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第三十五話 

忍び寄る影・前編

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「……しかし、何であんな夢を見たのかな。今更、天界にいた頃の夢だなんて」

 ベリアルは苦笑した。仕事が一段落ついたので、一息入れているところだった。少し転寝した際に見た夢だ。

 今回も麻薬に手を染めるよう、人間を誘惑し契約させる仕事だ。見習い悪魔とは言え、やはり恵茉に関わらせるのには忍びない。故にベリアルは、恵茉には他の仕事を探してきた。なるべく簡単で恵茉が興味を持てる物を。
万が一自分に何かあっても、誰と組んでもその仕事なら一人で任せられるように。

 魔王ルシファーの側近の一人である彼には、失脚を狙う魔族は数多くいた。よって、心底信頼出来るのはルシファー本人と、もう一人の側近アステマ、錬金術担当のハーゲンティ。占術・魔術師アミー。そのくらいだった。
実際には、もっと信頼出来る魔族は沢山いるだろう。けれども、心底信頼出来る相手を厳選した結果、その四体に絞られたのだった。

 上から順番に天界、精霊界、人間界、妖・幽界、冥界、ゲヘナ(地獄)と6つの分類に分けられるのだが、特に精霊界と人間界の中間、人間界と妖・幽界の中間、妖・幽界と冥界の中間、冥界とゲヘナの中間。これらに位置するモノは、その前後のどちらの性質も持ちかつ、どちらにも明確に所属して居ない為、仲間を裏切り、蹴落として自らがのし上がろうとするモノが数多くいた。

「……べヒモスとアザゼルの背後から囁きかける奴らがいる。真面目に任務についている魔族たちに、背後から堕落して怠けるようにそそのかす存在がある。悪魔が悪魔を堕落に導くなんて、どんな茶番だよ全く」

 ベリアルは吐き出すように言った。勿論、万が一近くで聞かれても大丈夫なようにしっかりと結界を貼った中での呟きである。その背後の存在は、アミーとハーゲンティに先日打ち明け手分けをして操作中だ。銀杏の木の頂上近くの枝に腰をおろし、今朝見た夢を思い返す。


……かつて天界に居た頃の話だ。

 ルシファー、ベリアル、アステマの順に神に近い地位にいた。上からセラフィム(熾天使)、ケルビム(智天使)、スローン(座天使)の上級三隊。次にドミニオン(主天使)、ヴァーチュー(力天使)、パワー(能天使)の中級三隊。次に、アルケー(権天使)、大天使、天使の下級三隊。

 これらに分けられていた。

 大天使ミカエルは、その階級に関わらず尊大だった。ただ敬語と謙譲語は使い分けていた。言い方を変えたら、誰に対しても裏表無く、真っ直ぐだった。そのせいか、最高神始めとした神々天使たちは皆、彼を気に入っていた。取り分けルシファーは、彼を可愛がっていたしベリアル自身も嫌いではなかった。

 花は笑い、鳥は歌い、天界の精霊達は蝶と舞う。果実はたわわに実り、風や水は清らかに澄む。誰もが幸せで喜びと楽しみに満ち優しさと思いやりに溢れていた。それが天界だった。

 ある日天界の森の奥にて。果実は色鮮やかに実り、緑の葉が茂る。小川のせせらぎの中、彼らは新しく神が創るという人間について何をしてやりたいかを語り合っていた。

 木に寄りかかるルシファーは

「私は光を与えてやりたい」

 と瞳を輝かせた。小川の川辺に腰をおろし両足を浸すベリアル。

「俺は刺激かな。適度なスパイスだ」

 と不敵な笑みを浮かべる。苔が柔らかく茂る岩に腰をおろすアステマは、

「僕は楽しみを、て感じかな」

 と柔らかく微笑んだ。木の切り株に腰をおろすミカエルは、

「俺は正しさを、だな」

 と真顔で言った。風が爽やかに辺りを包み込む。木漏れ日が彼らの純白の翼を照らし出す。

……そこで目が覚めたのだった。



「何だってあんな大昔の事を」

 ベリアルは大きくため息をつくと、頭を左右に数回振ってサッと地に降り立った。そして仕事を再開しようとした時、背後に強い殺気を感じて振り返る。そしてその主の背後に瞬間移動した。

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