上 下
29 / 49
第八話

ついに来た! 初デートは異世界で?・その三                                    

しおりを挟む
「そんなに慌てて離れようとしないでおくれ」

 と、彼は寂しそうに言った。

「あ、いや。そうじゃなくてあの、ただ……デートなんて初めてで、こんな時、どうしたら良いか分からなくて……」

 慌てて、嫌な訳では無いのだと伝えようとする。彼は肩を抱き留めたままだ。

「……先生?」

 無言のままの彼。不安になって見上げる。

「え? 先生?」

 そこには必死に笑いを堪えている彼がいた。やがてププッと吹き出した彼はそのままハッハッハッハッと声を出して笑い始めた。彼の手が緩む。薔子は
向き合い、 突然笑い出した彼を呆気に取られて見つめた。だが、すぐに彼にからかわれたのだと気付く。ちょっとムッときた。

「もう! 人が真面目に答えたのに!」

 と頬を脹らませた。

「あーすまんすまん。反応が初心《うぶ》で可愛らしくてつい……。決して馬鹿にしている訳では無いのだ」
「酷いです!」

 憤然と抗議する。

「モルモットみたいでそんなほっぺも可愛いな」

 と彼は右人差し指で軽く彼女の左頬に触れた。

「モルモットって……」

 薔子は反応に困り、彼を見つめる。体を小刻みに震わせ、左手て口元を覆い笑いを耐えている。またからかわれたのだと悟り、

「もーう! 先生の意地悪!」

 と叫んだ。もう、本気で怒ってなどいない。

「ハッハッハッ、すまんすまん。可愛くてついからかいたくなってな」
「先生の馬鹿ッ!」
「おっと」

 薔子が拳を振り上げると、彼はひらりと後ろに飛び退いた。

「あ! ズルイ! 人間相手に魔法なんて反則!」

 薔子は追いかけようとする。彼は再び声をあげて笑うと

「ごめんごめん、でも魔法じゃなくて身のこなしと言って欲しいなぁ」

 と言いながら、彼は逃げ出した。

「あ、待て!」

 薔子は追いかける。楽しそうな二人の笑い声が、森に響き渡る。

 静寂の中、チョロチョロと水が湧き出る音が心地良く響く。白樺の木立と青々としたシダに囲まれた大自然の鏡。それは蒼穹と木々やシダの緑、白樺の幹や枝の白さを克明に映しだしている。直径およそ3m程の泉だ。湧き出る水が小さく規則的な波紋を作り出し、小刻みに波打つ水面《みなも》が、かろうじてそこに水が湛えられている、と悟る事が可能だ。

「素敵……。ここが、『妖精の泉』……」

 薔子は両手を胸の前で組み、瞳を輝かせて泉を見つめる。

「湧き水じゃなかったら、本当に天然の鏡みたいですね! 知らないで足を踏み入れちゃいそう」

 と彼を振り返る。

「そうだね。妖精は精霊に比べると人間に近い存在だから、光と闇の部分を極端に持ち合わせた存在だし。そのまま人間を水底に引きずり込む場合もある。その得体の知れない闇の部分が、余計に神秘的で魅力に感じるスパイスになっているよね」

「精霊と妖精? 言い方が違うだけで同じかと思ってました」

 思いがけない見解を語る志門に、薔子は興味をそそられる。

「分かり易く言うとね、精霊は植物や花などの自然の中に宿る魂そのもの。善悪や正誤などの人間の視点を持たない自然の一部、とも言えるかな。対して妖精は、人間や動物または植物などの発する感情に反応して生まれた存在なんだ。だから人間に近いんだよ」

 彼はゆっくりと説明し始めた。
 
「へぇ? 人間のミニ版に羽が生えたみたいなのは妖精?」

「大体はそうだね。対して精霊は殆どの人間には視えないし、視えたとしても大抵は光の玉で見えたりするし。神や天の使いのように高次元の存在になるかな。妖精は高次元と人間の間に位置する存在だね」

「あ、もしかして妖精は人間に近いから、逸話とか伝説に登場する率が高いのでしょうか? つまりは元ネタになる話があったりして、それが伝説として伝わったり」

「うん。日本だと……そうだな、コロボックルとかニングルとか。そんな感じで伝わってるかな」

「あら、コロボックルって小人さんなのかと!」

「小人族も、大地の妖精の一種なんだよ」

「へぇ……」

 二人はいつの間にか、泉の近くの木の切り株に座って話し込んでいる。丁度隣り合うように並んでおり、物語のヒロイン・アニーが『妖精の椅子』と読んだ場所そのままだ。

「妖精は悪戯好きで気分屋。無邪気さと残酷さを合わせ持つ性質があるから、人間の願いを叶えてくれる反面しっかりと代償を要求したり。要求に応じない場合は容赦なく報復したりと。物語のネタに事欠かないよね」

 と彼は薔子に微笑む。

「昔は……もっと自然を敬っていた頃は、妖精さんも沢山居たのでしょうね」

 薔子の唇が緩やかに弧を描く。

「そうだね。昔は人も妖《あやかし》も共存共栄していたからね」

 そう言った彼は、何故かほんの少し寂し気に見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る 花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。 だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。 それは、薔薇。 赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。 赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。 最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。 共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。 曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――……… 個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。 花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。 ※ノベマ・エブリスタでも公開中!

夜食屋ふくろう

森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。 (※この作品はエブリスタにも投稿しています)

タイムトラベル同好会

小松広和
ライト文芸
とある有名私立高校にあるタイムトラベル同好会。その名の通りタイムマシンを制作して過去に行くのが目的のクラブだ。だが、なぜか誰も俺のこの壮大なる夢を理解する者がいない。あえて言えば幼なじみの胡桃が付き合ってくれるくらいか。あっ、いやこれは彼女として付き合うという意味では決してない。胡桃はただの幼なじみだ。誤解をしないようにしてくれ。俺と胡桃の平凡な日常のはずが突然・・・・。 気になる方はぜひ読んでみてください。SFっぽい恋愛っぽいストーリーです。よろしくお願いします。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~

浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。 男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕! オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。 学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。 ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ? 頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、 なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。 周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません) ハッピーエンドです。R15は保険です。 表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。 ※第6回ライト文芸大賞奨励賞受賞作です。

処理中です...