ボクらはあの桜の麓で

由海

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  あの日彼女と会った日、家に帰った僕はすぐにばあちゃんに桜の写真を見せた。写真を見るばあちゃんの目は近くの画面を見ているより遠い過去を見ているようだった。「綺麗だねー」「懐かしいよ」とばあちゃんは口にしてから「おとうさんとまた見に行きたかったね」と仏壇に置かれた写真に語りかけていた。
  僕は次の日もその次の日も行ける日は彼女のいる丘に向かった。たまにばあちゃんの畑の手伝いとかで行けない日もあったが、彼女に会うことが僕の春休みの日課になっていた。
  彼女と出逢った時の満開の桜の花はだんだんと散ってしまい、今は青緑の葉がちらほら芽吹いている。時間の流れが早く感じた。けれど彼女について知れたことあった。
  彼女は佐々木 芽衣ささき めい。僕より二歳年上の十九歳。僕より年上だけれどすこし子供っぽいところがあってなんだか面白い。それに彼女は「私はもうすぐお酒も飲めちゃう大人なんだよ春翔くん」と言って年下の僕を小馬鹿にする。あとは決まった時間に迎えにくる家族より前に僕が帰るというのが僕らささやかなルールでもある。こうやって彼女の事を考えてみると案外知れたことは少なかったのかも知れない。でもまあ僕としては上々だと思う。そういえば彼女は僕が偶然あげたべっこう飴をとても気に入ったようだ。今日も彼女にもって行ってあげよう。
「いってきます」
「はるくん今日も丘に行くのかい?」
「写真を撮りに」
「そうかい、ばあちゃんはてっきり誰かにでも会いに行くのかと思ってたよ、最近はるくんはなんだか楽しそうだからね」
  そう言って笑うばあちゃんには敵わないと思った。僕が彼女と逢ったことはばあちゃんには言ってない。丘に写真を撮りに行くとだけ。

「最近僕って楽しそうにしてますか?」
  今日の朝の出来事を彼女に話した。そしたら彼女はくすくすっと笑っている。
「そうだね、最初の頃より春翔は楽しそうにしてるかもしれない」
「僕はたいして変わったとは思えないけど」
「そういうのは自分ではわからないものだよきっと、それに春翔が楽しそうにしてるのって毎日私に会えるからでしょ?」
  そう言ってにこにこ僕を見る彼女に僕は内心むせた。けど僕は彼女に小馬鹿にされないように必死に隠す。
「なわけないじゃないですか、僕はただ写真を撮りたいからここにきてるんです」
「どうだか、春翔は素直じゃないんだから」
  結局僕の肩を意地悪くつつく彼女は僕を小馬鹿にしている。
「私は楽しいな」
  彼女はそう囁くように言った。たしかに僕は彼女の言う通り素直なんかじゃないから彼女に向かって「僕もです」だなんて言えないけど、聞こえていることだけは伝えようと小さく頷いた。
「そういえば春翔はもうすぐ学校が始まるんじゃない?」
「そうですね」
  春休みの残りの日数を指で数えたら、片手だけで数えるほどになっていた。憂鬱だ。
「春翔は引っ越してきたからきっとクラスで自己紹介とかしなきゃいけないんだろうね、春翔苦手そう、頑張って友達作りなよ」
「自己紹介も友達作りもたしかに苦手です、成功した試しがありませんから」
  また彼女はくすくすっと笑っている。そんな気がすると言わなくても彼女がそう思ってることは伝わってくる。
「そうだね、とりあえずその固まった表情筋を緩めて笑顔でいこう」
「笑顔、ですか」
「そうそう」
「、、頑張ってみます」
  そう宣言した真面目な僕は帰りのバスの中で一人笑顔の練習というのをしてみた。本当に表情筋が固まってしまったのだろうかと思ったがなんとか形にはなった。そんな僕の顔がバスのガラス越しにうつった、なんてばかばかしいことをやっているんだと思った。やっぱり僕は彼女に逢ってからなんだか愉快な人間になってしまったみたいだ。少しおかしかった。こんな所を見られたら絶対に小馬鹿にしてくる彼女を思い出すと自然と口元が緩んでいた。
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