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第三十七話

カマトト女の仮面が剥がれる時

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 (どうして、ジルベルトの隣で微笑んでいるのが私じゃないの? オカシイわ、こんなの! 私は一体、何を見せられているの?)
 
 アンジェラインの目の前では、彼の胸に飛び込むキアラとしかとそれを受け止め、愛おしそうに抱きしめるジルベルトの姿があった。まるで、やむにやまれぬ事情で長年生き別れになってしまった恋人同士の奇跡の再会のようだ。

 「……キアラ、ごめんな」
「悪いのはジェレミーサイコパス男アンジェライン脳内御花畑女のせいだもの」
「おいおい、語句と振り仮名が逆になってるぞ」
「あらあら、わたくしとした事が。うふふ、でもハッキリ言わないと通じないようですし、宜しいかと」
「あぁ、確かに……その通りだな」
「ね? でしょ?。」
「あぁ」
「ねぇ、ジル」
「ん? どうした?」
「もう二度と離さないでね」
「勿論だよ。もう二度と離すものか!」
「ジル!」
「キアラ!」

 ひしと抱き合う二人。レトロな恋愛劇を観ているかのよう。ジルベルトの言うように、語句と振り仮名が逆になっている件は、一部始終を共有している仲間たちも突っ込んだ部分だった。要人たちをもてなし中のエドワードは、吹き出しそうになるのを堪えるのに苦労したようだ。リブラとアーサーはそれぞれの場所から静観している。但し、いつ何が起こってもすぐに二人も元に駆け付けられるように臨戦態勢は整えていた。

 そんな二人を目の当たりにして、アンジェラインは殺意を孕んだ憎悪を込めてキアラを見つめていた。形の良い鼻には皺がより、コメカミには青筋が立っている。御自慢のミルク色の肌は、憤怒のあまりくすんだ桃色に変貌を遂げていた。なんとなく『悪鬼』を思わせた。だが、今のキアラとジルベルトは互いの姿しか目に入っていない。

 (何よ何よ何よ! どうしてキアラ様が生きているのよ?! どうして二人が抱き合っているの? ジルベルト、どうして私を見てくれないの?)

 その頃、仰向けに転がっていたジェレミーだが……何も、好き好んで転がったままいた……訳ではなかったようだ。

 (くそっ! すぐにでもアンジェの元に駆け付けたいのにジルベルトあの野郎……この僕に『緊縛魔術』まで掛けやがった!)

 「ジル、こちらにいらして」とキアラに呼ばれて瞬間移動で彼女の元に行ったジルベルトだが、瞬間移動する寸前に『悪いが十分程度で自動で解ける緊縛魔術を掛けさせて貰った。そこでしていてくれ』と耳打ちしていったのだ。その為、指一本自由に動かせない上に声も出せない状態で倒されたまま転がっているしかなかったらしい。

「……キアラ、薔薇の香りがする。相変わらず良い香りだ。仄かに香る感じが上品で」
「うふふ、あなた昔から好きだったわね」
「あぁ、お前の香りだ……」

 夢見るように語り合う二人に、怒髪天を衝く勢いでわなわざと震えるアンジェライン。

(私のポジションに、どうして悪女キアラがそこにに居るのよ? ジルベルト、私はここよ?!)

「……よ!」

 とうとう堪えきれず、ボソリと呟く。キアラはジルベルトの腕の中で、「あらそう言えばまだ居たわね」と言うようにアンジェラインを見やり、ジルベルトはコバエの羽音を聞いたような感覚で一瞥した。そこにはふんだんに砂糖を使用したスイーツのような甘い外見を持つ女は居なかった。代わりに、「般若の形相」と表現する際の見本のような女が居た。

「あらぁ、お嬢さん。そんな顔したらダメよ? 若い内は良いけど、ある程度年齢を重ねるとね、ものよ。若いころはそれ程ではなくても、歳を重ねる毎に魅力が増す人って、素敵な生き方をしてきただったりするの。美醜か関係なくなるものなのよ」

 未成年に諭すようにしてキアラは語り掛けた。

「あー、なんか分かるなぁ。やっぱりのが一番だな」

 ジルベルトはうんうん、と頷きながら追従した。

「……さい! 煩い! 黙れっーーーーー!!」

 アンジェラインは唐突に金切声をあげた。さすがに、キアラとジルベルトも驚いて瞠目している。ジェレミーは転がったまま、リブラやアーサーはその場で呆気に取られて見つめている。

「どうしてジルベルトの隣にいるのが私じゃないのよ?! おかしいでしょ? がどうしてここにいるのよ?! 退きなさいよっ!!」

 地団太を踏み、髪を振り乱して叫び続ける。

「ジェレミー! この役立たずっ!! もう一度、ジルベルトは私に骨抜きなるって言ったじゃない!! リブラ!」

 唐突に名を呼ばれてギョッとするリブラは目をしばたかせてポカンと口を開ける。

「あんた私に一目惚れしたって言ってたじゃない! 今すぐ役に立ちなさいよ! この邪魔者女を連れて行きなさい!! ジェレミー! 早くジルベルトを私のモノにしてよっ!!!」

 涙と鼻水と涎で顔中グショグショにして喚き散らす姿は、もはや鬼女を通り越して狂女だった。カマトト女の仮面が剥がれた瞬間だった。
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