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第三十一話

【第壱部・完】人形師の家・終章

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『有難う。吐き出せてスッキリしたわ。ポンコツ陰陽師には、あなた方が幸成に私の言葉を伝える事でおのずと悟るだろうし。よっぽどの痴れ者ではない限りね。少しは謙虚に内省しなさい、て思うわ』

 氷輪は、歯に衣を着せぬ百夜に苦笑を禁じ得ないと同時に信頼と頼もしさを覚える。ふと、先日風牙と諌弥に出会った際の事を思い出した。気になる事を百夜に聞いてみようと思い付いた。

『一つ教えて頂きたいのですが……』

 思い切って切り出す。

『いいわ。お礼もしたいし。私が出来る事なら』

 百夜はあっさりと快諾した。

『先程、心の声の防御についておっしゃっていましたが……それは人である私でも可能でしょうか?』

 百夜はしばらくの間氷輪をじっと観察する。やがてゆっくりと口を開いた。

『……あなたの場合、何を考えているのか元々読みにくいみたいね。だから特に意識しなくても大丈夫そうよ。何かしら? 存在そのものが想定外の連続とでも言ったら良いのかしら。とても読みにくいわ。宿世……そうね、注意点としては……自分を見失わない事、かしら。この先、複雑な選択を迫られるような事に見舞われそうだから。それと……この先……やっぱり辞めておくわ』

 何かを言いかけて、途中で辞めた。何となく、氷輪には百夜が意味有り気に微笑んだような気がした。

『私がくすゑを伝える頃で、下手に意識してあなた本来の力を損ねては元も子もないもの。自分を見失わない事。あなたの場合、自分の立ち位置とか周りの人の気持ちとか、そういうのはあまり考えすぎない方が上手く行みたいだから』

『有難うございます。肝に銘じます』

『じゃ、幸成の事、宜しく頼むわね。そうそう、あなた方が探している御宝の事だけれど、そのまま大和の国を目指せば手がかりが掴めそうよ』

『はい。しかと伝えます。御宝の情報、痛み入ります』

 琥珀は氷輪が一礼するのに倣い、ぺこりと頭を下げて立ち去る彼を追った。

……あ、弟分のあなた、お待ちなさい……

 琥珀の耳に、そう呼びとめる百夜の声が響いた。驚いて立ち止まり、降り返る。

……本当は妹分、よね。いいわ、そのまま行きなさい。あなただけに話しかけているから……

 琥珀は百夜にペコッと頭を下げると、再び氷輪を追った。

……この先……

 百夜の声が響く。最初は衝撃を受けたように目を大きく見開き、徐々にその瞳に光を失っていった。





 右膝と右手を同時につき、大きく息を弾ませる炎帝。どうやら呼吸がままならない様子だ。額に大粒の汗をかいており、酷く顔色が悪い。ゴフッ、ゴボッと何かが喉の奥から突きあげて来たようで吐き出すような咳をすると慌てて左手で口元をおさえた。

 ポタッ、ボタボタッと柔らかな草が生い茂る大地に鮮血が滴り落ちる。指の隙間から溢れ出るおびただしい血。

「炎帝!?」

 ちょうど彼の頭上に出現した月黄泉命は、異変に気付いて瞬時に彼の背後に立ち、抱き起す。ぐったりとした様子の炎帝。殆ど意識を失っている様子だ。口元の鮮血にギョッとする月黄泉命。

「馬鹿な! いくらこの世とあの世の境目に位置する場所と言っても、神の捧げモノなのだ。体調の異変など、有り得ん! 炎帝、どうした? しっかりしろ!」

 と必死に呼び掛ける。長い朱の睫毛のとばりが弱々しく開き、薄っすらと翡翠の瞳が覗いた。

「……ま、魔物と、ひ、人柱の……は、はかりが、崩れて……来て、る」

 喘ぎながらも、懸命に言葉を紡ぎ出す炎帝。月黄泉命はハッと悟ったように眉をあげた。

「まさか、妖魔邪の欲望に対して、贄が足りなくなって来た。……そう言う事か?」

 急き込んで問いかける月黄泉命。いつもは無表情の彼に、動揺と焦燥の影が入り混じる。

「……あ、あぁ。お、俺一人では……も、うっゴボッゴボッ……」

 喉を詰まらせたように咳込み、口から鮮血が溢れ出す。

「分かった、もうしゃべるな。今、楽にしてやる」

 月黄泉はそう言って、軽々と炎帝を抱えて立ちあがった。

「ま、待って……くれ、アイ……ツに……は」
「分かってる。あやつには言わぬ」

 激しく喘ぎながらも懸命に言葉を絞り出す炎帝を、月黄泉はバサリと冷たく遮った。そして炎帝を抱えたままふわりと浮かび上がると、すっと空気に溶け込むようにして消えた。





「どうした? 眠れないのか? 何か気かかりな事でもあったか?」

 用意された真新しい白い布の横になっていた氷輪は、暗がりの中、隣の琥珀が落ち着きなく右に左にと盛んに寝返りをうっている様子に声をかけた。二人の間に、大人二人分ほどの間を空けて布が敷かれている。

「あ、わりぃ、煩かったか?」
「いや、そうではない。私も寝付けなくてな」
「ほら、この部屋やたらだだっ広いしさ。敷いている布も掛けている布も新品でさ。有り難いけど、なんだか落ち着かなくてさ」
「そうか。なら、良いが……」
「明日は朝から幸成氏と陰陽師に百夜様の言葉伝えてすぐに出発だ。そろそろ寝ようぜ」
「あぁ、そうだな」

 琥珀がわざと明るい声で応じてるようにしか感じない氷輪。けれどもそれ以上追及する事は憚られ、素直に引き下がった。

……兄者……

 琥珀は氷輪に二ッと破顔して見せ、彼とは反対側を向いて横たわった。昼間、琥珀だけに話しかけた百夜の言葉が小波さざなみのように寄せては繰り返し耳に響く。

『……そのまま自然に歩いて行ってね。あなた、これから大きな決断を迫られそうよ。その時何を選択するかはあなた次第ね。あなたもまた、型破りな生き方を選んでいるみたいだから。一つ言えるのは……この先彼は、宿世のひとと出会うわ。あなたにとっては、辛く厳しい展開になるかもだけれど、くれぐれも……』

……宿世の、ひと……

 天から巨大な氷の岩が脳天を直撃したかのような衝撃を受けた。その後に続く百夜の言葉は耳に入らなかった。ただ足を運び、氷輪の後に続いた。

 




(※①…ここでは運命の女性、前世から約束した女性、を示す)』


   【 第壱部・完】
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