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三 愛人達
四
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金髪に近い、淡い茶髪。その鮮やかさに一瞬目を奪われた。
先程も会ったばかりなのに、どうしても見慣れないその男――ゼイヴァル王太子がこちらにやってきた。
晴れて同盟国の王女を妻を迎えた彼は第一王子から王太子へと位を上げたわけたが、やはり他の王子達から飛び抜けた何かを秘めている。
「ごきげんよう、殿下」
アランシアがにっこり微笑んで挨拶すれば、彼も笑顔でアランシアの手をとり、少し身をかがめて口づけを返した。
「そちらの二人が君の侍女達だね?」
「こっちが長年一緒にいるポーラと……」
「ローテスですわ、王太子様!」
アランシアが言い終わらないうちにローテスがポーラを押し退け、勢い良く前に進み出た。
「ちょっとローテス!?」
ポーラが怒りで顔を真っ赤に染めるが、ローテスはお構い無しだ。キラキラと目を輝かせ、ゼイヴァルを見つめている。
若干ローテスの方がくすんではいるが、ゼイヴァルと似たような髪色の彼女を見て、その時アランシアは唐突に悟った。
──もしかしてローテスって……。
この王子が好きなの?
疑問というにはもっと確信のある……。否、アランシアは確信したのだ。
やっぱりモテるのね、と頭の片隅で思うと、小さく胸が痛むが、気にしないふりをしてにこやかに微笑んだ。
「それにしてもこの国の昼食は早いのね。まだ朝食からそんなに時間経ってないわよ?」
「うん。昼食というか、ちょっとしたお茶を一緒にと思ってさ」
そう言いながらゼイヴァルがアランシアの長い金髪を手にとり、口づけを落とす。
手にも髪にも勝手に口づけしないで欲しいと思ったが、口には出さない。
「結ってるのも良いけど、おろしている方も綺麗だ」
薄茶の瞳に真摯な眼差しを向けられ、ちょっぴり心臓の鼓動が速くなる。緩やかな弧を描く口元はとても妖しくて、思わず見とれてしまい、アランシアは大いに動揺した。
「な、なな何よ」
「いや? ただ、今夜が楽しみだな、と思ってさ」
「今夜?」
パーティーか何かあったかしらと首を傾げると、小さく笑われた。
「……さて、そろそろ時間だろう」
ぱっと話題を変えられ、アランシアは更に首を傾げる。だが時間になったのならお茶をしに行きたい。ゼイヴァルに手を引かれながらアランシアはお茶と共に出されるお菓子を思い浮かべた。
それを背後で見守るポーラの後ろに控えるローテスがきつく唇を噛み締めてアランシアを睨み付けていたなんて、全く気づかなかった。
***
他国から輸入したダージリンを使用した紅茶が、特有のマスカテルの香りをのせて自分の前へ出される。
その紅茶の奥には鮮やかな色彩を持った砂糖菓子や、小さく切られたフルーツに、食欲をそそるゼリーやチョコレート、ケーキまで色とりどりだ。
「紅茶は好き?」
「ええ。甘い物と一緒に飲む紅茶はとても好き」
丸い小さな白いテーブルに向かい合って座る二人は、庭がよく見えるバルコニーでお茶を楽しんでいた。
「とても落ち着くわ。変人のくせにセンスは良いのね」
「変人って酷いな。でもこの場所が気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
にこやかに笑うゼイヴァルの笑顔にどきまぎしながらアランシアは紅茶に口をつけた。こんなゆったりできる時間も悪くない。そう思っていると、結婚式でリングピローを抱えていた少年がトレイに手紙を乗せてゼイヴァルに差し出す。
ゼイヴァルは紅茶のカップを皿に置き、手紙を受け取った。
「宛名がないな。誰からだ?」
「ヒヤシンスからの恋文です」
「ヒヤシンスか」
ヒヤシンスとは何なのか。よく話がわからないアランシアは首を傾げた。何かの隠語だろうか。
「ヒヤシンスって?」
「すまし顔の花だよ」
では花からの恋文という事だろうか。なんてファンタジー溢れる事だろうと些か疑いの目を向けていると、テーブルの上に乗せている手をゼイヴァルに握られた。
「な、なによ」
一気に顔が赤くなるのが自分でもわかった。彼は、返事を返さず酷く真摯な目で見つめてきた。
「ちょっと、いきなりなんなの」
「いや、今夜が凄く楽しみで」
「……一体さっきから何なのよ、今夜って」
眉根を寄せながら尋ねると、ゼイヴァルがにっこり笑った。思わず見入ってしまいそうになり、アランシアは慌てて目を反らす。
「何って、夫婦が夜、何をするかってのは大抵決まってると思うけど?」
夫婦が夜、何かをするとしたらそれは……。
「……え?」
呆けた顔で、アランシアは思わず聞き返してしまった。
「だって、今日は初夜ではないでしょう?」
初夜、と女性が大っぴらに言うものではないが、ややこしいのが嫌いなアランシアは遠回しにしたりせず、尋ねた。
若干驚いた様な顔をしたゼイヴァルだが、すぐに小さく笑みを溢した。
「君の国では結婚式の晩がそうだと決まっているのか」
「……ルクートは違うの?」
「ルクートでは一般的に結婚式の次の晩となっている」
「……そ、そう」
──ルクートの事についてよく調べておくべきだわね。
世間知らずにも程がある。恥ずかしくて堪らなくなったアランシアは誤魔化そうと空いた片手で紅茶に口をつけた。まあそもそも初夜などすっかり忘れて昨日は爆睡していた事は秘密だ。
先程も会ったばかりなのに、どうしても見慣れないその男――ゼイヴァル王太子がこちらにやってきた。
晴れて同盟国の王女を妻を迎えた彼は第一王子から王太子へと位を上げたわけたが、やはり他の王子達から飛び抜けた何かを秘めている。
「ごきげんよう、殿下」
アランシアがにっこり微笑んで挨拶すれば、彼も笑顔でアランシアの手をとり、少し身をかがめて口づけを返した。
「そちらの二人が君の侍女達だね?」
「こっちが長年一緒にいるポーラと……」
「ローテスですわ、王太子様!」
アランシアが言い終わらないうちにローテスがポーラを押し退け、勢い良く前に進み出た。
「ちょっとローテス!?」
ポーラが怒りで顔を真っ赤に染めるが、ローテスはお構い無しだ。キラキラと目を輝かせ、ゼイヴァルを見つめている。
若干ローテスの方がくすんではいるが、ゼイヴァルと似たような髪色の彼女を見て、その時アランシアは唐突に悟った。
──もしかしてローテスって……。
この王子が好きなの?
疑問というにはもっと確信のある……。否、アランシアは確信したのだ。
やっぱりモテるのね、と頭の片隅で思うと、小さく胸が痛むが、気にしないふりをしてにこやかに微笑んだ。
「それにしてもこの国の昼食は早いのね。まだ朝食からそんなに時間経ってないわよ?」
「うん。昼食というか、ちょっとしたお茶を一緒にと思ってさ」
そう言いながらゼイヴァルがアランシアの長い金髪を手にとり、口づけを落とす。
手にも髪にも勝手に口づけしないで欲しいと思ったが、口には出さない。
「結ってるのも良いけど、おろしている方も綺麗だ」
薄茶の瞳に真摯な眼差しを向けられ、ちょっぴり心臓の鼓動が速くなる。緩やかな弧を描く口元はとても妖しくて、思わず見とれてしまい、アランシアは大いに動揺した。
「な、なな何よ」
「いや? ただ、今夜が楽しみだな、と思ってさ」
「今夜?」
パーティーか何かあったかしらと首を傾げると、小さく笑われた。
「……さて、そろそろ時間だろう」
ぱっと話題を変えられ、アランシアは更に首を傾げる。だが時間になったのならお茶をしに行きたい。ゼイヴァルに手を引かれながらアランシアはお茶と共に出されるお菓子を思い浮かべた。
それを背後で見守るポーラの後ろに控えるローテスがきつく唇を噛み締めてアランシアを睨み付けていたなんて、全く気づかなかった。
***
他国から輸入したダージリンを使用した紅茶が、特有のマスカテルの香りをのせて自分の前へ出される。
その紅茶の奥には鮮やかな色彩を持った砂糖菓子や、小さく切られたフルーツに、食欲をそそるゼリーやチョコレート、ケーキまで色とりどりだ。
「紅茶は好き?」
「ええ。甘い物と一緒に飲む紅茶はとても好き」
丸い小さな白いテーブルに向かい合って座る二人は、庭がよく見えるバルコニーでお茶を楽しんでいた。
「とても落ち着くわ。変人のくせにセンスは良いのね」
「変人って酷いな。でもこの場所が気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
にこやかに笑うゼイヴァルの笑顔にどきまぎしながらアランシアは紅茶に口をつけた。こんなゆったりできる時間も悪くない。そう思っていると、結婚式でリングピローを抱えていた少年がトレイに手紙を乗せてゼイヴァルに差し出す。
ゼイヴァルは紅茶のカップを皿に置き、手紙を受け取った。
「宛名がないな。誰からだ?」
「ヒヤシンスからの恋文です」
「ヒヤシンスか」
ヒヤシンスとは何なのか。よく話がわからないアランシアは首を傾げた。何かの隠語だろうか。
「ヒヤシンスって?」
「すまし顔の花だよ」
では花からの恋文という事だろうか。なんてファンタジー溢れる事だろうと些か疑いの目を向けていると、テーブルの上に乗せている手をゼイヴァルに握られた。
「な、なによ」
一気に顔が赤くなるのが自分でもわかった。彼は、返事を返さず酷く真摯な目で見つめてきた。
「ちょっと、いきなりなんなの」
「いや、今夜が凄く楽しみで」
「……一体さっきから何なのよ、今夜って」
眉根を寄せながら尋ねると、ゼイヴァルがにっこり笑った。思わず見入ってしまいそうになり、アランシアは慌てて目を反らす。
「何って、夫婦が夜、何をするかってのは大抵決まってると思うけど?」
夫婦が夜、何かをするとしたらそれは……。
「……え?」
呆けた顔で、アランシアは思わず聞き返してしまった。
「だって、今日は初夜ではないでしょう?」
初夜、と女性が大っぴらに言うものではないが、ややこしいのが嫌いなアランシアは遠回しにしたりせず、尋ねた。
若干驚いた様な顔をしたゼイヴァルだが、すぐに小さく笑みを溢した。
「君の国では結婚式の晩がそうだと決まっているのか」
「……ルクートは違うの?」
「ルクートでは一般的に結婚式の次の晩となっている」
「……そ、そう」
──ルクートの事についてよく調べておくべきだわね。
世間知らずにも程がある。恥ずかしくて堪らなくなったアランシアは誤魔化そうと空いた片手で紅茶に口をつけた。まあそもそも初夜などすっかり忘れて昨日は爆睡していた事は秘密だ。
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