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第八話
ついに来た! 初デートは異世界で?・その三
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「そんなに慌てて離れようとしないでおくれ」
と、彼は寂しそうに言った。
「あ、いや。そうじゃなくてあの、ただ……デートなんて初めてで、こんな時、どうしたら良いか分からなくて……」
慌てて、嫌な訳では無いのだと伝えようとする。彼は肩を抱き留めたままだ。
「……先生?」
無言のままの彼。不安になって見上げる。
「え? 先生?」
そこには必死に笑いを堪えている彼がいた。やがてププッと吹き出した彼はそのままハッハッハッハッと声を出して笑い始めた。彼の手が緩む。薔子は
向き合い、 突然笑い出した彼を呆気に取られて見つめた。だが、すぐに彼にからかわれたのだと気付く。ちょっとムッときた。
「もう! 人が真面目に答えたのに!」
と頬を脹らませた。
「あーすまんすまん。反応が初心《うぶ》で可愛らしくてつい……。決して馬鹿にしている訳では無いのだ」
「酷いです!」
憤然と抗議する。
「モルモットみたいでそんなほっぺも可愛いな」
と彼は右人差し指で軽く彼女の左頬に触れた。
「モルモットって……」
薔子は反応に困り、彼を見つめる。体を小刻みに震わせ、左手て口元を覆い笑いを耐えている。またからかわれたのだと悟り、
「もーう! 先生の意地悪!」
と叫んだ。もう、本気で怒ってなどいない。
「ハッハッハッ、すまんすまん。可愛くてついからかいたくなってな」
「先生の馬鹿ッ!」
「おっと」
薔子が拳を振り上げると、彼はひらりと後ろに飛び退いた。
「あ! ズルイ! 人間相手に魔法なんて反則!」
薔子は追いかけようとする。彼は再び声をあげて笑うと
「ごめんごめん、でも魔法じゃなくて身のこなしと言って欲しいなぁ」
と言いながら、彼は逃げ出した。
「あ、待て!」
薔子は追いかける。楽しそうな二人の笑い声が、森に響き渡る。
静寂の中、チョロチョロと水が湧き出る音が心地良く響く。白樺の木立と青々としたシダに囲まれた大自然の鏡。それは蒼穹と木々やシダの緑、白樺の幹や枝の白さを克明に映しだしている。直径およそ3m程の泉だ。湧き出る水が小さく規則的な波紋を作り出し、小刻みに波打つ水面《みなも》が、かろうじてそこに水が湛えられている、と悟る事が可能だ。
「素敵……。ここが、『妖精の泉』……」
薔子は両手を胸の前で組み、瞳を輝かせて泉を見つめる。
「湧き水じゃなかったら、本当に天然の鏡みたいですね! 知らないで足を踏み入れちゃいそう」
と彼を振り返る。
「そうだね。妖精は精霊に比べると人間に近い存在だから、光と闇の部分を極端に持ち合わせた存在だし。そのまま人間を水底に引きずり込む場合もある。その得体の知れない闇の部分が、余計に神秘的で魅力に感じるスパイスになっているよね」
「精霊と妖精? 言い方が違うだけで同じかと思ってました」
思いがけない見解を語る志門に、薔子は興味をそそられる。
「分かり易く言うとね、精霊は植物や花などの自然の中に宿る魂そのもの。善悪や正誤などの人間の視点を持たない自然の一部、とも言えるかな。対して妖精は、人間や動物または植物などの発する感情に反応して生まれた存在なんだ。だから人間に近いんだよ」
彼はゆっくりと説明し始めた。
「へぇ? 人間のミニ版に羽が生えたみたいなのは妖精?」
「大体はそうだね。対して精霊は殆どの人間には視えないし、視えたとしても大抵は光の玉で見えたりするし。神や天の使いのように高次元の存在になるかな。妖精は高次元と人間の間に位置する存在だね」
「あ、もしかして妖精は人間に近いから、逸話とか伝説に登場する率が高いのでしょうか? つまりは元ネタになる話があったりして、それが伝説として伝わったり」
「うん。日本だと……そうだな、コロボックルとかニングルとか。そんな感じで伝わってるかな」
「あら、コロボックルって小人さんなのかと!」
「小人族も、大地の妖精の一種なんだよ」
「へぇ……」
二人はいつの間にか、泉の近くの木の切り株に座って話し込んでいる。丁度隣り合うように並んでおり、物語のヒロイン・アニーが『妖精の椅子』と読んだ場所そのままだ。
「妖精は悪戯好きで気分屋。無邪気さと残酷さを合わせ持つ性質があるから、人間の願いを叶えてくれる反面しっかりと代償を要求したり。要求に応じない場合は容赦なく報復したりと。物語のネタに事欠かないよね」
と彼は薔子に微笑む。
「昔は……もっと自然を敬っていた頃は、妖精さんも沢山居たのでしょうね」
薔子の唇が緩やかに弧を描く。
「そうだね。昔は人も妖《あやかし》も共存共栄していたからね」
そう言った彼は、何故かほんの少し寂し気に見えた。
と、彼は寂しそうに言った。
「あ、いや。そうじゃなくてあの、ただ……デートなんて初めてで、こんな時、どうしたら良いか分からなくて……」
慌てて、嫌な訳では無いのだと伝えようとする。彼は肩を抱き留めたままだ。
「……先生?」
無言のままの彼。不安になって見上げる。
「え? 先生?」
そこには必死に笑いを堪えている彼がいた。やがてププッと吹き出した彼はそのままハッハッハッハッと声を出して笑い始めた。彼の手が緩む。薔子は
向き合い、 突然笑い出した彼を呆気に取られて見つめた。だが、すぐに彼にからかわれたのだと気付く。ちょっとムッときた。
「もう! 人が真面目に答えたのに!」
と頬を脹らませた。
「あーすまんすまん。反応が初心《うぶ》で可愛らしくてつい……。決して馬鹿にしている訳では無いのだ」
「酷いです!」
憤然と抗議する。
「モルモットみたいでそんなほっぺも可愛いな」
と彼は右人差し指で軽く彼女の左頬に触れた。
「モルモットって……」
薔子は反応に困り、彼を見つめる。体を小刻みに震わせ、左手て口元を覆い笑いを耐えている。またからかわれたのだと悟り、
「もーう! 先生の意地悪!」
と叫んだ。もう、本気で怒ってなどいない。
「ハッハッハッ、すまんすまん。可愛くてついからかいたくなってな」
「先生の馬鹿ッ!」
「おっと」
薔子が拳を振り上げると、彼はひらりと後ろに飛び退いた。
「あ! ズルイ! 人間相手に魔法なんて反則!」
薔子は追いかけようとする。彼は再び声をあげて笑うと
「ごめんごめん、でも魔法じゃなくて身のこなしと言って欲しいなぁ」
と言いながら、彼は逃げ出した。
「あ、待て!」
薔子は追いかける。楽しそうな二人の笑い声が、森に響き渡る。
静寂の中、チョロチョロと水が湧き出る音が心地良く響く。白樺の木立と青々としたシダに囲まれた大自然の鏡。それは蒼穹と木々やシダの緑、白樺の幹や枝の白さを克明に映しだしている。直径およそ3m程の泉だ。湧き出る水が小さく規則的な波紋を作り出し、小刻みに波打つ水面《みなも》が、かろうじてそこに水が湛えられている、と悟る事が可能だ。
「素敵……。ここが、『妖精の泉』……」
薔子は両手を胸の前で組み、瞳を輝かせて泉を見つめる。
「湧き水じゃなかったら、本当に天然の鏡みたいですね! 知らないで足を踏み入れちゃいそう」
と彼を振り返る。
「そうだね。妖精は精霊に比べると人間に近い存在だから、光と闇の部分を極端に持ち合わせた存在だし。そのまま人間を水底に引きずり込む場合もある。その得体の知れない闇の部分が、余計に神秘的で魅力に感じるスパイスになっているよね」
「精霊と妖精? 言い方が違うだけで同じかと思ってました」
思いがけない見解を語る志門に、薔子は興味をそそられる。
「分かり易く言うとね、精霊は植物や花などの自然の中に宿る魂そのもの。善悪や正誤などの人間の視点を持たない自然の一部、とも言えるかな。対して妖精は、人間や動物または植物などの発する感情に反応して生まれた存在なんだ。だから人間に近いんだよ」
彼はゆっくりと説明し始めた。
「へぇ? 人間のミニ版に羽が生えたみたいなのは妖精?」
「大体はそうだね。対して精霊は殆どの人間には視えないし、視えたとしても大抵は光の玉で見えたりするし。神や天の使いのように高次元の存在になるかな。妖精は高次元と人間の間に位置する存在だね」
「あ、もしかして妖精は人間に近いから、逸話とか伝説に登場する率が高いのでしょうか? つまりは元ネタになる話があったりして、それが伝説として伝わったり」
「うん。日本だと……そうだな、コロボックルとかニングルとか。そんな感じで伝わってるかな」
「あら、コロボックルって小人さんなのかと!」
「小人族も、大地の妖精の一種なんだよ」
「へぇ……」
二人はいつの間にか、泉の近くの木の切り株に座って話し込んでいる。丁度隣り合うように並んでおり、物語のヒロイン・アニーが『妖精の椅子』と読んだ場所そのままだ。
「妖精は悪戯好きで気分屋。無邪気さと残酷さを合わせ持つ性質があるから、人間の願いを叶えてくれる反面しっかりと代償を要求したり。要求に応じない場合は容赦なく報復したりと。物語のネタに事欠かないよね」
と彼は薔子に微笑む。
「昔は……もっと自然を敬っていた頃は、妖精さんも沢山居たのでしょうね」
薔子の唇が緩やかに弧を描く。
「そうだね。昔は人も妖《あやかし》も共存共栄していたからね」
そう言った彼は、何故かほんの少し寂し気に見えた。
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