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第二話
妖刀と名刀・前編
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「……不思議な方だ……」
やがて兼充は深く感じ入ったように口を開いた。
「まず、瞳の色だ。不思議な色……黒く見えるけれど、本当は何か別のお色に見える……お連れさまの方はまた、とても明るい瞳のお色だ」
(鋭いな、さすがに……)
(うわ、これが頑固職人とやらの特有な洞察力とかいうやつ?)
表面上は平静を装いながらも、氷輪と琥珀は同時にヒヤリとする。
「お二方とも邪な影が見えない。失礼を承知で申し上げますが、良い意味でどこか浮世離れしている感じがする。……特に僧侶様、あなたは心の奥が読みとりにくいようだ……」
「心の奥が読みとりにくい、度々言われます」
百夜から言われた言葉を思い出し、氷輪は照れたように応じた。
(うーん、確かに兄者は何考えてるのか今一つよく分からん。本人も百夜の姉さんに指摘されても別に気にしてねーみてーだし、ていうか気にする必要もないけどさぁ。だけど俺、最近思ったんだけど……もしかしたらそれって……)
「承知しました。お二方にお望みのものを見繕いましょう!」
唐突に決断の意を述べた兼充の言葉に、琥珀の思考は中断された。
「おお! それは願ったり叶ったりです。有り難い!」
「うわぁ! 良かったぁ。有難うございます!」
同時に歓喜に満ちた声で礼を述べる氷輪と琥珀。
「……大変に、仲が宜しいのですね」
兼充は目を細めて二人を交互に見た。不愛想にみえた表情が、くしゃりと破顔する。すると打って変わって親しみ易い青年に見えた。何となく氷輪と琥珀は互いの目を見て、同時に頬を赤らめそしてサッと正反対の方向に顔を向けた。
「では、これからお二方にあった刀剣をお選びします。僧侶様には剣を一つ、お弟子さんには左手用の短刀を一つ、ですね。刃の調整を行います故、一時(※①)ほどお時間を頂きたく存じます。この先を道沿いに行かれますと、ちょっとした祭りが行われていますから、宜しければ楽しんで来ては」
「それは楽しそうだ。物語の題材にも使わせて頂けそうですし!」
作業に集中したいのだろうと察した氷輪は、すぐに頷き肯定の意を示した。
「それでは、兼充殿、宜しくお願いします。琥珀、参ろうか」
「はい!」
琥珀は元気よく答えて、立ち上がった。
……面白い相棒だったわね、あの二人。まぁ一人は半妖の娘だったけど。二人とも訳有りというか。人間の方が、宿世の女に出会って……あの半妖の子、大丈夫かしらねぇ。色を失っていたみたいだけど、私の助言、届いてなかったみたいだし。と言っても相手は宿世だから、どうにもならないんだけどさ……
祠の中に大人しくおさまりながら、百夜は雲水姿の二人に想いを馳せる。取り分け、男児に身をやつしている半妖の娘が気掛かりだった。しばらく、物想いに耽る。
……宿世の相手、かぁ。私にもいつの日か、なーんてね……
クスリと笑った。突然、不穏な空気を感じ取る。
……何? この厳重な結界を易々と破って来るモノがいるなんて!……
『あなたの宿世の御相手は、……そうですね、今からおよそ七百二十年ほど先に出会いそうですよ』
少し鼻にかかったような甲高い男の声と共に、百夜の前に銀色の直垂と檜皮色の袴姿の何者かがふわりと姿を現した。檜皮色の折烏帽子から白玉色の髪がさらりと流れ、血のようい赤い唇を綻ばせる。禍々しい程の赤い瞳が冷めたように百夜を見つめ、口元に浮かべた笑みが偽りである事を物語っている。
……何なの? いきなり神聖な女の園に無断で侵入して頼まれてもいないのに勝手に先読みなんかして! 失礼ね!……
百夜はその涼し気な面持ちと相反し、怒り心頭の様子で声を荒げる。
『これはご挨拶ですねぇ。神であるこの私が、直々訪ねて来たというのに』
……だから、何? 別に頼んでいないわよ! 先読みだって失礼極まりないわ! 神だから何なのよ? 何をしても良いとでも? 権力を乱用するつもり? 正式に手続きしての訪問じゃないわよね? まさか、治外法権を忘れたのかしら? 人間界以外の各階層では互いの領域を侵さない事、訪問が必要な際はしかるべき手続きを取る事! 第一、あなた名乗りもしないで非常識よ! 大方、伝え聞いているその容姿……災厄の神、てとこでしょうけど……
百夜は怒りに任せ早口で捲し立てる。
(たかだか大妖魔の分際で糞生意気な小娘め!)
心の奥底では悪態をつきながらもその実、百夜のあまりの権幕に閉口気味だ。
……まぁまぁ、確かにぶしつけでしたよ。失礼しました。如何にも、私は禍津日神。ちょっと秘密のご相談がありましてね。あなたにとっても、悪い話ではないと思うのですよ……
禍津日神は、まるで暴れ馬を宥めるようにして低めの声で応じると、狡猾そうに煙るような灰色の眉尻を下げた。
やがて兼充は深く感じ入ったように口を開いた。
「まず、瞳の色だ。不思議な色……黒く見えるけれど、本当は何か別のお色に見える……お連れさまの方はまた、とても明るい瞳のお色だ」
(鋭いな、さすがに……)
(うわ、これが頑固職人とやらの特有な洞察力とかいうやつ?)
表面上は平静を装いながらも、氷輪と琥珀は同時にヒヤリとする。
「お二方とも邪な影が見えない。失礼を承知で申し上げますが、良い意味でどこか浮世離れしている感じがする。……特に僧侶様、あなたは心の奥が読みとりにくいようだ……」
「心の奥が読みとりにくい、度々言われます」
百夜から言われた言葉を思い出し、氷輪は照れたように応じた。
(うーん、確かに兄者は何考えてるのか今一つよく分からん。本人も百夜の姉さんに指摘されても別に気にしてねーみてーだし、ていうか気にする必要もないけどさぁ。だけど俺、最近思ったんだけど……もしかしたらそれって……)
「承知しました。お二方にお望みのものを見繕いましょう!」
唐突に決断の意を述べた兼充の言葉に、琥珀の思考は中断された。
「おお! それは願ったり叶ったりです。有り難い!」
「うわぁ! 良かったぁ。有難うございます!」
同時に歓喜に満ちた声で礼を述べる氷輪と琥珀。
「……大変に、仲が宜しいのですね」
兼充は目を細めて二人を交互に見た。不愛想にみえた表情が、くしゃりと破顔する。すると打って変わって親しみ易い青年に見えた。何となく氷輪と琥珀は互いの目を見て、同時に頬を赤らめそしてサッと正反対の方向に顔を向けた。
「では、これからお二方にあった刀剣をお選びします。僧侶様には剣を一つ、お弟子さんには左手用の短刀を一つ、ですね。刃の調整を行います故、一時(※①)ほどお時間を頂きたく存じます。この先を道沿いに行かれますと、ちょっとした祭りが行われていますから、宜しければ楽しんで来ては」
「それは楽しそうだ。物語の題材にも使わせて頂けそうですし!」
作業に集中したいのだろうと察した氷輪は、すぐに頷き肯定の意を示した。
「それでは、兼充殿、宜しくお願いします。琥珀、参ろうか」
「はい!」
琥珀は元気よく答えて、立ち上がった。
……面白い相棒だったわね、あの二人。まぁ一人は半妖の娘だったけど。二人とも訳有りというか。人間の方が、宿世の女に出会って……あの半妖の子、大丈夫かしらねぇ。色を失っていたみたいだけど、私の助言、届いてなかったみたいだし。と言っても相手は宿世だから、どうにもならないんだけどさ……
祠の中に大人しくおさまりながら、百夜は雲水姿の二人に想いを馳せる。取り分け、男児に身をやつしている半妖の娘が気掛かりだった。しばらく、物想いに耽る。
……宿世の相手、かぁ。私にもいつの日か、なーんてね……
クスリと笑った。突然、不穏な空気を感じ取る。
……何? この厳重な結界を易々と破って来るモノがいるなんて!……
『あなたの宿世の御相手は、……そうですね、今からおよそ七百二十年ほど先に出会いそうですよ』
少し鼻にかかったような甲高い男の声と共に、百夜の前に銀色の直垂と檜皮色の袴姿の何者かがふわりと姿を現した。檜皮色の折烏帽子から白玉色の髪がさらりと流れ、血のようい赤い唇を綻ばせる。禍々しい程の赤い瞳が冷めたように百夜を見つめ、口元に浮かべた笑みが偽りである事を物語っている。
……何なの? いきなり神聖な女の園に無断で侵入して頼まれてもいないのに勝手に先読みなんかして! 失礼ね!……
百夜はその涼し気な面持ちと相反し、怒り心頭の様子で声を荒げる。
『これはご挨拶ですねぇ。神であるこの私が、直々訪ねて来たというのに』
……だから、何? 別に頼んでいないわよ! 先読みだって失礼極まりないわ! 神だから何なのよ? 何をしても良いとでも? 権力を乱用するつもり? 正式に手続きしての訪問じゃないわよね? まさか、治外法権を忘れたのかしら? 人間界以外の各階層では互いの領域を侵さない事、訪問が必要な際はしかるべき手続きを取る事! 第一、あなた名乗りもしないで非常識よ! 大方、伝え聞いているその容姿……災厄の神、てとこでしょうけど……
百夜は怒りに任せ早口で捲し立てる。
(たかだか大妖魔の分際で糞生意気な小娘め!)
心の奥底では悪態をつきながらもその実、百夜のあまりの権幕に閉口気味だ。
……まぁまぁ、確かにぶしつけでしたよ。失礼しました。如何にも、私は禍津日神。ちょっと秘密のご相談がありましてね。あなたにとっても、悪い話ではないと思うのですよ……
禍津日神は、まるで暴れ馬を宥めるようにして低めの声で応じると、狡猾そうに煙るような灰色の眉尻を下げた。
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