上 下
20 / 32
第十三話

それぞれの恋のベクトル①

しおりを挟む
 アリアは鬱々とした気分を一旦整理する為、裏庭で一人佇んでいた。裏庭と言っても、城内の領地ではなくアリア専用の庭園をそう呼んでいるだけであるのだが。そこはアリアが与えられている部屋のバルコニーの一角に作られたガラス温室内の庭園だ。温度調節は魔術で簡単に出来るので一年中楽しめる。こじんまりとした中にも、四季折々の花々が楽しめるようにミニチュア英国式ガーデンを再現させいた。

 物語の設定上、冷遇されているアリアの与えられている部屋は日当たりもあまり良くない上に部屋もバルコニーも狭い、とされている。しかし、生前(?)が日本人生まれの一般庶民の佳穂アリアにしたら、自室もバルコニーもとんでもない程広く感じたし、学生の頃は家賃の安さに釣られてに入居した経験者としたら十分日が当たっていると思う。

 物語にも、アリアが報われないジークフリートへの想いを噛みしめ、一人嘆く場所が自室のバルコニーの片隅に作られた手狭なガラス庭園とあった。そこは最初から備え付けられていたのか途中から作られたのかまでは書かれてはいなかったが、真相はアリアがものだった。

 ……表舞台には決して出て来ないけど、何だかんだ言ってアリアもがあったりするのよね。だから、何もジークフリートの言いなりになって大人しく殺される必要はないと思うのよ……

 あくまで脇役だから、国家レベルで影響を及ぼすものではなく個人で楽しめる範囲ではあるけれど、それはとても幸運な事だと感じた。

 ……個人で生活して行くだけならこのを上手く活用すれば、市井におりて慎ましく生活して行けば生き延びられる可能性が高くなる気がする。前世(?)の貧乏学生時代の経験者でもあるし、何だか行けそうな気がして来た……

 アリアは己を鼓舞する。そうしないと、凄まじい勢いでジークフリートに引き寄せられてしまう恋慕とヘレナへの不毛な嫉妬心にに引き摺られてしまいそうになるからだ。

 あれから……ジークフリートとヘレナが共闘して魔獣を退けた後、二人は名残惜し気に会話を交わしヘレナは街中に、ジークフリートは場所へと戻って来た。表面上は変わらない笑顔でアリアを見つめこれから向かう『魔法石展示会』について何やら語ってはいるが、その深い青の双眸はそれらを裏切り、冷め切っていた。

 それはそうだろう、とアリアは自嘲する。

……原作ヒロインとの初めての出会い。一目でその魅力に強烈に惹かれ合って。あんな絶世の美少女に出会った後に私の顔を見たら、そりゃしちゃうよねー……

「とても、お美しい御令嬢でしたね」

 つい、嫌味が口をついで出てしまう。心の何処かではそれを否定して欲しくて。『彼女とは何でもありませんよ、あなた一筋です』と言って欲しくて。その癖、それは口先三寸。僅かな出会いの中、互いに次も会えるよう魔術で連絡先を素早く交換し合っていたのも知っているのに。この台詞、この感情、全てだ。

「辞めておけ、こんな浮気サイコパス野郎なんて。これ以上関われば死ぬぞ!?」

と、アリアの本能は警告しているのにも関わらず。何と愚かなことか。ジークフリートはさすがに言われた事が予想外だったのか微かに瞠目した。

 ……あぁ、原作通りの反応ね……

「おや? 私は少し自惚れても宜しいのでしょうか? もしかして、妬いていらっしゃる?」

 蕩けるように笑みを浮かべる、あやかもアリアが好きで堪らないかのように。

「え? あ、いや、わ、私は……」

 滑稽過ぎる茶番だと頭ではハッキリ悟っているのに、勝手に頬が熱くなってしどろもどろに応じる。原作通りに……

「ふふふ、大丈夫ですよ。私には殿下が全てです。彼女とでございますよ」

 ……この嘘つき! ヘレナに一目惚れした癖に!……

激しい憤りを感じるのに、照れたように微笑んで彼を見つめている。このまま彼がヘレナの元に走ってくれたら、アリアのハッピーエンドに繋がるのに! 

 『魔法石展示会』では、原作にある通りの彼の瞳の色を彷彿とさせる『アウイナイト』をベースにした魔法石のペンダントを捧げられた。彼の髪に倣って、純金枠で飾られたものだ。その後は予定通り、皇帝皇后両陛下と対面して……

 
 「……下、殿下?!」

ディランの呼び声で我に返る。気付けばガラスの壁に頭がぶつかりそうになっていた。

「どうなさいました? そのまま気付かないようであれば、不敬となりますがお体に触れて御止めさせて頂くところでした」

ホッとした様子の彼に、「助かったわ」と苦笑で応じる。一人になりたいと言う私の為に、ディランは目立たないように影から護衛についてくれていた。

 ……こんなに真摯で忠実に任務についてくれているこの子ディランも、ヘレナを見た途端心を奪われて、私の元を去って行くのね……

 静かにため息をつき、何とも言い難い複雑な思いで彼を見つめた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

推しに断罪される悪役王女は嫌なので、愛され王女を目指すことにしました

春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中
ファンタジー
四年間勤めた会社を退職し、大好きな乙女ゲームの舞台となったとされるスポットへ聖地巡礼の旅に出た羽咲 灯(うさき あかり)二十二歳。 しかし、飛行機に乗っていたはずなのに、目が覚めると、乙女ゲームの世界の悪役、トルシュ王国の王女になっていた。 王女の運命は、乙女ゲームのヒロインである神獣の巫女を殺そうとした罪で国外追放されるか、神獣の業火で焼かれて処刑されるかのみ。 そんなの絶対嫌。 何とか運命を変えようと決意する灯だが、この世界のヒロインが行方不明に!? 敵対勢力であった魔族もいなければ、隠しキャラもいないし、国は荒れ果てている。 さらに王女には妹もいて……??? 大好きな乙女ゲームの世界だけど、ちょっと何かがズレている様子。 奇跡的に推しキャラの神獣の世話係に任命された灯は、推しを成長させる為に五人の攻略対象者の好感度をあげまくる、愛され王女を目指すことに――。 感想ありがとうございます! 返信遅くてすみません。励みになります(^o^)/

底辺男のミセカタ 〜ゴミスキルのせいで蔑まれていた俺はスキル『反射』を手に入れて憎い奴らに魅せつける〜

筋肉重太郎
ファンタジー
俺は……最底辺だ。 2040年、世界に突如として、スキル、と呼ばれる能力が発現する。 どんどん良くなっていく生活。 いくつもの世界問題の改善。 世界は更により良くなっていく………はずだった。 主人公 田中伸太はスキルを"一応"持っている一般人……いや、底辺男であった。 運動も勉学も平均以下、スキルすら弱過ぎるものであった。平均以上にできると言ったらゲームぐらいのものである。 だが、周りは違った。 周りから尊敬の眼差しを受け続ける幼馴染、その周りにいる"勝ち組"と言える奴ら。 なんで俺だけ強くなれない………… なんで俺だけ頭が良くなれない………… 周りからは、無能力者なんて言う不名誉なあだ名もつけられ、昔から目立ちたがりだった伸太はどんどん卑屈になっていく。 友達も増えて、さらに強くなっていく幼馴染に強い劣等感も覚え、いじめまで出始めたその時、伸太の心に1つの感情が芽生える。 それは…… 復讐心。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...