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六 手紙

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「なによ、暴言でも吐かれるの?」
「私はいつもそうですね。冷ややかな暴言を言われますよ」
 頭の中で想像してみるが……、中々浮かばない。
 アランシアは興味をひかれて尋ねた。
「例えば?」
「地の底の様な低い声で『わざわざ殺されに来たのか、この腐れ虫が』とか『お前みたいな汚物をなぜ朝から見なくてはいけない』とかですね」
「……それは最悪ね」
 起こすだけでそんな事を言われるだなんてとんでもない。
 アランシアがゾアの頼みを拒否しようと口を開こうとし、ゾアの言葉がそれを遮った。
「でも、それはあくまでも私の場合です。アランシア様はわかりませんよ?」
「……そうは全然思えないんだけど」
 胡乱な目で彼を見るが、結局はため息で感情を飲み込む。用があるのだから、どのみち起きてくれないと困る。
「いいわ。案内して」
 ゾアは思い切り笑顔を見せてアランシアを中庭へと案内する
 いくつかの回廊を渡った先にある中庭へ導かれ、大きな木下で寝そべる王太子を見つけた。
 ベンチどころではない。地面に直接寝転がっている。
「ちょっと、ゾ……」
 従順な彼が、先ほどまで隣にいた彼が──風の速さで建物内に駆けて行った。
 そのまま姿が見えなくなり、おそらくゼイヴァルの執務室で帰りを待つつもりなのだろう。
 清々しいほど薄情な男だ。
 アランシアはため息を吐き、仕方なくゼイヴァルを起こすために近寄る。
 腕を枕にして大胆に寝る彼は、寝顔がさらされていた。それを初めて見たアランシアは思わずしゃがみこんで手を伸ばす。
 寝顔は見たことがない。
 初夜だって、アランシアの寝顔は見られただろうが、彼のは見れなかったのだ。
 だから、思わず確かめたくなる。
 こんなに良く整った──高い鼻梁、薄い唇に、淡い茶髪、長い睫の──精悍な顔を持つ男が、アランシアの夫だろうか。
 ドレスが汚れるのも構わずアランシアは手入れの行き届いた芝生に座り、横で寝そべるゼイヴァルの顔を覗き込む。
──よく眠ってるわね。
 寵姫の所へ昨夜、ゼイヴァルが赴いたと愛人達は言っていたが、ラリアの話を聞く限り、やましい事はなかったのだろう。
 もしかして、すぐに帰ったのかもしれない。
 そんな事を考えていると、寝ているゼイヴァルが顔をしかめ、
「っくしゅ!」
 くしゃみをした。
 その子どもみたいな仕草にアランシアは思わず頬を緩めて彼の頭を撫でる。
──寒いのかしら。
 指で頬をさすり、熱でもないかと手のひらを額へ移動させる。
 平常の体温を感じさせるその額に熱はなさそうだ。
「……アラン?」
 薄くまぶたを開けて、ゼイヴァルが問いかける。起きたのだろうか。
「おはよう、殿下」
「……おはよう」
 苦笑気味に彼は挨拶を返す。そして、自分の手が今、彼の額にある事に気づいて、羞恥で顔が赤く染まった。
 慌てて引こうとしたアランシアの手を、ゼイヴァルが掴んだ。
「起こしに来てくれたの?」
「……ゾアに、頼まれて」
 そう答えるが、彼はあまり聞いていない様子だ。まっすぐ見つめられ、更に顔が熱を持つ。
「起きたのなら離して頂けないかしら」
 問うても返事はない。
 なぜかと不思議に思っていると──急に押し倒された。
 いつの間にか彼が自分を見下ろしていて、アランシアは柔らかな芝生に寝転がっている。射抜くような瞳が、すぐ近くにある。
 ゆっくりと顔を近づけられて、額や頬に口づけされた。
「やっ、殿下!?」
 彼は何も言わない。
 抵抗しようともがくアランシアの両腕は、糸も容易く頭上で彼の片腕に固定される。
 耳を甘噛みされて、唇にも口づけられそうになり、アランシアは真っ赤に染まりながら顔を背ける。
 だが、空いたもう片方の彼の手でおとがいを捕まれて、彼の方へ向かされる。
 強引に口づけされて、涙があふれた。それを彼の指が拭う。
──熱い。
「ごめんね」
 それは何に対しての謝罪なのか、アランシアは考える事ができなかった。
 ただ胸が苦しくて、無性に泣きたくなる。
──謝らないで欲しい。
「アラン」
 耳元で囁かれる自分の名前に、酷く胸が高鳴る。
「アラン」
 乞うように口づけされて、段々と理性が鈍くなってきて──ガチャンと茶器の割れる音がした。
「も、申し訳ありません!」
 女官が顔を真っ赤に染めて駆けていき──ようやく自分の現状を思い出す。
「殿下、いい加減にして下さい!」
 のしかかる彼の胸を押すと、ようやく理性が戻ったのか、ゼイヴァルはすぐに退いた。
「……寝ぼけてた」
 顔をしかめてそう言う彼に、アランシアは目を見開く。
──ゾアとは別の意味で怖いわね。

    ***
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