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第十六話

続・異形のモノ

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 氷輪はニッコリと子供に笑いかけた。

「さぁ、こっちにおいで。お腹が空いたろう?」

 と右手で目の前の焚火を示す。そこには携帯していたいくつかの大豆餅まめもちを柏の葉に包み、火の近くにおいて温めてあった。

「他にはナツメもあるぞ」

 その言葉に、子供は生唾を呑み込んだ。昨日から水以外何も口にしていない。けれども、がっついていると思われたくないらしく、ゆっくりと起き上がり歩いて向かう。

(なるほどな。気位は高い。あの野武士の言った通りだ。瞳の色は暗くてよく見えないが、黒ではなさそうだ。やはり半妖か。傷の治りも異常に早かった。手当する時には既に傷口は塞がりかけていた)

 氷輪は子供の態度を微笑ましく感じつつ、傷口を洗った際を思い返す。子どもは無言のままぎこちなく氷輪より少し離れた場所に腰をおろした。

「ちょうど良い。餅が食べごろに柔らかくなっているようだ、さ、冷めない内にお食べ。但し、熱いから気を付けてな」

 氷輪は二個ほど大豆餅を手に取ると、一つは柏の葉を剥いてもう一つは柏葉に包んだまま子供に差し出した。子どもは戸惑いながらも、両手でそれを受け取る。そして柏の葉に包まれている方を膝の上に置いた。氷輪は親し気に微笑むと、自らも餅に手を伸ばした。柏の葉を取りながら、餅を口へ運ぶ。子どもがじっと見ている事に気付きながら、敢えて気付かないふりをした。子どもは餅を手にしたまま氷輪を見ていたが、香ばしい香りと目の前でフゥフゥと熱さを冷ましながら食べている姿に、耐え切れずに餅を頬張った。そのまま夢中で食べ続ける。

「喉が渇いたら、水はここにあるぞ」

 氷輪はそう言って、子供の側に竹筒を置いた。子どもはあっと言う間に餅の一つを食べ終えた。そして竹筒に手を伸ばし、ゴクゴクと水を飲む。食べて飲んだ事で少しずつ気もちが落ち着いてきた。そうなると、助けて貰った上食事や水の世話までして貰いながら、まだ一言も礼を述べていない事が次第に恥ずかしくなって来た。竹筒を元の場所に戻すと、恥かしそうに氷輪を見つめた。

「……あ、あの。助けてくれて、その上食事まで。あの、ありがとう……です」

 思いの外声は高めで、なかなかに可愛らしい声だ。

「いえいえ。どういたしまして。これも何かのご縁。実は一人旅はこれが初めてでね。相棒が出来て嬉しいよ」

 と、氷輪は爽やかな笑みでこたえた。途端にパッと顔を輝かせた子供は、身を乗り出して目を輝かせた。

「本当に、本当に一緒に行っても良いの?」
「あぁ、勿論」
「わーい、へへっ」

 子供は嬉しそうに笑うと、残りの餅と竹筒を持ってサササと氷輪の隣に移動し、腰をおろした。そうして見るとまだ年端のいかない子供の無邪気さが可愛らしい。

「俺、名前……」
「いいよ。本当の名前は、私と旅をしている内に教えても良いな、と思えた時にこっそり教えてくれたら良いさ」

 勢いよく話そうとする子供を、氷輪はやんわりと遮り、そして微笑んだ。すると子供は大きく目を見開き、驚く。

「どうして? 俺の事怖くないの?」
「怖い? 何故?」
「だって、俺……」
「半妖、だからかい?」

 再び氷輪は、言いにくそうに口ごもる子供を優しく遮る。子供はうん、と力なく頷いた。子供の瞳の色は、隣に並んだ際、炎に照らされてはっきりと分かった。目尻のキュッと上がった大きな瞳は、どことなく子猫を思わせる。そしてその色は金色だった。キラキラしていて美しいと感じた。氷輪はおもむろに被っていた網代笠を取る。そして頭巾のように被っていた蜂比礼はちのひれを取った。ハラリと豊かな髪が流れ落ちた。子供は息を呑んで見つめた。

 炎に照らし出された髪は美しい白銀色だ。サラサラと清流のような流れる。瞳の色は深い紫色に艶めいていた。

「見た目が異形のモノだというなら、この私もそうさ」

 そう言って氷輪は破顔した。
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