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chapter⑦

敵情視察①

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 ……ふーん、華奢で小柄だけど胸は大きいんだ。童顔だし、なんだかロリータ少女って感じね……

ルーチェルは真剣な面持ちで注目しながらも、内心では呆れ果てた気持ちと虚しさ、悔しさをごちゃごちゃにかき混ぜて泡立てたような、何とも言い難い複雑な心境だった。それでも、そんな感情は表に出す訳にはいかない。それは任務の基本中の基本だ。だから、加点にはならない。その代わり出来なければ大きなマイナスポイントとなる。

 ルーチェルは今、例の『異世界から召喚された巫女』桜木心愛の日常を確かめる為に潜入捜査していた。ほぼ一日おきに、全身美容に通っているというのでそこのサロンの新人スタッフとして同席していた。所謂『敵情視察』というやつだ。勿論、事前に許可は取ってある。サロンのスタッフによる桜木心愛に対する印象の調査も重要だ。名前をルーシー・ケイトナー、リス系獣人族。褐色の髪と瞳を持つ清楚で大人しい感じの娘に変身している。

 「お約束の時間通りにいらして頂いて料金さえしっかりお支払い頂けるなら、私どもが何か申し上げる事はございません。お客様のプライベートな事は私共が関わってはいけない事ですので」

 と店長は応じる。これは店長として模範解答、勿論だ。いくら国連が絡む『世直し魔導士』と言っても、黙秘権も行使出来る。けれども、特に疚しい事がない限りは積極的に協力してくれる事が大半だ。完全防音魔法が施された場所で、世直し魔導士が入手した情報は調査の対象に必要な事以外、完全守秘義務の徹底を約束されているからだ。

 「……以上は立場上の建前です。心愛様に関して個人の感じた事を忌憚なく述べますと……我々スタッフに対しては常に上から目線ですね。正直に申し上げて、感じは宜しくないです」

 ……ふーむ、どうやらスタッフの皆さん、かなりうっ憤が溜まっているみたいねぇ。店長さん、目が笑ってない……

 それを皮切りに、他のスタッフも次々と声を上げる。

「そうなんですよ。機嫌が悪いとお金を投げてよこしたりするし、その癖、男のスタッフには媚をうって可愛いふりをするんですよ!」
「あ、でも男のスタッフと言っても男なら誰でも良い訳じゃなく。なんですよ。自分には汚いものを見るような目つきで見ますからね!」
「そうそう、ホント感じ悪いです」
「それに、聞いても居ないのに施術中に勇者だか騎士だかの旦那自慢ばかり。こちらが望んだような反応を示さないと癇癪を起して『陛下に言いつけて首にしてやるから!』とか言い出す始末です。前の陛下ならまだ分かりますが、今の陛下は違うのではないかと思うのですが、そのあたりはどうなっているのか曖昧で……」

 ……あらあら、皆さん相当ストレスを溜め込んでらっしゃる。聞くところによると、ちやほやされ過ぎて高慢ちきの鼻持ちならないお姫様になってるみたいねぇ。まぁ、確かに……

 「巫女様、新人スタッフでございます、今後とも宜しくお願いします」

数時間ほど前、桜木心愛を前に店長に紹介された事を思い出す。

 「ふーん、美容を扱うスタッフなのに平凡な見た目ね。よく採用されたわね」

上から下まで不躾に見た後、馬鹿にしたようにそう言って興味無さそうに雑誌に手を伸ばした。

 ……これじゃぁ、帝国民も『税金の無駄遣い』だと反発したくなるわね。他にも聞き込み調査は必要だけど。この分だと、アロイスも増長しているでしょうね……

 「何だこの女?!」とムッと来たが、「申し訳ございません」と店長と共に頭を下げる。あまりの常識外れな言動にげんなりした。胃の辺りが重く感じられた。しかし、私的な感情に引きずられる訳には行かない。今はやるべき事のみに集中すべきだ。ふと、世直し魔導士の大先輩の言葉を思い出す。耳の奥に小鳥のように軽やかで朗らかな声が蘇る。

 『成功の秘訣はね、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」これ、大事よ。敵の実力と自分の実力。両方をきちんと知っておく事』

続いて、心地よいテノールが響く。

『それとね、場合によっては無理な戦いはしない、手を出さないという決断をする事も大切だからね』

 兎系獣人族のガーデニア・グランデと、狼系獣人族のラウル・ヘイワードだ。彼らは『世直し魔導士』であると同時にガーデニアは現ラインゲルト辺境伯夫人、ディスティニー・キアラの専属秘書を。ラウルは現ラインゲルト辺境伯ジルベルト・ジャスティスの専属護衛騎士でもある。

 今日中に、元婚約者アロイスの調査に手をつけたい。気が重い。だが逃げる訳には行かない、彼等のアドバイスを胸に、自らを奮い立たせるのだった。
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