59 / 110
第三十一話
【第壱部・完】人形師の家・終章
しおりを挟む
『有難う。吐き出せてスッキリしたわ。ポンコツ陰陽師には、あなた方が幸成に私の言葉を伝える事で自ずと悟るだろうし。よっぽどの痴れ者ではない限りね。少しは謙虚に内省しなさい、て思うわ』
氷輪は、歯に衣を着せぬ百夜に苦笑を禁じ得ないと同時に信頼と頼もしさを覚える。ふと、先日風牙と諌弥に出会った際の事を思い出した。気になる事を百夜に聞いてみようと思い付いた。
『一つ教えて頂きたいのですが……』
思い切って切り出す。
『いいわ。お礼もしたいし。私が出来る事なら』
百夜はあっさりと快諾した。
『先程、心の声の防御についておっしゃっていましたが……それは人である私でも可能でしょうか?』
百夜はしばらくの間氷輪をじっと観察する。やがてゆっくりと口を開いた。
『……あなたの場合、何を考えているのか元々読みにくいみたいね。だから特に意識しなくても大丈夫そうよ。何かしら? 存在そのものが想定外の連続とでも言ったら良いのかしら。とても読みにくいわ。宿世……そうね、注意点としては……自分を見失わない事、かしら。この先、複雑な選択を迫られるような事に見舞われそうだから。それと……この先……やっぱり辞めておくわ』
何かを言いかけて、途中で辞めた。何となく、氷輪には百夜が意味有り気に微笑んだような気がした。
『私が行くすゑを伝える頃で、下手に意識してあなた本来の力を損ねては元も子もないもの。自分を見失わない事。あなたの場合、自分の立ち位置とか周りの人の気持ちとか、そういうのはあまり考えすぎない方が上手く行みたいだから』
『有難うございます。肝に銘じます』
『じゃ、幸成の事、宜しく頼むわね。そうそう、あなた方が探している御宝の事だけれど、そのまま大和の国を目指せば手がかりが掴めそうよ』
『はい。しかと伝えます。御宝の情報、痛み入ります』
琥珀は氷輪が一礼するのに倣い、ぺこりと頭を下げて立ち去る彼を追った。
……あ、弟分のあなた、お待ちなさい……
琥珀の耳に、そう呼びとめる百夜の声が響いた。驚いて立ち止まり、降り返る。
……本当は妹分、よね。いいわ、そのまま行きなさい。あなただけに話しかけているから……
琥珀は百夜にペコッと頭を下げると、再び氷輪を追った。
……この先……
百夜の声が響く。最初は衝撃を受けたように目を大きく見開き、徐々にその瞳に光を失っていった。
右膝と右手を同時につき、大きく息を弾ませる炎帝。どうやら呼吸がままならない様子だ。額に大粒の汗をかいており、酷く顔色が悪い。ゴフッ、ゴボッと何かが喉の奥から突きあげて来たようで吐き出すような咳をすると慌てて左手で口元をおさえた。
ポタッ、ボタボタッと柔らかな草が生い茂る大地に鮮血が滴り落ちる。指の隙間から溢れ出るおびただしい血。
「炎帝!?」
ちょうど彼の頭上に出現した月黄泉命は、異変に気付いて瞬時に彼の背後に立ち、抱き起す。ぐったりとした様子の炎帝。殆ど意識を失っている様子だ。口元の鮮血にギョッとする月黄泉命。
「馬鹿な! いくらこの世とあの世の境目に位置する場所と言っても、神の捧げモノなのだ。体調の異変など、有り得ん! 炎帝、どうした? しっかりしろ!」
と必死に呼び掛ける。長い朱の睫毛の帳が弱々しく開き、薄っすらと翡翠の瞳が覗いた。
「……ま、魔物と、ひ、人柱の……は、秤が、崩れて……来て、る」
喘ぎながらも、懸命に言葉を紡ぎ出す炎帝。月黄泉命はハッと悟ったように眉をあげた。
「まさか、妖魔邪の欲望に対して、贄が足りなくなって来た。……そう言う事か?」
急き込んで問いかける月黄泉命。いつもは無表情の彼に、動揺と焦燥の影が入り混じる。
「……あ、あぁ。お、俺一人では……も、うっゴボッゴボッ……」
喉を詰まらせたように咳込み、口から鮮血が溢れ出す。
「分かった、もうしゃべるな。今、楽にしてやる」
月黄泉はそう言って、軽々と炎帝を抱えて立ちあがった。
「ま、待って……くれ、アイ……ツに……は」
「分かってる。あやつには言わぬ」
激しく喘ぎながらも懸命に言葉を絞り出す炎帝を、月黄泉はバサリと冷たく遮った。そして炎帝を抱えたままふわりと浮かび上がると、すっと空気に溶け込むようにして消えた。
「どうした? 眠れないのか? 何か気かかりな事でもあったか?」
用意された真新しい白い布の横になっていた氷輪は、暗がりの中、隣の琥珀が落ち着きなく右に左にと盛んに寝返りをうっている様子に声をかけた。二人の間に、大人二人分ほどの間を空けて布が敷かれている。
「あ、わりぃ、煩かったか?」
「いや、そうではない。私も寝付けなくてな」
「ほら、この部屋やたらだだっ広いしさ。敷いている布も掛けている布も新品でさ。有り難いけど、なんだか落ち着かなくてさ」
「そうか。なら、良いが……」
「明日は朝から幸成氏と陰陽師に百夜様の言葉伝えてすぐに出発だ。そろそろ寝ようぜ」
「あぁ、そうだな」
琥珀がわざと明るい声で応じてるようにしか感じない氷輪。けれどもそれ以上追及する事は憚られ、素直に引き下がった。
……兄者……
琥珀は氷輪に二ッと破顔して見せ、彼とは反対側を向いて横たわった。昼間、琥珀だけに話しかけた百夜の言葉が小波のように寄せては繰り返し耳に響く。
『……そのまま自然に歩いて行ってね。あなた、これから大きな決断を迫られそうよ。その時何を選択するかはあなた次第ね。あなたもまた、型破りな生き方を選んでいるみたいだから。一つ言えるのは……この先彼は、宿世の女と出会うわ。あなたにとっては、辛く厳しい展開になるかもだけれど、くれぐれも……』
……宿世の、女……
天から巨大な氷の岩が脳天を直撃したかのような衝撃を受けた。その後に続く百夜の言葉は耳に入らなかった。ただ足を運び、氷輪の後に続いた。
(※①…ここでは運命の女性、前世から約束した女性、を示す)』
【 第壱部・完】
氷輪は、歯に衣を着せぬ百夜に苦笑を禁じ得ないと同時に信頼と頼もしさを覚える。ふと、先日風牙と諌弥に出会った際の事を思い出した。気になる事を百夜に聞いてみようと思い付いた。
『一つ教えて頂きたいのですが……』
思い切って切り出す。
『いいわ。お礼もしたいし。私が出来る事なら』
百夜はあっさりと快諾した。
『先程、心の声の防御についておっしゃっていましたが……それは人である私でも可能でしょうか?』
百夜はしばらくの間氷輪をじっと観察する。やがてゆっくりと口を開いた。
『……あなたの場合、何を考えているのか元々読みにくいみたいね。だから特に意識しなくても大丈夫そうよ。何かしら? 存在そのものが想定外の連続とでも言ったら良いのかしら。とても読みにくいわ。宿世……そうね、注意点としては……自分を見失わない事、かしら。この先、複雑な選択を迫られるような事に見舞われそうだから。それと……この先……やっぱり辞めておくわ』
何かを言いかけて、途中で辞めた。何となく、氷輪には百夜が意味有り気に微笑んだような気がした。
『私が行くすゑを伝える頃で、下手に意識してあなた本来の力を損ねては元も子もないもの。自分を見失わない事。あなたの場合、自分の立ち位置とか周りの人の気持ちとか、そういうのはあまり考えすぎない方が上手く行みたいだから』
『有難うございます。肝に銘じます』
『じゃ、幸成の事、宜しく頼むわね。そうそう、あなた方が探している御宝の事だけれど、そのまま大和の国を目指せば手がかりが掴めそうよ』
『はい。しかと伝えます。御宝の情報、痛み入ります』
琥珀は氷輪が一礼するのに倣い、ぺこりと頭を下げて立ち去る彼を追った。
……あ、弟分のあなた、お待ちなさい……
琥珀の耳に、そう呼びとめる百夜の声が響いた。驚いて立ち止まり、降り返る。
……本当は妹分、よね。いいわ、そのまま行きなさい。あなただけに話しかけているから……
琥珀は百夜にペコッと頭を下げると、再び氷輪を追った。
……この先……
百夜の声が響く。最初は衝撃を受けたように目を大きく見開き、徐々にその瞳に光を失っていった。
右膝と右手を同時につき、大きく息を弾ませる炎帝。どうやら呼吸がままならない様子だ。額に大粒の汗をかいており、酷く顔色が悪い。ゴフッ、ゴボッと何かが喉の奥から突きあげて来たようで吐き出すような咳をすると慌てて左手で口元をおさえた。
ポタッ、ボタボタッと柔らかな草が生い茂る大地に鮮血が滴り落ちる。指の隙間から溢れ出るおびただしい血。
「炎帝!?」
ちょうど彼の頭上に出現した月黄泉命は、異変に気付いて瞬時に彼の背後に立ち、抱き起す。ぐったりとした様子の炎帝。殆ど意識を失っている様子だ。口元の鮮血にギョッとする月黄泉命。
「馬鹿な! いくらこの世とあの世の境目に位置する場所と言っても、神の捧げモノなのだ。体調の異変など、有り得ん! 炎帝、どうした? しっかりしろ!」
と必死に呼び掛ける。長い朱の睫毛の帳が弱々しく開き、薄っすらと翡翠の瞳が覗いた。
「……ま、魔物と、ひ、人柱の……は、秤が、崩れて……来て、る」
喘ぎながらも、懸命に言葉を紡ぎ出す炎帝。月黄泉命はハッと悟ったように眉をあげた。
「まさか、妖魔邪の欲望に対して、贄が足りなくなって来た。……そう言う事か?」
急き込んで問いかける月黄泉命。いつもは無表情の彼に、動揺と焦燥の影が入り混じる。
「……あ、あぁ。お、俺一人では……も、うっゴボッゴボッ……」
喉を詰まらせたように咳込み、口から鮮血が溢れ出す。
「分かった、もうしゃべるな。今、楽にしてやる」
月黄泉はそう言って、軽々と炎帝を抱えて立ちあがった。
「ま、待って……くれ、アイ……ツに……は」
「分かってる。あやつには言わぬ」
激しく喘ぎながらも懸命に言葉を絞り出す炎帝を、月黄泉はバサリと冷たく遮った。そして炎帝を抱えたままふわりと浮かび上がると、すっと空気に溶け込むようにして消えた。
「どうした? 眠れないのか? 何か気かかりな事でもあったか?」
用意された真新しい白い布の横になっていた氷輪は、暗がりの中、隣の琥珀が落ち着きなく右に左にと盛んに寝返りをうっている様子に声をかけた。二人の間に、大人二人分ほどの間を空けて布が敷かれている。
「あ、わりぃ、煩かったか?」
「いや、そうではない。私も寝付けなくてな」
「ほら、この部屋やたらだだっ広いしさ。敷いている布も掛けている布も新品でさ。有り難いけど、なんだか落ち着かなくてさ」
「そうか。なら、良いが……」
「明日は朝から幸成氏と陰陽師に百夜様の言葉伝えてすぐに出発だ。そろそろ寝ようぜ」
「あぁ、そうだな」
琥珀がわざと明るい声で応じてるようにしか感じない氷輪。けれどもそれ以上追及する事は憚られ、素直に引き下がった。
……兄者……
琥珀は氷輪に二ッと破顔して見せ、彼とは反対側を向いて横たわった。昼間、琥珀だけに話しかけた百夜の言葉が小波のように寄せては繰り返し耳に響く。
『……そのまま自然に歩いて行ってね。あなた、これから大きな決断を迫られそうよ。その時何を選択するかはあなた次第ね。あなたもまた、型破りな生き方を選んでいるみたいだから。一つ言えるのは……この先彼は、宿世の女と出会うわ。あなたにとっては、辛く厳しい展開になるかもだけれど、くれぐれも……』
……宿世の、女……
天から巨大な氷の岩が脳天を直撃したかのような衝撃を受けた。その後に続く百夜の言葉は耳に入らなかった。ただ足を運び、氷輪の後に続いた。
(※①…ここでは運命の女性、前世から約束した女性、を示す)』
【 第壱部・完】
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる