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第百十四話
忘却の彼方・中編
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伽羅の深みのある上品な甘さか、包み込むように香る。国王の銀の髪が、サラサラと簾のように俺の右頬を流れる。国王の髪も、服も、微かに伽羅の香りがするのだと今更ながら感じた。
……気掛かりな事……何を、どう伝えたら良いのだろう?
銀灰色の瞳は、柔らかな光を湛えて見つめている。その光に、迷いの影は見受けられない。話してみようか? 少しずつ、様子を見ながら。
ふと、後頭部に国王の鼓動の響きを再確認する。以前聞いた時より、鼓動が早まっている気がする。緊張しているのだろうか? 俺が何を言うのか……。やはり、国王が悪い方には見えない。ただ、幼少期の環境から、人を愛する事も愛される事も知らずにきただけで。
だからと言って、俺が愛され方や愛し方を知っている訳ではないけれども。むしろ、愛する事も愛される事もとうの昔に諦めて生きてきたのだ。
少しの間逡巡した後、思い切って口を開く。
「……やはり、気になるのです。記憶が抜け落ちているような気がする部分が」
慎重に、慎重に……様子を窺いながら……
「それと……その……」
「どうした? 申してみよ」
これは、言ってみても大丈夫だろうか? 少しぼかして話してみようか……
「彩光界について、まだ何も理解出来ていないような気がして。先ずは一般的な知識を覚えようとインターネットで調べてみたのですが……」
銀灰色の双眸が、揺れる。湖面に浮かぶ月が、風にたゆたうように。
「検索範囲が決まっているようで。その検索範囲の基準が今一つよく分からない、と言いますか……」
とうとう話してしまった。オブラートに包みきれてないのに。だが、致し方ない。自らの意思を貫くに為には、全ての人の賛同を得る事など無理だという現実把握は必要不可欠だ。
つまり、あちらにもこちらにも良い顔は出来ない訳で。そう言えば、俺の事を『八方美人』と言ったのはダニエルだったか、ハロルドだったか……。元居た世界でもそう言われて来たから、きっと、そうなのだろう。
「なるほどな……」
国王は遠くを見つめるような眼差しを向けた。
「……この世界には、知るべき情報と知らなくて良い情報と、大きく分けて二通りあるのだ」
抑揚の無い声で続ける。瞳は正面を見つめたままだ。そのまま静かに耳を傾ける。
「世の中を出来るだけ平穏に保つには、情報管理をしっかりと統制する事が必要でな……」
淡々と、まるで感情が抜け落ちたかのように言い続ける国王に違和感を覚える。
「そなたも、こちらの世界に来て間もない。まだ知らなくて良い情報、今は知らなくて良い情報と沢山あるのでな……」
「国王陛下?」
「……故に、そなたには情報規制をかけているところがあるのだ」
変わらず淡々と続ける様子に、心ここに有らずなのだと気付いた。何かがおかしいような……?
「私に情報規制を?」
「そうだ。最初に伝えておくべきだったな。すまなかった」
そう言って国王は、漸く俺に目を合わせた。痛みを耐えたような眼差しに、再び違和感を覚える。
「国王陛下?」
「そなたの場合は、特殊な例で。私が見せたくない、知らせたくない情報を規制している、と言うべきだろうな」
「……その、知らせたくない情報とは……?」
にわかに激しく打ち付ける鼓動。心の中で、ペンダントとブレスレットに素早く記憶の保護を願う。
「『忘却の彼方』に届ける、と言っておこうか」
と、国王は背筋がゾクッと寒気を覚える程の冷たい笑みを浮かべた。
……気掛かりな事……何を、どう伝えたら良いのだろう?
銀灰色の瞳は、柔らかな光を湛えて見つめている。その光に、迷いの影は見受けられない。話してみようか? 少しずつ、様子を見ながら。
ふと、後頭部に国王の鼓動の響きを再確認する。以前聞いた時より、鼓動が早まっている気がする。緊張しているのだろうか? 俺が何を言うのか……。やはり、国王が悪い方には見えない。ただ、幼少期の環境から、人を愛する事も愛される事も知らずにきただけで。
だからと言って、俺が愛され方や愛し方を知っている訳ではないけれども。むしろ、愛する事も愛される事もとうの昔に諦めて生きてきたのだ。
少しの間逡巡した後、思い切って口を開く。
「……やはり、気になるのです。記憶が抜け落ちているような気がする部分が」
慎重に、慎重に……様子を窺いながら……
「それと……その……」
「どうした? 申してみよ」
これは、言ってみても大丈夫だろうか? 少しぼかして話してみようか……
「彩光界について、まだ何も理解出来ていないような気がして。先ずは一般的な知識を覚えようとインターネットで調べてみたのですが……」
銀灰色の双眸が、揺れる。湖面に浮かぶ月が、風にたゆたうように。
「検索範囲が決まっているようで。その検索範囲の基準が今一つよく分からない、と言いますか……」
とうとう話してしまった。オブラートに包みきれてないのに。だが、致し方ない。自らの意思を貫くに為には、全ての人の賛同を得る事など無理だという現実把握は必要不可欠だ。
つまり、あちらにもこちらにも良い顔は出来ない訳で。そう言えば、俺の事を『八方美人』と言ったのはダニエルだったか、ハロルドだったか……。元居た世界でもそう言われて来たから、きっと、そうなのだろう。
「なるほどな……」
国王は遠くを見つめるような眼差しを向けた。
「……この世界には、知るべき情報と知らなくて良い情報と、大きく分けて二通りあるのだ」
抑揚の無い声で続ける。瞳は正面を見つめたままだ。そのまま静かに耳を傾ける。
「世の中を出来るだけ平穏に保つには、情報管理をしっかりと統制する事が必要でな……」
淡々と、まるで感情が抜け落ちたかのように言い続ける国王に違和感を覚える。
「そなたも、こちらの世界に来て間もない。まだ知らなくて良い情報、今は知らなくて良い情報と沢山あるのでな……」
「国王陛下?」
「……故に、そなたには情報規制をかけているところがあるのだ」
変わらず淡々と続ける様子に、心ここに有らずなのだと気付いた。何かがおかしいような……?
「私に情報規制を?」
「そうだ。最初に伝えておくべきだったな。すまなかった」
そう言って国王は、漸く俺に目を合わせた。痛みを耐えたような眼差しに、再び違和感を覚える。
「国王陛下?」
「そなたの場合は、特殊な例で。私が見せたくない、知らせたくない情報を規制している、と言うべきだろうな」
「……その、知らせたくない情報とは……?」
にわかに激しく打ち付ける鼓動。心の中で、ペンダントとブレスレットに素早く記憶の保護を願う。
「『忘却の彼方』に届ける、と言っておこうか」
と、国王は背筋がゾクッと寒気を覚える程の冷たい笑みを浮かべた。
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