上 下
19 / 79
第十九話

ベリアル、回想す!

しおりを挟む
楠恵茉くすのきえま、と言ったか? どんな感じだ?」

 低めだがよく通る声で、その男はべリアルに話しかけた。まるでコントラバスのように地に響き渡るような声だ。

 彼を見つめるその切れ長の瞳は、得も言われぬ美しいプラチナ色だ。それは藍色の長い睫毛に囲まれ、よりミステリアスな光と影を醸し出す。優雅な藍色の眉、高く上品な鼻。形の良い唇。面長の輪郭にこの上無く整った顔立ちの周りを縁どるのは、藍色の艶髪だ。それは見事にストレートで、腰の下まで伸ばされている。先端が尖った耳には、小さなオニキスの丸玉ピアスがつけられている。

 男はかなりの長身のようだ。鍛え上げられた肉体を覆う、蝋のように青白く透き通るような肌。長い手足を優雅に伸ばし、ゆったりと寛いでいる。

 背筋がゾクリとする程の美しい男だ。そんな男が、全身濡れているのだから、妖しいまでに艶めかしい。それもその筈。男はべリアルと『魔界山麓の水晶の湯』つまり温泉に浸かっているのだから。

 しかもここは、この男のプライベート温泉なのである。防音、プロテクトともに完璧な空間だ。男が心から信頼を寄せている数名しか、この場所には入れない。

 この男の名はルシファー。またはルシフェル。発音の違いだけなので、どちらかお好きな方で呼んで頂けたらと思う。

「なんだか掴み所の無い小娘だ」

 とベリアルは苦笑した。

「……まぁ、あの年代特有の不安定さもあるだろうが……」

 ルシファーは遠くを見るような眼差しで目を細める。少しの間そうしていると、やがて

「……人間界では生きにくい思考の持ち主なのだろうな」

 と締めくくった。そして

「すまんな。最高幹部のお前が、このように中間管理職のような役目を……」

 と言いかけるルシファーを

「何を謝る?魔族不足なんだ。お前だってあちこちの様子を見に奔走してるだろう。そんな状態の時に、トップクラスが椅子にふんぞり返っていたら、あっという間に自滅だ!こんな時こそ、上層部が体と頭脳の両方を使うもんさ。そうじゃ無いと、人間みたいに愚か者になっちまうぜ」

 とベリアルはニヤリ、と皮肉な笑みを浮かべた。

「人間な。自らが選択し、自滅の道へと突き進む……」

 ルシファーはそう答えると、冷たい笑みを浮かべた。あまりにも冷たく、見た者の背筋が凍る程の冷酷な微笑だった。

「さて、俺は部屋でワインでも飲みながらゆっくりするかな」

 とベリアルは風呂から上がった。

「ワインは相変わらず赤か?」

 魔王は穏やかに話しかける。

「あぁ。白はどうも好かん」

 と笑って答えた。ベリアルはそのまま脱衣所に向かうと、真っ白でフワフワなタオルで全身をくまなくふき取り、畳んでいた背中の羽を大きく広げた。そして右中指と親指でパチンと鳴らすと、天井から風がそよぎ始めた。

 羽を乾かしているのだ。完全に羽が乾くと、ローブを身につける。そして消えた。

 魔王は徐に風呂から立ち上がると、そっと背中の羽を広げた。髪から、顔から、肩から。全身を玉のようになって流れる水滴で益々艶めかしく、扇情的な美貌を際立たせる。

 かつて、天界では神に次ぐ地位の持ち主『最高天使~セラフィム~』であった。美形しかいない天使の中でも、この男の美貌明らかには群を抜いていた。神々の寵愛を一心に受け、その名をルシファー(ルシフェル)~光をもたらすもの~と名付けられた。

 その背には美しい純白の大きな翼があった。

 だが、今この男の背にあるのは、6対…左右で計12枚の混沌の闇色の羽。それは禍々しい「気」を放ち、見るものの血を凍らせる。

 男は堕とされても尚美しかった。まるで泥の中から凛と美しく咲く、清らかな「白い蓮」のように…。醜い姿に変えられて堕とされたものも多い中、この男が変えられたのは羽だけだった。

 それは、神々の最後の「情け」か?それとも「罪悪感」か……。

 ルシファーはゆっくりと脱衣所に向かった。




「くーーーーっ! 風呂上りはワインもいいけど、やっぱりギンギンに冷えたビールだぜっ!」

 そう言って自室で寛ぐベリアルの右手にあるのは『魔界山麓の安心安全ビール! ~魔界山麓の麦より作りました~』と書かれていた。金色と白の地に、麦の絵が描かれていて見たところ人間界のビールとさほど変わらない。

 ソファに座る彼の、目の前にある小皿には枝豆がこんもりと盛られていた。テーブルの端には、『魔界山麓の安心安全のウコン』と書かれた粉末が置かれている。

 彼はふと真顔になると、少し前の事に思いを馳せた。

「俺が、淫らで悪徳で放埒で嘘つきで…挙句『無価値なる者』と人間達にレッテル貼られてるのは、完全にアイツのせいだよなぁ」

 ベリアルは苦笑しつつ、少し前までパートナーを組んでいた魔族「サタナキア」を思い浮かべた。


 サタナキア。全ての女を意のままに操る大悪魔であった。『七つの大罪』の内彼の担当分野は「色欲」である。細身、長身、色白。鮮やかなオレンジ色の髪は肩の位置で切り揃えられ、サラサラと風に靡く。オレンジ色の長い睫毛に囲まれた瞳は、柔らかなシアンブルーだ。端麗な甘いマスクで、一言で言えば優男である。一見すると、魔族には見えない。淡いオレンジ色のローブを身に纏い、優雅に歩く。人間の女に姿を見せたら、大抵の女はコロリといってしまう。

 彼の両耳より上に生えている約15cmの二本の白い角。それは紛れもなく牡山羊のそれであるのだが、白というカラーのマジックのせいか牡鹿の角のように見える。背中の黒い翼は、何やらファッションの一部に見え、全体的に柔らかな印象の彼にアクセントを与えているようだ。

 ベリアルの担当分野は「怠惰・堕落」である事から、サタ ナキアとのペアで、人間を『家庭内不和』へと導く事が課せられていた。

 主にサタナキアが女…妻を誘惑し、背徳へと誘う。女が好みであれば、人間に変化して背徳へと誘(いざな)い、好みでなければ、人間の男…男側は独身でも既婚でも拘り無く。と出会わせ、背徳へと導くよう囁きかける。或いは、夫の方に女を出あわせ、背徳へと囁く。

 ベリアルはその家族一人一人を怠惰に導く役目を担った。例えば、真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなり、酒に溺れていく。或いは一攫千金を夢見てギャンブルに走る、など。

 正直、あまり好きな仕事ではなかったが、仕事とはそういうものである、と割り切って任務に当たっていた。だから正直、魔王が全悪魔を収集し、魔族不足の深刻さが伝えられ

①二体一組は解消、魔族は一人で任務につく事。

②パートナーは以下より自分で見つけ出す事。

A:人間界より

B:妖、幽界より

C:妖精より

③見つけ出したパートナーは最後まで責任を持って育てる事。


 と発表され、一人ひとりの個性にあった仕事が再度与えられたのだった。

 ベリアルは自分の得意分野を生かす仕事が出来る事が嬉しかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...