灰色人魚の婚約者

天嶺 優香

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四 友人と街へ、調香師は笑う

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 公爵家にやって来てから早二週間。
 相変わらず淑女訓練は辛いし、キエルは鬼だし、おまけに公爵家当主と次期当主はなにを考えているのかわかりにくい親子だ。
 レグランはルファのような小動物っぽい娘に憧れていたらしく、かなりベタベタしてくる。
 しかし、それはルファだけではないらしくティセルカにも同様で、レグラン経験値の高い彼女 は 「あれは無視しておけば良いんだよ」と冷静だ。
 本当に公爵としてやっているのか不安だが、中々の曲者くせものらしく、何度か社交の場で他の貴族にこびを売られている場面を目撃している。
 その対応はいかにも上に立って来た──上に立つ事に慣れた者のそれだった。  
 ロジェと言えば、相変わらずルファの中で表情が読み取れない人物の高位に位置している。 
 しかし、なにか理由があって取り繕っているとわかってからは、彼に対する不信感はあまりない。
 むしろ好意は伝わるので、最近は良く思っているほどだ。
 指輪をもらった夜以降、ロジェがダンスに付き合ってくれるようになり、今ではようやく人並みに踊れるようになってきている。
「おはようございます、ルファ様」
 早速キエルが寝起きのルファの元へやって来て、今日の訓練内容を教えてくれる。それを聞きながら、少し前にグルテが運んでくれた朝食を口に運んだ。
「今日は、あまり難しくないのですね」  
 いつものなら朝から晩までみっちりしごかれるのだが、なぜか今日は昼までの内容しかキエル は言わなかった。
「何か新しい事を教えてくれるの?」
「いいえ、今日は復習をして、それが終わったら息抜きに出かけます」
「息抜き?」
 キエルが息抜きを自ら与えるのは珍しい。いつもはロジェかグルテが意見して息抜きを行っていたが、まさかキエルからだなんて。
「い、息抜きの後はこれまで以上にキツイのが待ってたりする……?」 
「人をなんだと思ってるんです! なんにもありませんよ!」
「だって、キエルはとっても可愛い女の子だけど、教え方は可愛くないんですもの」 
 彼女を疑ったせめてもの言い訳したくてそう言うと、キエルは思いっきり目を見開いて──そして怒りで顔を真っ赤に染め上げた。
「年下に可愛いだなんて言われたくありませんっ!」
「……え?」
「ルファ様は十七でしょう? 私はこう見えても二十ですよ!」  
 ルファは信じられずにキエルを凝視した。
 丸眼鏡をかけたキエルは、肌は白いし目はくりくりしていて、おまけに背もルファより低い。頬にはそばかすが散っていて、化粧もほとんどしていない。
 これが、まさか二十歳? ルファより年上?
「……う、うそぉ」
「嘘ついてなんの特になるんですか! ほんっと失礼ですね!」  
 キエルは思いきり眉を寄せ、睨んでくる。
 彼女の機嫌を損ねる気は一切なかったのに、 思わぬ誤算だ。
「ご、ごめんなさい! 良く見たらとっても大人っぽいですね! なんで今まで気づかなかったのかしら!」
「今さらおだてても無駄ですっ 」  
 メイド服のスカートをこれでもかと握りしめているためにしわが寄っている。
 これは相当まずい。もしかしたら奇跡的な息抜き提案もなかったことにされるかもしれない。
 なんとかそれだけは避けなくてはと、ルファはめげずに笑顔で言葉を並べる。 
「やっぱり年上の風格がありますよね! 私は目が悪くて言われるまで気づけませんでしたけど、周りの人は絶対わかってますよ!」 
「なにを笑顔で馬鹿なこと言ってるのですか? もう結構です。無駄です。今さら遅いのですっ!」
「……あんた達、なにやってんの?」
 いつの間にか部屋に入っていたエリーチェが、呆れた顔をして問う。
 エリーチェの態度も気に食わなかったのか、キエルはくるりと向きを変えて、今度は彼女に噛み付いた。
「エリーチェ様! 入る時にはきちんとノックをして下さい!」 
「ノックしたわよ? 気づかなかっただけでしょ」
 エリーチェは面倒そうに言い返して、それからルファになんでこんなに機嫌が悪いのか目で訴えてくるが、苦笑するしかない。
 本当に馬鹿なことを言ってしまった。
 余計な一言さえなければ、平和な日が送れたはずなのに。
 まれにしかないキエル提案の息抜きは、奇跡的に却下されなかったが、お昼までの訓練は非常に厳しいものとなった。

    ***

 その少女は、水色のドレスをまとって、椅子に座ってこちらを見上げている。目は伏せられているが、ルファがその方向にいることは声で判断しているのだろう。  
 しかし、なぜ公女殿下がここにいるのか。
 不思議に思って、盲目もうもくの公女の少し後ろで控えている騎士達に顔を向けた。
 長い白髪を高く結い上げて、びしっと騎士服を着こなすティセルカと、その補佐を務めるサルークが控えていた。
「今日はね、お願いがあって参りましたの」
そう言って無邪気に微笑むカロラティエを前に、ルファは首を傾げた。 
「……お願い、ですか?」
「そう。わたくしを、外に連れて行ってほしいのです」
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