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第三話

原作ヒーローとの出会い①

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 それから二年が過ぎた。アリア自身は認めなくは無かったけれど、本当に小説の中に入り込んでしまったらしい。そういった小説や漫画を読んだ事はあったが、まさか自分が体験するとは思わなかった。けれども、人間には順応力というものが誰にでも備わっているもので。もうアリア・フローレンス・カレンデュラ。は一族のそれはそれは大切にされ、守られている内気で病弱で醜い第三皇女。しかし実際は、虐げられ殴られけられ踏んづけられ罵られ兄と姉にストレス発散のサンドバッグにされている惨めな境遇。不思議な事に、これがアリアなのだと受け入れてしまっている。これが噂に聞くというものなのかもしれない、と感じていた。
 いやいや、こんな状況に慣れるなよ、と思ったりもするが、空腹や痛みを感じる度に「これが現実なのだ」と受け入れざるを得ない。

 生前(?)のアリアは、久野佳穂ひさのかほという名前だった。文系の大学を卒業した後、大手の化粧品メーカーのラウンダーとして働いて二年目を迎えた頃だった。不規則で拘束時間も長く、体力的にはキツイ部分はあったけれど仕事自体は好きだった。ただ当時、上司との折り合いが悪かったり、ノルマがキツかったり、片思いが失恋で終わったりと相当気が滅入ってササクレ立っていた。両親は三年ほど前に事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。そんなアリアの唯一の癒しと活力の源は、オフの日やファンタジー小説や漫画を眠る前に読む事だった。

 ……その日はオフの日で。発売されたばかりの『恋獄の花園、愛の光』の下巻を買い、つまり完結編を徹夜で読み耽っていた。典型的な当て馬キャラ、アリア・フローレンスに少しでも救済処置がある事を願いつつ。結果、原作男主人公ヒーロー女主人公ヒロインを救う為に容赦無く刺し殺され、呆気なく十八年の生涯を閉じた。アリアが殺害されるまでの経緯は後に譲るとして、とにかくヒーローとヒロインは漸く晴れて結ばれ、いつまでも幸せに暮らした。そんな結末を迎えた。

 「えー? これは酷いよ、さすがにアリア可哀相じゃん……この子、生まれてからずっと誰にもい愛されずに利用されるだけ利用されて全てを捧げた男に殺されちゃうなんて……」

 と大泣きしながらいつの間にか眠ってしまい、気付いたら自分自身がアリアとなっていた……訳である。思い入れがあった不遇で非業の死を遂げたキャラと自分がそれに取って代わるのとは話は別だ。アリアはこの二年間、原作の凄まじい強制力に翻弄されながらも何とか生き残る手立てはないか探っていた。

 先ずはこの原作の世界観についてだ。特にアリアを取り巻く状況把握が重要だ。何せ脇役キャラにつき、さほど詳細に渡る描写はされていないので一つ一つ体験して知って行くしかない。幸いな事に、読み書きを始めとした言語は特に労せずに通じる。ここは非常に助かった。無能だとか蔑まれてはいるが、学問や教養、マナー、音楽、魔術、フェンシングや馬術、ダンスなど。皇女に必要な事はという名目の体罰と共に厳しく身に着けさせられているし、ここも今後役立って来るだろう。

 実際のアリアへの待遇については、使用人全員に皇帝と皇后が直々に箝口令を宣言、更にアリアを敬い、主として尊重するように、と命じた。もしそれを破った使用人が居たら『即斬首刑』されるという見せしめを目の当たりにさせほどの徹底ぶりは色々な意味で感心してしまう。

 その癖、アリアと原作男主人公ヒーローが出会って婚約中、ヒーローが原作ヒロインと恋に落ちる訳だが。それが帝国中の噂になって、アリアが地位と権力を盾に原作ヒーローを脅し、原作ヒロインとの仲を引き裂いたという意味不明な噂が、帝国中に流れていても放置する一族とか矛盾しまくっている。世間には内気で病弱な皇女と演出しているのにも関わらず。普通なら、そんな噂を流されたら事態の収拾を図ろうとするだろうし、何より原作ヒーローとヒロインは皇女を蔑ろにした不貞罪で処刑か爵位剥奪の上で国外追放をしても良さそうだと思うのだが。

 所詮アリアは当て馬役だし、ファンタジーだから……という作者側の最大の言い訳で説明がつく……のだろうか。

『どうかお願いです、痛いのは止めてください』

 鞭打ちや殴る蹴るなどの暴行を受ける度、兄や双子の姉に何度も懇願しようと口を開く度に、漏れる言葉は

「ふっ、くっ」

 と苦痛に耐える呻き声のみ。まるで呪縛に掛かったかのように、声が出せなくなるのだ。故に、原作通りに強制的に進んでしまう。

 このまま行けば、原作ヒーローとの出会いは一週間後。アリアの十四歳の誕生パーティーで出会う事になる。出会いは避けられないにしても、何とか婚約は避けられないだろうか?

 アリアは懊悩していた。
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