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第十話 

My Angel②(エリアスside)

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 「……それで、せっかく出会えたのに三年もの間誘う事も声もかける事も出来ずにいたという。とんだって訳だ。で、やっとの事で手に入れたと思ったら、だ。『魂の番』とやらに出会って即行方不明。で、その間の記憶をすっかり忘れて愛しの彼女の前に再登場って……普通に聞いたらさ、お前相当間抜けの阿保だよなぁ」

 私を前に、ズケズケと物申す男はアルフィー・ロブ・クローバー。切れ長の瞳は知的な光を宿すグレーで、するすると真っすぐに肩まで流れるパンジー色の髪を後ろで一つに束ねている。オリーブ色の肌が、野生の猫のようにしなやかな体を包み込んでおり、細い枠組みの銀縁眼鏡と相まってインテリタイプの美形であるこの男によく似合っていた。精霊人θでクローバー伯爵家の三男坊だ。私と同い歳かつ偶然にも家が近かったという理由で兄弟同然に育った。その為、爵位など関係なく言いたい事を言い合える仲で私の親友でもある。自然な流れで、大公となった私の補佐官兼護衛役となった。あらゆる面で有能なこの男は、忌憚ない意見を述べ場合によっては容赦なくつきつけてくれるので非常に有難い存在だ。

 「あぁ、本当に。お前の言う通りだ。それも、魂の番との出会いから逃避? に至るまでの間、丸々切り取ったみたいに記憶がない。番とやらの写真を見ても何の感情も湧かなかったし。調べてはいるが全く何の情報の進展が無い」
「記憶喪失なら仕方ない、てフォルティーネ嬢が寛大で優しい方だからそれで済んでるけどさ、普通は合わせる顔が無いよなぁ。今後番と再会したら、また理性が崩壊して番を選らんじまう可能性が高い訳だからなぁ」
「その通りだ、今はフォルティーネ以外考えられないと思うし、番とやらに出会ってもその気持ちは変わらない! と言えるが、周りからの話を総称するとそう断言するのは危険だ。認めたくはないが。対策を練ろうにも番とやらの情報も不明なままだし……」
「それでも、彼女を手放したくない、と」
「そうなんだよ、彼女の幸せを願うなら、危険を孕む可能性のある未来を縛り付けてはいけない。手放すべきなんだ。自分が嫌になる……」

 私は机に両肘をつき、頭を抱えた。『根性無し・情けない男ヘタレ』とは、千、二三百年ほど前の東洋の国……確か『日本』という国で生まれた俗語だった……と思う。違ったらすまぬ、が、ニュアンスは合っていると思う。
 アルフィーは気の置けない者には、この辺りの時代の日本の俗語やネットスラング、ワカモノ言葉を好んで使う節があった。勿論、時と場合においてしっかりと言葉遣いは使い分けているが。端正な顔立ち、知的でクールな雰囲気の彼から紡ぎ出される砕けた言葉、そのギャップが数多の女性たちから人気のようだ。

 今、私たちは辺境領地の視察を終え、ハイドランジア大公家の城内の執務室で向かい合っている。彼は不甲斐ない私が行方を晦ましていた間も、『大公代理』として黙々と執務をこなしてくれていた。それも、極力フォルティーネに気を遣わせないように考慮しつつ。と、言うのも……

 「しかし、お前もつくづく不運というか。元々、その容姿と能力、その上堅物なところが『あれだけ恵まれた方だから女性関係が派手になってもおかしくないのに、高潔な人』て人気が高くて。けど、その内にどんな美女にも靡かないもんだから。この俺とお前がなんて噂が流れたりしてさ。お陰で俺にも女が寄り付かなくなっちまった……」

 小国内のごく一部であるが、一時期そんな噂が流れたのは本当だ。

「とは言っても、周りをうろつく軽薄な女どもが一掃出来て却って良かった部分もあるんだけどな」

 と肩をすくめだ。幸いにも、フォルティーネはその噂を知らないようだ。それでもアルフィーは、フォルティーネが万が一噂が耳に入って余計な気を回さないよう影のように私に付き添い、私が行方知れずだった期間も悠久の時を流れる川のように仕事を務めあげた。全く以って、彼には頭が上がらない。

 「番の件については、引き続き調査をし続けるとして。その都度彼女と誠心誠意話し合って行くしか、ないだろうなぁ」

 溜息混じりに、アルフィーは言うと苦笑して私を見つめた。彼なら、信頼できる。小国で辺境領地の視察と警備の状況の確認、小国民たちからの『目安箱』と『ご意見ご要望掲示板』の整理、小国での噂話を確認、をしたところ、

 『いくら「魂の番」に出会って我を忘れたとしても、婚約者をその場で棄てて番と愛の逃避行とか。人としてどうかと思う』
『見損ないました。婚約者様が可哀そう過ぎます』
『そんな都合良い記憶喪失なんてあります? 番とは合わなくて体の良い言い訳を作って戻って来たんじゃないですか?』
『どの面下げて戻って来たんだろうか』

 と大半が私への批判とフォルティーネの擁護だった。中には、魂の番に出会えたなんて羨ましい、自分も出会いたい、という声もあるにはあったがごく少数だ。これならきっと大丈夫だ。一番は、フォルティーネの幸福だ。出来るなら、私の全てをかけて幸せにしたい。そうするつもりではあるが言い切るような無責任な事は出来ない。もしもの時の為に、保険をかけておきたい。

 「アルフィー、頼みがある。お前にしか頼めない」

私は姿勢を正し、真っすぐに彼を見つめた。彼は驚いたようにほんの僅かに瞠目すると、居住まいを正して私の視線を受け止めた。

「そうならないように全力で立ち向かうつもりだが、もし万が一この先『魂の番』に再会して私が理性を失くした時は……」

 このところ密かにずっと考えて来た胸の内を、静かに語り始めた。
 
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