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第二十九話

決戦の前に①

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「……と、着の身着のまま手を取って駆け落ちしたんだ」
「ほほう、とやらに目覚めて帝国に亡命しようと」
『……国境騎士団は何をやってるんだよ?!』

「ん? 何か言ったか?」
「あ、あぁいや、こっちの事だ。それで、どうしたんだ?」

 オスカーは今、得意顔で語る『暗部の新人』と会話をしている。狡猾そうな三白眼が特徴のひょろりとした男だ。

「うん、でも住む場所も働き口も無くてな。困っているところを『帝国公式自衛団』と名乗る人たちが仕事を紹介してくれる、て言うんでな。ついて行ったんだ。そしたらそこで執事長補佐という人に合わせて貰って事情を話したら、住む場所と『暗部』に仕事を紹介して貰ったんだよ。で、三年分の衣食住保証もついて毎月給料も貰える」

「へぇ? 随分と破格の待遇だな?」
「だろ? 我が帝国の聖女兼皇后様のお計らいだとよ。有難いこっちゃ」
「そうだな、頭が上がらないな?」
「おーおー、しかも『暗部』の仕事も楽だし給料良いし」
「ほぅ? 楽、とは?」
「お前だって実は思ってるだろう? 隠さなくても良いって。暗部の仕事は要人警護やら皇族を陰から護衛するとはで。実際は聖女兼皇后様の素晴らしさを噂話として陰から広める事、つまりが本当の仕事なんだ。年季が入れば入るほど、秘かに他国に乗り出して国民の印象操作に努める、だろ?」
「……誰から聞いたんだ?」
「惚けるなよ、知ってる癖に。宰相ジェレミー様じゃないか」
「そうか」

 オスカーは深い溜息をつき、両手で頭を抱えた。

「連れて行ってくれ」

と一言告げた。何を言われたのか理解出来ない男は、きょとんとして首を傾げる。サッと音も無く男の背後に全身黒づくめの男が二人が現れた。黒づくめの内一人が、きょとんとしている男の頭頂に手を翳す。すると崩れ落ちるようにして意識を失った。すかさずもう一人の黒づくめの男に担ぎ上げられる。

「頼む」

 オスカーの声に、黒づくめの男二人は軽く会釈をしてスッと空気に溶け込むようにして消えた。

「すまないな、尻ぬぐいをさせちまって。俺が情けないばっかりに」

 彼等が消えた後に、スッとスポットライトが当たるような感じで姿を現したのは、全身黒の戦闘服に身を包んだ大柄でいかつい男だった。風貌的には、隻眼のグリズリーと言った感じだ。歳の頃は五十代半ばほどか。如何にも、戦闘において百戦錬磨であるという雰囲気を醸し出している。

「いいえ。仕方ないですよ。聖女の無自覚の魅惑とマインドコントロール、ジェレミーの幻惑魔術と洗脳を知らない内に浴びせられていたのですから」
「それでも、全く何も気づかなかった。『暗部総大将』失格だ」

 オスカーは何も言う事が出来なかった。既に、この暗部総大将は責任を感じてジルベルトに申し出ていた。総大将の座を副総大将に譲り、平隊員に降格を決めてしまっている。つまり、諜報部隊長であるオスカーよりも下になっているのだ。

「新入り八人は全員ジェレミーの息がかかった者たちでした」

 さり気無く、話題を変える。

「まぁ、暗部の採用は特殊な例がない限り幼い頃から厳しい訓練を受けてようやくなれるものだし、そもそも採用される基準も全て秘匿されているものだからな」

 暗部総大将は自嘲の笑みを浮かべた。彼は、知らない内にジェレミーたちの魔力に当てられ、暗部としての感覚が鈍って腑抜け状態となってしまった。確かめもせず新入りが入って来るまま好き放題にさせてしまったのだ。オスカーたちが協力して、魔法石を無効化したり暗部の状態がおかしい事に気付き新入り以外の部隊員に掛けられた魔術の無効化を施したところ、総大将を始め次と隊員は正気を取り戻していった。

「私も同じですよ。つい最近まで、暗部内のこのに気付けなかったのですから。皆、多かれ少なかれジェレミー側の魔術に当てられていた訳です。非常に悔しい事に」

 オスカーは心からそう思った。

 ……ジョシュアの方は、どうだろうか?……

 仲間に思いを馳せる。来るべきに備え、ジルバルトやキアラたちが少しでも有利に戦えるよう、環境を整えておく必要があった。帝国に漂う邪気や不穏な動きが、ジェレミーたちに有利に働いてしまう可能性が十分にある。その為、それらを完全に近い形でクリアにしておくべく、彼等は奔走していた。


 その頃、ジョシュアは帝国内や各国の国境近くに時々漂う『影』の正体を見極め、消し去るべくその力を注いでいた。

 ……やはり、国民たちの鬱積した不満や不安な気持ちと、の無自覚に垂れ流した魔術が相まってしてしまった結果、発生した邪気か……

 そう分析するに至った。その時、ふと背後に人の気配を察知し瞬時に戦闘態勢を取って構える。

 ……馬鹿な、この私に気付かれずに背後を取るとは!……

 そこに居たのは、攻撃の意思が無い事を示す為に軽く両手を上にあげ、薄く微笑む褐色の肌を持つ長身の男だった。深緑色の戦闘服に身を包んだ彼は、限りなく黒に近い暗紫色の長髪をポニーテールで纏めている。漆黒の切れ長の瞳は鋭い光を放ち、人目を惹く端正な顔立ち。研ぎ澄まされた剥き身の剣を思わせる美丈夫。黒豹系獣人族のアーサー・ベルボンだった。

「ア、アーサー!」

 さすがのジョシュアも想定外の人物との遭遇に驚いてその名を呼んだ。

「久しぶりだな。力を貸そう。詳しい話は後だ」

 アーサーは急き込んで応じた。
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