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chapter⑦

敵情視察③

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 その男はスタッフ全員が深々と頭を下げて男を迎え入れるのを、至極当然のように受け入れている。周りにかしずかれる事が当たり前の日常を過ごしている様子が見てとれた。館内に足を踏み入れたと同時に、受付を通す必要もない程の(?)らしい。報告書によれば、支払いは滞る事なくきっちり支払っているし、尊大な態度ではあるが誰彼構わず絡んで暴力を振るう事はない、とある。つまり、にする正当な理由がない、という事だ。そのような顧客は少なからずどこにでも出て来るものだろう。

 問題はこの英雄気取りの男と巫女気取りの女が国の金でをしている、という事だ。その事が、帝国民の反感をかっており、『報奨金と国家資金』の見直しを求められているのだ。この件が、本来なら何の咎めも受ける事がないスポーツや芸術などに纏わる賞金そのものにもやり玉にあげられてきている。つまり、批判されるべきでない人たちまで批判の声があがって来ているのだ。

 『挨拶にいきますよ』

店長の囁きでいよいよが来た事を悟る。凡そ三年もの間引き摺っていたトラウマを受け止め、解放するのだ。が目の前を通る過ぎる前に、店長と並んで一歩前に進み出る。気怠そうに足を止める男。

「アロイス様、ご挨拶を失礼します。こちらはつい先日入社したばかりの新人スタッフです」
「ご紹介して頂きました新人、アドルフ・ターナーと申します。宜しくお願いします」

 筋骨隆々で大柄な店長と共に丁寧に頭を下げる。ヤツは興味の無さそうに一瞥をくれると、「あ、そ」とだけ言った。スタッフ全員が紺色のトレーニングスーツに身を包んでいる中、一人だけ目立つように新人を示す若葉色のトレーニングスーツにしている。しかし、全く関心はないようだ。

帝国からの報告書によれば、に対する帝国民たちからの苦情は届けられたと聞く。報告兼忠告が一回、警告が三回。それでも言動を改めなかった彼らに対し、世直し魔導士たちにを任せたと同義語なのだ。つまりは、試験と言えどルーチェルにその采配が委ねられている。言い方を変えれば、世直し魔導士の本試験の題材にしてもか構わない程度の案件という訳だ。

 店長から事前に聞いたところによると、基本的に女性には優しく、同性には無関心或いは横柄な態度を取る事が日常化しているらしい。

 『女にゃ親切だが男には偉そうな態度』
『女と言っても若い子限定だよ』
『対抗意識が働く同性だとあからさまにケンカ腰になるから気をつけな』

 周囲の人々の声を聞いても似たような印象を受ける。それなら、やる事は一つだ。そのような男がトラウマの原因の一つとなっていた自分に情けないやら何やら色々と思うところはあるが、今はその感情は一旦脇に置いてすべき事に集中せねばなるまい。

 店長の目を見つめる。鋭い藍色の眼差しがお道化たように瞬いた。「好きにやってくれて構わない」という合図だ。

 「アロイス様、この者はであり、勇者であるアロイス様に並々ならぬ憧れを抱いており、勇者アロイス様のトレーニングを間近で見たいと申しまして、我々のジムへとやって来た次第でございます」

 店長は男の加虐心を煽るかのように、淡々と告げた。絡まれてルーチェルと剣を交えるような流れに持って行く手筈となっているのだ。

 「何? こんなヒョロヒョロが?」

狙い通り、ヤツのプライドとやらに触れたようだ。ルーチェルが扮するアドルフ・ターナーは男を真っすぐに見つめた。以前はあれほど惹かれた深い鳶色の瞳は、今はフロストガラス玉のようにに濁って見える。

「はい、自分は帝国近衛騎士団に非常勤で所属しております。いずれはアロイス様のように勇者になるのが夢です!
お会い出来て光栄です」

 と熱っぽく語って見せた。

「何? 騎士団に勤務?」

 ヤツは不快そうに眉を顰める。ここまで予想通りだと却って不安になるくらいだ。

「ええ。アロイス様の太刀筋を拝見させて頂きたいです!」

 出来るだけ無邪気に言ってのけた。

「生意気な、新人如きがそう簡単に私の剣さばきが見られると思うのか?」

 気色ばむ男に、悪びれずに小首を傾げ、何も感じていないかのように語る。

「はい、という勇者様なら、次代を担う新人育成にも意欲的だと思いますから当然の事かと」

 内心でほくそ笑みながら、平然と応じた。

 ……あれから三年、全く実践を交えていないこの男がどれほどの腕前を見せるのかある意味楽しみではあるわね……

 剣はセス直伝なのだ、身を守る程度だがもある。少なくともアロイスに負ける気はしなかった。
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