が見つかって指輪が戻ってくればそれに越したことはないんだけど、もし戻って来なかった時のことを考えるとさ、やっぱ兄さんが帰ってきた時に指輪がないってのは良くないだろ?だから、物凄く良く似た指輪を買わなきゃならない。
 「えっと……そうですね……えっと……」
 ん?
 姫様は考え込み、指輪を思い出している筈なのに自分の指やら手ではなく何度も地面を眺めている。
 もしかすると1度も指にはめたことがなかったのかも?
 たしかに、指につけていたのなら盗まれてなかったかも知れないのか。
 いや、指につけたことがなくても、指輪の特徴くらいは言えそうなものじゃない?
 何色の宝石がついていたーとか、大きさはこれ位だったーとか、宝石の数とかさ。
 「姫様、もしかして指輪をちゃんと見てなかったとか?」
 貰って嬉しいものなら、指につけなくてもジックリ見るくらいはするもんじゃない?
 姫様は兄さんが心底好きだから、指輪をもらってうれしかった筈……なのにまるでしっかりと見たことがないみたいな反応は可笑しい。
 もらってないってことはないよな?指輪は贈ったって父さんが言ってたし。
 「……っ……」
 は?
 え?
 なに?
 「ちょっ……姫様!?」
 息が詰まったような、そんな音がするから姫様の顔を覗き込んで少しばかり頭が鈍くなった。
 なんで泣いてんの?
 なんでそんな絶望的な表情してんの?
 「……アイン様、少し席を外していただけますか?」
 両手で顔を覆ってしまった姫様の肩を抱いたトリシュは、同じような泣きそうな表情で言ってくるから、俺はもうなにも言えなくなってしまい、1人でアクセサリーショップの中に入った。
 店内から外を見れば、姫様達がなにか話しているのが見えるんだけど、声は全く聞こえてこない。
 指輪の話しは地雷だったのだろうか……。
 もしかすると、兄さんがとんでもない指輪を贈った可能性がある?
 サイズが全く合わないとか……明らかに中古とか……指輪の内側に“ジュリアへ、カインより愛をこめて”みたいな感じでがっつりと名前を間違えたとか。
 いや待て、大切な指輪を盗人に奪われたことを嘆いているって方が自然だな。
 うん。兄さんのことが好きであればあるほどその事実は重くのしかかるだろう。
 それなのに、似たような指輪を買うよーみたいな軽い感じでは……そりゃ泣かれるわ……。
 よし、ならやることはひとつしかない。
 犯人を見つけて、兄さんが贈った指輪を取り戻すことだ。
 とはいっても、魔力だけで言えば相手の方がかなり強そうではあるんだよな……完全に目隠しに出来るだけの風魔法と、姫様とトリシュを拘束できる力。
 あぁー……全然泣き止みそうにないぞ……どうやったら泣き止んでくれるだろう?
 なにをすれば笑ってくれるだろう。
 どうすればまた買い物に付き合ってもらえるんだろう?
 折角アクセサリーショップ内にいるんだ、なにか……指輪以外でなにか贈ろう。
 どうせだったら似合いそうなものが良いな!
 この際だから女性らしいデザインは排除して、姫様の体形とか骨格とか、そんな姫様の特徴として似合うもの……。
 店内をゆっくりと歩きながら、アイテムをひとつひとつじっくりと眺める。
 ブレスレット、ネックレス、ティアラ……おっと、これは剣の刃の部分が宝石でできた完全インテリア品か。
 姫様に贈るんなら剣よりもレイピアか弓……後衛が良いだろうから弓だな。
 姫様の弓の腕前次第では、弓に魔法陣を仕込んでおいてスピードアップとかのバフも狙えそうではあるけど、単純に敵にあたった時に発動する小爆発の方が威力は出そうな……でも味方に当たった時が大惨事過ぎるんだよアレ。
 って違うだろ俺!
 女性に贈るアクセサリーを選んでて、何故に武器を贈る方向になるんだよ。
 軽く首を振り、再び店内を歩いていると花をモチーフにしたなにかが目に入った。
 なにに使うものかは分からないけど、この濃い紫色と黒の、一見すると暗い色合いの花は、姫様の青い髪に絶対によく合うはずだ。
 「なっ、これはなんだ?何処につけるもの?」
 「こちらはヘアアクセサリーになります。こうして、髪につけるものですよ」
 これだ。
 姫様に贈るヘアアクセサリーを購入し、プレゼント用にと箱に入れてもらった。
 コッソリと窓から外を見れば姫様とトリシュはアクセサリーショップから少し離れたベンチに並んで座っている。
 見る限り泣き止んでいるようだけど、沈んだ雰囲気のままだ。
 トリシュから席を外して欲しいって頼まれてアクセサリーショップに入ったはいいけど、出ていくタイミングが分からないぞ……呼びに来るまで待ってればいいのか、それとも落ちついたー?とか軽い感じで話しかけながら近づけば良いのか。
 泣いた理由って、聞いて良いのだろうか?
 いや、それは俺が無神経に指輪のことを話題に出したからなんだろうけど……。
 でも用意した方が良いんじゃないかって思ったからさ……だって、兄さんが戻った時に指輪がなくなってることを責められでもしたら可哀想だなーって思ったんだよ。
 兄さんはそんなことで怒ったりはしないんだけど……何分侯爵家の後継者だからな……ちょっとしたことでも不敬だ!って過保護に五月蠅い人がいるんだ。
 特に長年侯爵家に仕えている執事とか侍女長とか、そういう感じ。
 その2人からは俺も嫌われてる位だからな、余程なんだ。
 って、こういうことを先に伝えてから指輪を買おうって話を切り出せばよかったのか!
 泣かせてしまったし、なんか一気に嫌われてるとかない……よな?
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